第8話 PLOW

 女性の声で館内にアナウンスが繰り返し響き渡る。


 その声を耳にしながら辺りを見回してみると、一階は飲食店や売店がメインになっているのか、さまざまな店舗が立ち並んでいた。


 もっとも、ただ整然と並んでいるわけではなく、壁面に複雑に絡むようにして存在している。だからか、階段や通路がそこかしこに存在していて、一見すると雑多に思えるが、しばらく見ていると芸術性の感じる配置にも見えてきていた。


 そして、その中央には天井を突き破るように高く伸びる塔——PLOWのレプリカのようなものが建っていた。


「なんだこれ……」


 室内と思えないほどの奥行と高さを備えた場所を前に呆然と立ち尽くしていると、正面に記念碑が置いてあるのを見つけた。


 〝天国に一番近い場所〟


 記念碑にはその一文のみが記されている。それを目にして、ようやく目的の場所へ着いたのだという実感がひしひしと沸いてくるのを感じていた。


 すでに大勢の人が歩き回っていたが、それでも混雑しているという訳ではなく、むしろ快適だといえるのは、やはり人数制限をした恩恵が大きいのだろう。


「……崩れたりしないよな?」


 宙に浮いているかのように見える建物を見て、そんな独り言を呟く。


「——崩れないよ!」

「えっ?」


 誰かに話しかけていたわけでもなかったのでつい反応が遅れたが、声のする方へ顔を向ける。すると、そこにはPLOWの制服を着た少女が立っていた。高校生ぐらいだろうか、茶髪のボブカットがよく似合う、快活な女の子という印象だ。


「……えっと、君は?」

「あたしは春佳はるか! 今は夏だけどね! 春佳って呼んでいいよ!」

「そ、そうか」


 春佳は屈託くったくのない笑顔で、まるで友人と接するかのように話しかけてくる。随分と愉快な子がいるものだと思うが、もしかして季節に応じて自己紹介を変えたりしているんだろうか?


 などと、そんな事を考えていると春佳は続けて口を開く。

 

「えーっと、何か手伝いが必要だったりする?」

「手伝い? いや、特には」

「あ、そう? じゃあ、今見てたがどうなってるのか教えてあげよっか?」


 違法建築のように立ち並ぶ建物を背にして、春佳は格好つけるように親指で背後を指し示して言う。


「知ってるのか?」

「もっちろん! ここでバイトしてるんだから! 今日からだけど」


 後半は小声だったが、両手を腰に当てて無い胸を張って答える。


「まだ小さそうに見えるのに偉いな」

「んなっ、失礼な! もう一六歳です!」

「そうかそうか。で、春佳はどんな事をしてるんだ?」


 想像した通りだったが、口にすると話が進まなそうなので敢えて何も言わずにおく。


「主な仕事は来場者のサポート! 困ってる人がいたら助けてあげるとか、施設の解説をするとか、そういうことをしています!」

「へえ? じゃあPLOWの事ならなんでも知ってると」

「う、う~ん……なんでもって言われると困るけど……でも、大体は分かると思う! それこそさっきの質問とかはね」

「それは心強いな。じゃあ早速だけど、あの建物がどうなってるのか教えてくれないか?」

「分かったわ!」


 不安そうな表情から一変、春佳は途端に得意満面になり、人差し指を立ててクルクルと空中に弧を描きながら説明を始める。


「あれはね、本当の建物じゃなくて、なの」

「幻……?」

「そう。正確に言うと、〝ホログラフィーシステム〟を利用して映し出している映像。ホログラフィーについては分かる?」

「確か、光の干渉と回折を利用して、物体光を記録したり再生する技術……だったっけ?」


 昔見た科学雑誌でそんな記述を目にしたことがあった。うろ覚えだったが大きく間違ってはいないはずだ。


「……ん? んんっ……?」

「ということは、あれはホログラムってことになるのか。なるほど、それで幻か」

「……ほぇ?」


 しかし春佳には理解できなかったようで、首を傾げながら困惑した表情を浮かべている。


「要するに、映像ってことだろ?」

「そ、そうそう! そういうこと! な~んだ、あたしが先に言おうとしたのになぁ~」


 本当に大丈夫なのかと不安になったが、それ以上に今目の前にある技術に驚きを隠せないでいた。


「これが映像……」


 本当に春佳の言う通りなら、あの建物は単なる映像にすぎない。……しかし、俺が知っているホログラムはもう少し現実的で、一目で偽物と判る出来のものでしかなかった。あそこまで現実味があると、まったく見分けがつかない。


「あ、ほらあそこ! マウンテンブルーバードやモモンガも飛んでるよ!」

「……まさか、あれもホログラムなのか⁉」

「うん、そだよ」

「そんなまさか……」


 手で触れることができるんじゃないかと錯覚するほどのリアリティ。本物の動物を放し飼いにしていると言われたほうが納得できただろう。……夢だの希望だのと大仰なうたい文句を付けるだけのことはある。


「それでそれで? 次は? もっと聞きたいことないの?」

「うーん、そうだな……」


 顎に手を当て、何かないか考える。


「あっ! そういえばまだお兄さんの名前聞いてなかったね。なんて名前なの?」

「ん? ああ、そういえばまだ自己紹介もしてなかったな。俺の名前は柊志樹だ」

「柊志樹。ふぅん、いい名前だね志樹!」

「いきなり呼び捨てか」

「別にいいでしょ? 志樹だってあたしのこと春佳って呼んでるんだし」

「それはそう呼んでくれって——まぁいいか。よろしく、春佳」

「よろしくね! そういえば、志樹はどこか行きたい場所とかってあるの?」

「いや、行きたい場所っていうか、正直ここに何があるのかもほとんど分かってないんだ」


 当選したはいいものの、あまり詳しく調べる気にもなれず、PLOWに関する情報は最低限のものしか仕入れていなかった。おそらく、ここに来る人たちの中でも少数の部類に入るだろう。


「えぇー⁉ そ、そうなんだ。他の人はすっごい下調べしてから来るから志樹もそうなのかと思ってた。……そうだよね、そういう人もいるよね」


 一人でうんうんと頷きながら納得しようとしている春佳を余所に、やっぱり普通はそうなんだろうなと他人事のように思う。


「うーん、そうだなぁ……あたしがPLOWについて色々説明してもいいんだけど。……でも、何も知らないんだったら……」


 呟きながら、ニヤリといたずらっ子のような笑みを浮かべたかと思うと、春佳は突然声を上げた。


「おーい、リリィー!」

「……リリィ?」

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