第4話 チェックイン

 守芽島に着いた後、チェックインする為、PLOW近くに建てられた木造ホテルへと向かう。


 ホテルは高さこそ三階分くらいしかなかったが、その分横に長く、島を覆うようにして続いていた。木々が生い茂るような緑豊かな場所の中にあった為、心休まる安心感を与えてくれる点も嬉しかったが、ここに滞在している間の大半はPLOWにいるだろうから、このホテルでは寝る以外に何かする事はほとんどないだろう。


 そんな事を考えながら事前に割り振られた部屋まで向かう。チェックインの方法は、抽選で当たった際に付属されていたICカードを部屋の前のパネルにかざせばいいだけ。


 ピピッ、という木造りに相応しくない機械音が鳴り、部屋のロックが解除される。室内は一般的なホテルと変わらず、ベッドやテーブルなど必要最低限の物があるだけだった。


 荷物を置いて包み込むように柔らかいベッドへ横になる。

 目を閉じて深呼吸すると、部屋に漂う木の匂いと、どこかに咲いているのか薄っすらと花の匂いも感じられた。


「……花……か」


 ……そういえば船で寝てしまった時にも、夢の中に花が出てきたような気がする。あれは一体どんな内容だったか。


 自然の塊を全身で味わい充分にリラックスした俺は、ほどなくして無意識が混ざり始め——やがて意識を手放した。



          🌓



『——また、逢いに来てね』


 目の前に座る少女が穏やかな声音で話しかけてくる。

 ……だが、顔も姿も。確かにこの目に映しているはずなのに、その部分だけ記憶がスッポリと抜けているのか、感覚だけが感情として残っていた。


『うん、絶対行くよ!』


 俺ではない俺の口が自然と動き、そんなどこにでもある、たわいもない約束をする。覚えている、これは過去。いつか約束して、ついに果たすことが出来なかった遠い日の思い出だ。これまで何度も見た夢ではあったが、何度見てもその内容が変わることはない。

 この夢を見る度、温かい懐かしさと自己嫌悪で涙が出そうになる。


『——それじゃあ、また逢おうね』


 そうして、笑顔のまま寂しそうに別れを告げる少女。これが最後の別れになるということをまだ知らないのだ。


「待ってくれッ!」


 ようやくの声が出たと思ったら、そこにはもう少女の姿は無く、行き場を失った右手だけが天井に向かって伸びていた。


 ……定期的に見る幼少期の記憶。そして蘇る罪の意識。

 家族と旅館に行った俺は、そこで出会い、仲を深めた少女に、また逢いに行くと約束をした。だが、そんな簡単な約束が果たされることはなかった。——他でもない俺自身が彼女を殺してしまったからだ。


「っ、しまった!」


 感傷に浸っていた心を現実に戻したのは、ベッド脇に備え付けられていた木造りの時計だった。見ると、チェックインしてから一時間が経過している。

 式典の開始時刻は今から三〇分前。


「……もう始まってるじゃん」


 陰鬱な気持ちを吐き出すように大きく溜息をついてから、僅かに喧騒けんそうの聞こえる式典会場まで大急ぎで走っていった。

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