頭の上に雪を乗せたままの立花を見て、僕はゆっくりその頭から雪を払い落としてやる。

「優しいね、

 律儀な男だ。先輩呼びするなと言ったことを忠実に守っている。そういうところが、嫌いだ。

「――濡れるだろう、部屋が」

 簡単に返して、タオルを放る。「ほら、拭け。温まれ」

「門倉さんは嫌いな男にも優しくできる人なんですか」

 突き放されたような顔で突っ立っている立花は、びしょ濡れの服を脱ごうとしない。てっきりいつも通りずかずかと部屋に乗り込んできてベッドに直行するかと思ったのだが。

 と、ここまで考えて、すっかりルーチン化しているこの男の行動にも、それを把握している自分にも吐き気がした。

「そうだな。……まあお前は特別だから」

「特別?」

「杏奈の兄だ」

 立花は黙ってしまった。受け取ったタオルを使いもせずにぼうっと立っている。僕はタオルを奪い取るとそれを頭に乗せた。

「僕は杏奈に泣かれるのが一番怖い――」


「俺はずっと門倉さんが特別で、大切でしたよ」

 静かに頭を拭かれている立花が口を開いた。

「杏奈が、あなたに告白する前からずっと。!」

 僕は何も言えなくなった。何も言えないのに、冷たいしずくを拭う手は止められない。冷えた頬に指がふれる。その手を立花が握る。

「そんな男の前でさ、無防備にしてんなよ。ねえ、


 先輩。苛烈な瞳の奥に杏奈が映り込む。

 双子。似ていない兄妹。いや、でも――。


「ねえ――」

 突き飛ばされて、床の上に尻餅をつく。覆い被さってくる長身の影が顔にかかる。

「俺を見て」

 杏奈の面影が、ちらつく。

「先輩、俺を見て」

 


 せめてベッドの上でと頼んだから、床の上で身体を痛めるなんてことにはならなかった。立花は熱心に僕を抱き、身体のあちこちにあるほくろを、確かめるように丁寧になぞった。

「杏奈だって、こんなこと先輩にはしないでしょ」

 吐息の間でささやく声音は低くて重たい。腹に響く。

「こんなこと先輩に強いるの、俺だけですよ」

 杏奈の写真が微笑む下で、足を開いて、男の下に組み敷かれている。杏奈はどう思うだろう。杏奈は、――。


「ふ、せてくれ」

 細い声で僕は頼んだ。

「写、真を、その、いつもみたいに」

「いつもはどうでもいいって言うくせに?」

 僕は手を伸ばして、杏奈との写真を伏せようとする。だがその指は、立花に絡め取られてしまう。

「立花。……藤夜。とうや。伏せてくれ、たのむ、から」

「見せてんだよ」

 立花は言って、一層身体を押しつけてきた。

 のけぞる身体の下に腕が回される。抱き起こされて初めて感じる奥の感触と、まぶたの裏の火花が同時に僕に襲いかかる。


「籐夜ッ」

 僕はそれでもなお写真立てに手を伸ばした。指先が、写真立てをかすめ、ベッドサイドから滑り落ちる。ガシャン、とガラス製のそれが割れた音がした時には、足の先まで快楽が通ったあとだった。

 喉の奥から絞り出された嬌声が、杏奈をベッドサイドから突き落とした指先が、籐夜から与えられたもので震えていた。



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