立花兄妹が転校してきたのは僕が十七の時、彼らが十六の時だ。彼らは、冬道に迷っていた。見目麗しい一対の男女が「助かった」と言わんばかりに追いかけてきて、一緒に登校しても良いかと聞いてきた。話しかけてきたのは藤夜とうやのほうで、杏奈は黙ったまま僕たちのやりとりを聞いていた。

 快活な兄と大人しい妹。そんな印象だった。だがそろいもそろって人なつこく、連絡先を聞く言葉があまりにも情熱的でしつこかったので、まあいいかとさほど使っていなかったメッセの連絡先を預けたのだ。インストールしてからこっち、今まで音沙汰なかったメッセの通知は、双子からの連絡で埋まってしまった。

先輩。

 先輩。

  先輩。


 杏奈が「先輩」の言葉に意味を与えてくれた日から、杏奈と僕は恋人同士になったわけだが――籐夜はそれを盛大に祝福してくれたはずだった。泣くほど嬉しいといい、僕と杏奈とを一緒くたに抱きしめておいおい泣き、その泣きっぷりといったら目が腫れて顔が変わるほどだった。


 あの頃は、よかった。籐夜――立花の本性が明らかになる前までは。あんな風に貪欲に求めてくるような男だと分かっていたら、最初から連絡先など明け渡さなかったのに――身体にまといつく立花の肉体を思い出して、奥の部分がずきんと疼く。僕はかぶりをふった。

 気を取り直して、同意書の空欄をにらみながら、僕は妻との思い出をまさぐり始める。妻の意識があった頃に書いていた交換日記帳や、彼女が「もしも」と言いながら用意していたあれこれを見返す。どれもこれも何度も目を通したはずだったが。

 交換日記に使っていたノートの白紙部分をぱらぱらとめくっていくと、半端な場所に知らないメッセージが書いてあった。


【もしも、私が死んでしまったら、お兄ちゃんをよろしくお願いします】

【お兄ちゃんは、ちょっとあなたの事が好きすぎるし、あなたは、ちょっと私の事が好きすぎるので。私がいなくなったあと、お兄ちゃんにあなたのことを頼んであります】


 立花はそんなこと言ってなかった。僕はそこで途切れた杏奈の手記を見詰めた。そして、ゆっくり顔を伏せた。


 外に舞う雪をじっと見詰めていたら、スマホが震えた。立花からだった。

『外にいます』

 すぐさま返事を打つ。『帰れ』

『鍵おとした』

『交番にいけ』

『終電逃した』

『おまえ、ふざけてるのか』

 乗せられてつっこんでしまう自分も自分だ。僕はため息をついて、外の雪の具合を見、ためらいながら立花を、義理の兄を呼び寄せた。

『風邪こじらせて死なれたら、杏奈が泣く。寄っていけ』








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