Poor コロッセウム
「今興行で我々は解散いたします!」
社長はとんでもない事を言った
正直何かわからなかった
あの煌びやかなリングに憧れ
興行では損な役回りもし怪我もした
試合はキツいが大手団体にはない華がここにはあった
怪我が治りやっとリングに戻れるのに
なのに…「金がない」という理由で
俺はどうしたらいい…
金
金さえあればいいのか…
光り輝くリングサイドのレスラーは拳を強く握った
握力で血が滲む程に……
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
お金が無いってそんなに不自由かな?
アタシには音もお金もない
でも毎日なんだかんだ楽しい
違うな、コーシローがいてくれるからかな
うるさいしデリカシーも無いけど
いつも私を守ってくれる
私にはコーシローがいる
たぶんコーシローもお金が無い
でも街であれだけ声をかけられてまんざらでもないから楽しいんだろうな
「楽しい」があればいい
お金のことで喧嘩したり人が怪我をしたり誰かに傷つけられたりするのを見るのはもう嫌だ…
あんなもの
もう見たくない
朝7時
スマホから流行りの歌が流れ布団にくるまっていた少女が目を擦りながらアラームを止めた
布団をはぎ伸びをして部屋を出る
少女が住んでいるのは雑居ビルの4階、元は箱ヘルか何か店舗の部屋だ
部屋を出て廊下突き当たりのシャワー室に入り少女は汗を流す
以前は客の待合室だったと思われる場所は今や少女のテリトリーだ
机には参考書やノート、漫画もちらかっていた。シャワーを浴びた少女は部屋で下着を着けタンクトップを着たあとドライヤーを繋ぎ髪を乾かし充分に乾ききった髪を櫛でとかし後ろにまとめヘアゴムで束ねてハンガーに掛けておいた制服を着てカバンを持ち3階へ
3階の扉を開くとそこはもうすでに騒がしかった
「だぁ!アチチチ!なんでこんなレンジプーなんねん!買い替えたるぞ!ボロレンジ!」
3階と4階を借りている主は「善波 幸志郎」
台所に立つ善波はパンツにタンクトップ姿でパンツがズレ落ち半分尻がでいる状態でレンジからご飯を取り出しテーブルへ
「舞、おはようさん、眠れたか?」
舞と呼ばれた少女はクスッと笑い頷いた
「なんで笑てん?」
舞は軽く顔を横に振りテーブル近くの椅子に座り用意されていた箸を持ち一礼し食事に手をつけた
「今日は遅くなるんか?」
首を横に振る
「そかそか、ほな今日は外で飯食おか」
今度は首を縦に
「何食いたか考えとき、井上から金貰ったさかい、ええもん食おか。肉か寿司か…」
舞はスマホのメモ機能に文字を打ち善波に見せる
「ん?スイパラ?!それは勘弁してぇな…ワシ甘いの苦手やねん」
その答えを分かってたのか舞は吹き出しそうになるのを堪え朝食を済ましスマホに文字を打つ
「ん?くら寿司?ローリングでええんか?カウンター寿司とかええの?」
首を縦に振り文字を打つ
「コーシローとのご飯は楽しいからぶっちゃけなんでもいい…嬉しいこと言うやないかい、ワシも舞と飯食えて楽しいわ、ほな予約お願いしてええか?御園西口店で…19時頃にしよか」
舞は済ませた食器をシンクに置き洗おうとするが善波に止められたので歯を磨きカバンを持って学校へ
「舞ー!気ぃつけてなー!なんかあったらスグ電話するんやで!」
善波の見送りに舞はピースサインで答え階段を降り路地を抜け大通りへ
それはいつものコースだ
ゴミ集積所の先は大通りなのにゴミとは思えない物がソコにはあった
それは下は七分パンツで着ているTシャツが赤黒く染まり顔は大きく腫れていた
舞はソレが何か分かっていた
見つけたその場で震えてしまいしゃがみこむ
悲鳴が出せれば良かったと思うがどうにもならず震える手を左手で抑え善波に電話をかけた
ーどないしたん?忘れもんかー?届けよか?ー
通話口に口を当てるが言葉が出ず乱れた呼吸に気がついたのか善波が大きな声で言う
ーどこや?そう遠くないな!すぐ行く!そこで待っとき!ー
電話を切られその場でうずくまってると相当焦ってたのか両足別々のサンダル、先程の格好で善波が走ってきた
「舞!どないしたん?!」
善波に抱きつき右手ごみ集積所を指した
「こりゃ…お前…見たらアカン!怖かったなぁ…」舞を抱きしめながら落ち着かせていると
「キャーーーー!」
通りの若い女が善波を指さし悲鳴を上げた
「姉ちゃん警察に連絡してや!」
「変態!変態が女の子乱暴してる!誰か!」
「そう!変態や!そこの……ん?誰が変態や!この子の保護者や!」
しかし善波は両足不揃いのサンダル、パンツにタンクトップ
どう見てもそう見えてしまう
「近寄らないでよ!はやく!キャー!」
「ややこしい事すんなや!そっちのや!問題は!」
すると近所の人間が通報したのかパトカーが到着、PCから警官が2名降りてきた
「おまえ!何してる!その子からはなれなさい!」
「本部に応援要請!」
「だからー!ちゃう言うてるやろー!」
善波の声は誰にも届かなかった
数分後応援が到着しごみ集積所に倒れていた男を確認するとやはり死んでいたのでブルーシートな包まれ救急車で運ばれ規制線が張られ警察官が野次馬を遠ざけていた
「で?第一発見者は?」
所轄の刑事が尋ねると制服警官が
「あちらの少女です」
善波は別に取り押さえられていたので声を張り
「やめ!その子は喋れへんのじゃ!離せや!」
「ん?善波さん?」
「おー!渡りに船はこれやな!ワシのこと変態や言うねん!何とかしてや!」
「いやその格好は変態でしょ?」
「まぁ…焦ってたからな…アレ?死んでるんか?」
「ですね、恐らく死因は撲殺…まぁ解剖を待たないとなんとも…」
刑事の名は「岩下 克巳」御園署の外勤だったが昇進試験を突破し生活安全課に配属された若い新人刑事だ
「で…言いにくいんですが…第一発見者として…本田 舞さんにお話を…」
談笑ムードが一転して善波の目つきが変わる
「それはあれか?関係者として任意の事情聴取か?保護者…ワシ立ち会いならええけどごねるなら弁護士立てるで、あの子は声を出せんねん」
「わかってますよ、でも流石になにもしないってのは警察のメン…」
「岩下!そんな奴にいちいちヘコヘコするんじゃない!」
声のした方向を善波、岩下が視線をやると大勢の刑事を連れた男が立っていた
「桜井さん、ガイシャの名前分かりました、カドタ ケン 38歳…」
「そんなことをこんな所でペラペラ喋るな!これだから所轄は……仕事、交友関係、洗い出しさっさとやれ」
叱責された刑事はしり込み、指示を受けた刑事たちは行動する
「これはこれは桜井警部補、今や本庁捜査一課でしたか?えろうなりましたなぁ〜」
「お前に用はない、第一発見者の本田 舞に話がある」
「あぁん?捜査一課の警部補ともあろうお方が法律知らんのか?未成年の事情聴取は保護者及び弁護士の同伴が必要やろ?」
善波が鋭い目つきで桜井を睨む
「なら容疑者として引っ張るだけだ」
「お前?本気で言うてんのか?」
「本気だ、第一発見者、しかも口がきけない、疑うのは当然だろう?それに警察を辞めヤクザにもなれない半端もんの半グレみたいな人間に遠慮する必要なんてない」
桜井の言葉に岩下が驚く
「善波さん警官だったんですか?!」
「…お前…あの子の事分かってて言うてんのか?」
「無論だ」
「あの子がそないな事できる訳ないやろ?!変わらんな!そういうところ!やから警察は嫌いやねん!」
「なんとでも言え!」
「待てや!その子に指1本触ってみ!ただじゃおかんど!」
「ほぅ…なら公務執行妨害でお前も逮捕するだけだがな!」
「やってみいや!公務執行妨害で書類が増えて捜査が面倒になるど!それに拘留期間20日間留置所で暴れたるからな!」
「話にならんな、おい!コイツに手錠かけろ!公務執行妨害の現逮だ」
桜井の脇にいた刑事が善波の腕を掴もうとした瞬間、別の方向から女の声がした
「はーい!そこまで!」
「なんだ?!」
赤のニットワンピにショートデニム、下にレギンスの派手目の女が桜井を制止した
「これは捕まえて動物園に送るなり病院に送るなり好きにしたらいい、でも本田 舞さんの取り調べは医者として認めないわ」
「チッ!…お前か…」
「やだぁ〜しかめっ面だから分からなかったけど桜井じゃん!偉くなって太った?知ってると思うけど本田 舞さんはPTSDとパニック障害でね、ほら?診断書、取り調べをするには警察署じゃなく病院で、医師立ち会いなら許可するわ」
桜井は診断書を乱雑に取り上げ目を通すと握り潰して捨て台詞を吐きその場を去った
「フン!半端モン同士が!勝手にやってろ!捜査本部は御園署だな!早く戻るぞ!」
「いやぁ〜彩ちゃーん助かったわぁ」
善波が「彩ちゃん」と呼んだ女は「御厨 彩音」神座町で24時間スタイルでクリニックをやっている女医だ
「アンタだけならほっとくけど舞ちゃんは別、どこにいるの?」
「あ、こちらです」
岩下が御厨を舞の所案内すると御厨は舞に抱きついた
「舞ちゃーん!相変わらず可愛いねぇ!食べちゃいたいくらい!可愛い可愛い!」
御厨は顔を擦り付け抱きつくフリをして首頸動脈、胸元、手首を触り脈拍を把握、最後に額を当てて熱を測る
「たまにはウチにも来てよ〜」
その一言を言い舞の耳元で囁く
「このまま帰ると面倒になるからアタシの病院来て少し入院して、じゃないと舞ちゃんが警察に行くことになる」
舞は小刻みに首を縦に振る
「ん〜良い子!コーシローよりウチの子になってよ〜、刑事さーん?この子…大人が多く周りにいたせいで具合悪くなってる、ウチの病院に連れていくよー」
舞を抱き抱えた御厨が善波とすれ違う瞬間
「桜井は必ず舞ちゃんを引っ張るよ?できる限りアタシの所で抑える、時間ないよ?いいね?」
善波は黙って頷き舞の肩を掴み
「舞?少し彩ちゃんに診てもらい、今日はくら寿司行けんけど今度行こな、約束やで」
舞が強く頷くと御厨が舞連れていった
善波は両手で顔を叩き気合いを入れる
「よっしゃ!いくでー!」
「ちょっと!善波さん!首突っ込んだりしないで下さいよ!」
岩下の呼びかけを無視し善波は家に戻り服を着て神座町へ
「とりあえず…井上のところに行くか」
映画タワービルを左に曲がり千両通りから東通りへ、十字路の真ん中の雑居ビル3階へ向かう
そこは「ライフファイナンス」屋号の文言は
・即金即融資、まずはご相談を
の怪しい文言が表記されているドアを開けようとすると鍵がかかっていたので善波はドアを叩く
ドンドンドンドンドン!
「井上〜!いるんやろ?!急用や!」
すると奥から無地のビックサイズポロシャツに太めのデニムを履いた男が出てきてドアの鍵を開けた
「朝からうるせぇよ、そんなにウチのキリトリしてぇのか?」
男はこのライフファイナンス代表「井上 智也」
都認可は受けているが金利と福利で暴利を取る街金だ
「そんな話あらへん、さっき東御園で死体が出た、名前はカドタ ケン、ここの客か?」
「調べる、どんな字だ?」
「名前しかわからんのじゃ」
「いま検索かけてるがウチの客じゃないな」
「そかそか…やっぱりそうやろな…気になるのはその死体は撲殺なんや、顔がごっつ腫れててな」
「撲殺…か…そういえば…最近30万以上の債務者の一括返済が多いな、…今思うとそいつらも顔を腫らせてたな…ケンカでもしてるのか…」
「誰や?それ」
「待て、神座町近辺で住んでる奴を教える…こいつなんていいな、犬山 充…パチンカスなのに完済したのは不思議だった、今なら劇場タワー前のガイナで開店待ちしてる、これ免許証のコピーな」
「ありがとうな、井上、ちょっと話聞いてくるわ」
井上から免許証のコピーを受け取り部屋を膳場は出た
ライフファイナンスからガイナは近い、オールで飲み潰れた男女や路上で寝ている人間に目もくれずガイナに急ぐと井上の言う通り開店待ちの行列が出来ていた
善波は井上から貰ったコピーを取り出し列を見る
「朝からまぁ勤勉というか…全く謎やな、そんなすんなら働いたらええのに…えっと…犬山…犬山…お、アイツや」
上下ブランドのコピー品スエットで顔を腫らし電子タバコを吸っているのが犬山だった
「…んん?たしかにあの傷…喧嘩でもしたんか?まぁええ」
善波は列最後尾に並び開店を待つ
しばらくすると開店時間になり各々が台を取りパチンコに興じる
善波は犬山を見つけ犬山の台の真後ろや近くでしばらく流行りの時代物を打つ
「全然アカンやん!他や他!」
そして犬山の隣へ
「兄ちゃん、景気よさそやの〜」
見ると犬山の台の出玉表示は15000を超していた
「なんだよ、アンタ、あっち行ってろ」
「そない言わんと、自分パチンコあんまやらんから分からんのや、やから兄ちゃんみたいなゴッツイラッキーマン見ると羨ましゅうてのぅ、教えてほしいんや」
「教える事なんてねぇよ」
「怖いこと言わんと、教えてぇな〜何なら昼飯と酒ぐらい奢りまっせ。なぁ〜頼むわァ、この関西人に運をわけてぇな〜」
「だぁ!わぁったよ!顔近づけるな!奢りだかんな!」
犬山はICカードを入れ貯玉し飲みかけのペットボトルを持ち台を離れた
「さすがやなぁ〜あれ?玉…ドル箱とか…」
「オッサン何時の話してんだよ、もうドル箱なんてどこにもねぇよ、で?飯奢りだろ?当たり台抜けたんだ、好きなもん選ばせろよ。そうだなぁ…俺、肉食いてぇな…あ!遊牛苑行ったことないんだよね」
「遊牛苑?!ホンマけ?!」
焼肉 遊牛苑は聞けば誰でも知る高級チェーン店
焼肉=遊牛苑と1発で思い浮かぶ人も多いぐらいだ
「オッサン奢るって言ってたじゃん」
「…お、おぅ、男に二言は無い、行こか!」
映画タワーの向かいのビルに2人は向かい
エレベーター9階へ
フロアに着くとスーツ姿の店員が丁寧に出迎えた
「いらっしゃいませ、ご予約のお客様でございますか?」
「いや、フリーやねん、予約ないとアカンの?短時間でもいいからどうにかならんか?」
善波の申し出に店員は会計カウンター脇のファイルを取り確認
「いえ、大丈夫ですよ、お席にご案内いたしますので奥へどうぞ」
案内に促され奥へ進むと和服を着た案内係が席へ
卓につくと犬山は
「うぉー!初めてだぁ!何食おう!とりあえず生ビールね!あとタン!カルビ!ホルモン!全部上で3人前で!あ!キムチも!ライスもね!」
「犬山君、そんな単品で…ランチセットでええやないかい」
「はぁ?奢りなんでしょ?好きなもん…あれ?オレ名前言ったっけ?」
「さっき言うてましたよ、ごっついギャンブラーの犬山や言うて」
「…そうだっけ?まぁいいや、ケチケチしてたら運なんてこないよ!はい、早く持ってきてね!」
ー人の金や思うてこのガキャ…いてもうたるどー
全く遠慮のない犬山に怒りこらえ注文
しばらくすると…
「だぁかぁらぁ…俺みたいなぁ〜ラッキー男にはぁー美味い話がぁ〜くるんだってぇ」
生ビール3杯、ハイボール2杯で犬山はすっかり上機嫌だ
「美味い話?にしては犬山君顔腫れとるやんか?喧嘩でもしたんか?」
焼けたカルビを2枚まとめて箸でタレへぶっ込み口に頬張る
「あぁ〜これね〜実はこれが美味い話なんよ〜肉うめぇ〜ちょっとー!カルビ追加ね!上でぇ〜」
善波が犬山の死角指で✕を作りジェスチャーしたが無駄っだった
「美味い話してなんやねん」
「知りたい?どうしようかなぁ〜本当は教えちゃダメなんだけどねぇ〜善波くん良い奴っぽいからいいかぁ〜これなぁ〜賭け格闘技なんよ」
「賭け格闘技?」
「そうそう、これがいつ始まったかは知らねぇけど俺ァ借金の返済稼ぐのにそれもパチンコでスって路上で座り込んでたらゴリゴリのマッチョで右半分アタマ刈り上げて髪の毛下ろしてる男に金が欲しかったらここに来いって言われたんだよ」
善波の目つきが変わる
「で?それどこでやっとんねん」
「ん?東御園のホストビル近くの雑居ビル地下1階の「地下リングBAR」って所だよ、たしか地下2階は探偵なんちゃらとか…そこではな?ヒック…試合相手はその日に決まるんだぁ」
「その場で決まる?」
「あぁ、その日ぃ集まった奴をぉ胴元が選んで試合を作るんだ、もちろんファイトマネーはあるし観客同士も賭けをするぅんだ、ぶっちゃけ俺はその…賭け金とぉ…ファイトマネーで借金返したんだよねぇ〜」
「ちょっと聞きたいんやけど昨日も試合があったんか?」
「あぁ、あったよ」
「昨日戦った奴ってカドタって言う奴か?」
「えぇ〜覚えてねぇなぁ…でも昨日は珍しく胴元側が試合をしてたな、初めてじゃねぇかな…ボッコボコにやられてたけど」
「その賭け試合は何時からなやっとるん?!」
「んぁ?…まちまちだけどぉ…早い時は開店の時からじゃねぇかなぁ」
善波は聞き終わると席から立ち上がった
「ちょっと、善波くんどこ…」
「やかましい!クソガキゃ!誰に口効いとんねん!シバくぞ!」
「はぁ?テメー誰に…」
「お前じゃ!クソパチンカス!アホやのぅ!大事な事ペラペラ喋りおって、約束やさかいここは奢ったる、でも次街で会うた時、今日みたいな口ワシに効いてみぃ?張り手でケツの穴までバチバチしたるぞ!」
「なんだぁ?このクソ…?!」
犬山が善波の胸倉を掴んだ瞬間、善波の大きな右手が犬山の左頬を綺麗に撃ち抜く
バッチィーーン!
「なんだ…このバカ力…」
「根性ないのう!何がラッキーマンじゃ!ホナの!」
会計札を持ち出入口へ、先程のスーツの男に札を渡し
「すまんな、騒々しくて、堪忍や」
「いえ…あの…お連れ様は…」
「その辺捨ててええで、ゴミみたいな奴さかい、ゴネたらそこのライフファイナンスの井上言うやつに投げてええよ、で?会計なんぼ?」
「23700円でございます」
「はぁ?!んなアホな…マジかい?!クソあのガキ…舞にもまだここ食わせた事ないのに…もっとシバいたろかな…ほなこれで!お釣りはいらんで、迷惑料や」
善波は財布から金を取り出し無造作に渡すが
「あの…お客様…お会計が足りません」
「はぁ…?!ホンマけ?!……カードで…頼むわ」
泣く泣くカードを取りだし善波は会計を済ませて店を後にした
店を出て東御園方面へ善波は走って向かった
時刻は13時、夜営業の店がまだ空いてるとは思えないが舞の為に四の五の言ってられない状況なのでとにかく件の店へ急いだ
地下鉄東御園駅に続く通りをあるきバッティングセンターを抜けて道路を渡りホストクラブが沢山入っているビルを過ぎ雑居ビル入口の看板にはとたしかに
「地下リングBAR」
の文字があった
「なんや、ウチの近くやんけ…しかしこないな所に……まだ開いてへんな、どれちょいと情報でも仕入れるか」
善波はビル向かいの中華料理の店に入り
「すんません、ビールと餃子頼んますわ」
適当な卓に着く
ここなら店の関係者が来れば一目瞭然
瓶ビールが運ばれグラスに注ぎ厨房で餃子が焼ける音を肴に軽く一杯喉に流す
調味料を入れ替えている店員を捕まえ話を聞いた
「なぁ、向かいの地下リングBARって流行ってんか?」
「ん?あぁ結構人来てますね〜」
「そかそか、ワシ格闘技が好きで噂聞きましてな、店行こうと思うんやけど…1人やと気後れしてな、なんかこう知ってる範囲でええから教えてくれへん?」
「知ってるも何もウチとは関係ないから…そう言えば出てくる客がよく顔を腫らしてたりしてますね、まぁ格闘って謳ってるなんかしてるんでしょうが…まぁ面倒ごとには勘弁なんでね」
店員が厨房に戻り善波に餃子を持ってきた
善波のこだわりは酢、ラー油、醤油の順番で小皿に入れ混ぜた後、餃子背面に箸で穴を2つ開け中にタレを染み込ませる食べ方だ
舞には嫌がられるがこれが1番だと自負している
「アチチ!」
出来たての餃子を口に頬張ると中から熱々の肉汁が口の中に広がり危うく火傷寸前、キンキンに冷えたビールで流す、しかし舞がまだ御厨のクリニックにいると思うと気が気じゃないので味わえない
焦る気持ちを抑えながら店の外に目をやると雑居ビル地下入口に人影が見えたので残った餃子とビールを頬張り卓に1000円札を叩きつけ善波は店を出る
「おおきに、美味かったで!」
人影を追うように善波も地下入口の階段を降りると店の入口前で男が手持ちの鍵で扉を開けていた、善波の気配を感じたのか
「見りゃわかんだろ?飲みたきゃ18時過ぎてから来い」
風貌はアタマの左右を刈り上げ上を後ろでちょこんと縛り服装はスエット上下、小柄だが鍛えているのが分かる体格だ
「飲みに来たあらへん、ここって稼げるんやろ?賭け試合で?ワシ金欲しいんや、だから口効いてもらおかなと」
「…どこかと間違えてねぇか?ウチは…」
「んなアホな、昨日も試合やっとったんやろ?聞いたで?珍しいのか昨日は観客やなくてなんやエラいゴツイのが試合したらしいやんか?」
男は善波を一瞬睨み扉を開けて中へ促す
「…こんな所でペラペラ喋るな、中入れ」
「おおきに」
男に案内され地下リングBAR中へ
そこには中心に小さな格闘技リング、男が店内の照明をつけるとリング後ろに興行を模してるのか「GMW」と大きく文字を打ったポスターが貼られそのリングを挟み右に卓が3つ、左に6つ、左卓後ろにはカウンターと厨房があった
「本格的やなぁー…?!」
善波が後ろから気配を感じ身を引くと先程の男が後ろから善波に掴みかかった
「クソヤクザが!どこで嗅ぎ付けた!ミカジメなんて払わねぇぞ!」
「アホ吐かせ!ワシヤクザあらへんわ!」
「うるせぇ!どうみたって堅気じゃねぇだろ!」
「なんちゅー事!おま…まぁええわ、その方が話早いわな、ホレ、かかってこんかい!!」
髪を縛った小柄の男が善波に殴りかかったが善波は左手で拳を受ける、男は咄嗟に左足で蹴り技を繰り出すがそれも善波は右手で受けると
「なんや、もう終いか?ほな…」
男の額目掛け頭突きを放つと男は後ろによろけるが倒れる前に踏ん張り体勢を整えるが遅かった
男が最後に見た光景は善波が右手を大きく振りかぶり
バッチィィィン!
店内に肉を叩く鈍い音が響くと男は大の字に後ろに倒れた
「…何が…グッ……ペッ!」
目が覚めた男は口の中に違和感を感じ吐き出すと歯が折れていた
「よぅ、目ぇ覚めたか?」
男を見下ろす形で善波はラムネを飲んでいた
「勝手に…飲んでんじゃ…ねぇよ…ゴリラ男」
「やかまし、金なら払うわい、喧嘩はワシの勝ちや、胴元呼ばんかい」
「お前、ヤクザじゃねぇのか」
「違うわ、そもそもヤクザ嫌いやねん、昨日の試合の事で話がある、昨日リングに立った男を呼ばんとまた張り手食らわすぞ?」
男は少し考えた後にスマホを取り出し電話をかけた
「もしもし、俺です…今店に変なやつ来てて……負けました……すみません……なんか昨日の試合がどうとか……はい……はい……分かりました……、近くにいるってさ。もう来る」
「話早くて助かったわ」
10分程経ち扉が開くと髪を右半分刈り上げ左を伸ばし無精髭を生やした男が入ってきた
「何負けてんだ、おめぇ、だらしねぇな」
「すみません……マツさん」
マツと呼ばれた男は善波に目をやると
「これ…倒したのお前か」
「あぁ、ワシや」
「ふーん…で?話ってなに?」
「昨日ここで試合あったろ?賭け試合が。そいつ死んだで?」
「……で?それがココと俺になんの関係がある?」
「大アリや、ワシの大切な身内がな?その死体見つけて面倒事になりそやねん、やから真犯人を見つけんとな。死んだんは「カドタ ケン」言う奴や」
マツと呼ばれた男はTシャツを脱ぎリングに上がった
「俺に勝ったら好きなだけ話をしてやる」
「話が早くて助かるわ、ワシもそっちタイプやねん」
善波も着ていたシャツを脱ぎタンクトップ姿になりリングへ
「ルールとかあるんか?」
「バカ言え、なんでもありだ、お前からかかってこい」
「そかそか…ほな…いくでぇ!」
善波は右手を振りかぶり男の左顔面を振り抜いた
バッチィィィン!
マツと呼ばれた男は両足で踏ん張り体勢を整える
「ほぅ…なんで避けんかった?根性あんのー」
「後輩が見てるのにだらしねぇ試合できねぇだろ?プロレスってのは受けの美学があんだわ、…今度はこっちの番!」
マツは右手を大きく振りかぶりプロレスで言うチョップを善波の胸目掛けて放つ
バチン!
「…なんでてめぇも避けねんだよ?」
「イッタ!……ワレは美学かもしれんがワシはなぁ……避けるのが…面倒やねん!!」
善波は今度は右で拳を作りマツの腹目掛けて殴打する
「いいパンチじゃねぇか」
マツは少しよろけるが今度は右足前蹴りを善波の腹目掛けて放つが善波はそれを両手で受けて力任せにマツを投げた
「おぉぉぉりゃぁぁぁ!」
マツはマットに沈んだが即座に体を転がしリングの鎖を使って起き上がりコーナーに登り今度は飛び蹴りを放つ
「派手にいかねぇとなぁ!」
「えぇでえぇで!オモロなってきたで!こいやー!」
マツも善波も心無しか口元を緩ませながら戦っていた
マツのドロップキックを善波は右手でガードするが全く威力が消えずそのまま鎖の方に飛ばされた、マツは即座に起き上がり今度はラリアットを善波に食らわすと善波も流石に膝をついた
「グッ…ハァ…ハァ…ゴッツイの持ってるなぁ…」
「お前……ハァ…ハァ…お前充分プロレスしてるぜ、お前の事好きになりそうだ」
「やめやめ…ワシ男に興味ないで」
「そう…言うなよ…いいもんだぜ?こういうの…も…よ?!」
マツが右拳を振り上げ善波にトドメの一発を繰り出すが善波はそれに合わせてカウンターを放ち左拳でマツの右顔面を殴打するとマツは顔を抑えてリングに沈んだ
「マツさん!しっかり!マツさん!」
先程の男がリングから声を掛けるがマツは軽く意識を飛ばしていて起き上がれず、そこに善波が近づきマツの体を引き上げマツの頭と太ももを抱えて丸め込み固め技を放った
「ほれ!ワシ固めとるぞ!カウントせんかい!」
リングサイドの男がマットを3回叩くと善波は拘束を解きリングに倒れ込んだ
「ワシの勝ちやなぁ…」
「マツさん!しっかり!」
男がマツの体を揺するとマツは意識を取り戻した
「…エビ固めか…お前…プロレス知ってたのか?」
「知らんわい…ワシの勝ちや…ハァ…全部話してもらおか」
「門田もお前みたくどこからかこの賭け試合を嗅ぎつけて来たんだ、元々同じ団体所属でな…アイツはレスラーというよりレフェリーだったが…この賭け試合を高川組にチクると脅してきた…だから1試合だけやってくれと金も払うと約束してリングに上げたんだ、昔からアイツはクソだったよ、アイツはリングサイドにあったバットも使ったからな…元々アイツは俺が所属していた団体の金を持ち逃げしたんだ…あの…GM…」
「大映画プロレスか?」
「…?!」
「あんなライトが当たる所にポスター貼りおって…そんな大切なモンの前で賭け試合なんぞなんでやったんや」
「…大映画プロレスは俺やこいつにとって大切な場所だった…小さな団体だったが華があった、毎度の興行では沢山の人が見に来てくれた…俺はそんな大映画プロレスをもう1回やりたかった…あの楽しかった時みたく…」
「それで思いついたのが賭け試合か」
「始めは違ったんだ…ここ神座町は金に困ってる連中がわんさかいる、そいつら集めて格闘試合をさせてた…思いのほか熱狂する奴が多かった…賭けてやらせたら結構稼げたんだわ…だから…」
「正当化するんやない、お前にとって大切なリングを賭けに使った時点でお前はもう堕落しとんねん、だから門田をあない痛めつけたんちゃうか?」
善波は起き上がりながらマツにそう言うとマツは悔しそうに拳を握った
「お前の言う通りだ、いつか賭け試合なんかやめようと思ってたが目先の金に目が眩んだ…」
マツが話終わるの善波が手を差し伸べたのでマツも手を取り起き上がった
「昔な…こんな男がいたんや…仕事を辞めさせられた後、小さな女の子の敵も取れず途方に暮れていた時たまたま郊外から外れた公民館でプロレスの試合を見たんや、ネクタイ閉めた男やムエタイ上がり、豚のマスク被った奴や仮面を被り笑いっぱなしの奴…おもろい奴が仰山おった、そんな奴らの試合はなんや…こう…泥臭いというか…上手くないんやけど見ててこう元気貰えたんや、当時それ見てもっぺんやり直そ思たんや…また男は見たいな思ったんけどもうその団体が無くてなぁ〜ここに来てビックリやわ、そん時見たポスターがそれや」
「お前…客だったのか…」
「…さぁの…でもな?金に困っても夢見てた奴を裏切ったらアカンで…」
善波は財布から名刺を出しマツに渡した
「これは?」
「知り合いの弁護士の名刺や、国選弁護人もやっとる、今なら自首扱いになるやろ、このセンセなら試合とは言え正式なもんでも無いけど場合よっちゃ過失致死にはできるかもしれん、ちゃんと罪償いや」
善波はシャツを着て店を出ようとした
「俺が逃げると思わねぇのか?」
「ケンカした相手や、アンタはそんな卑怯な男ちゃうやろ」
「……なら今自首する…御園警察署に行けばいいのか?」
「マツさん!そんな!」
「いいんだ…門田に恨みが無いと言ったら嘘になる、俺はリングを汚したんだ…そのペナルティは受けてくるさ、ここの後はお前に頼んだ」
マツもTシャツを着て善波の後に続く
「御園警察署まで一緒に行こか」
店を出て2人はタクシーを拾い御園警察署へ
タクシーが警察署前で止りマツが財布から金を出すと善波が止めて支払う
「出銭はゲンが悪いやろ?」
「いいのか?」
「別にええ」
マツが先に降り善波も続く
「ここでいい、世話になったな…アンタ名前は?」
「善波 幸志郎や」
「アンタがあのウワサの善波か…」
「ん?ウワサ通りいい男やろ?ワシ?」
「フッ…困ったらアンタを頼れと聞いた事がある、初めっからアンタに相談してればこうならなかったかもな…行ってくる」
「おぉ、気張りや」
善波が警察署入口に背を向けると
「善波さん、ありがとう、アンタの一撃で目が覚めたわ」
「アホ!ありがとうなんていらん!…今度はちゃんと気張って道外れんなや、ホナの」
マツは深々と頭を下げ、警察署の中に入って行った
「イダダダダダダダダダ!彩ちゃん!もう少し優しぃしてな!」
「うるさい!猛獣!こんなに怪我して!舞ちゃんに心配掛けるやつはこれでも足りないくらいだよ!」
御厨の病院で善波は手当をしてもらっている横で舞が善波の体を労るが
「舞ちゃん!こんなのに甘い顔したらダメよ!」
「イダダダダダ!舞は優しいなぁ…あ!飯食いに行けんかったからまた予約して行こうな!あ、遊牛苑行こ!ゴッツイ肉食わしたる!」
舞は笑いながらスマホで文字を打った
「なになに?「無理しなくていいよコーシロー」、無理なんぞしとらんわ、舞と一緒に肉食いたいねん」
舞がまた文字を打つ
「ん?えぇ?!彩ちゃんも?!ちょい待ってぇな…」
「ん?コーシローの奢り?!やった!舞ちゃん沢山お肉食べようねぇ〜」
御厨と舞は見合って笑った
その横では善波は項垂れるしかできなかった……
後日、善波は岩下にマツの事を聞きに御園署へ
マツ、本名 松方 賢一郎は自首した後に罪を認め調書にも素直に応じているという
正式な試合ではないがおそらく過失致死で送検されるとの事、ただ賭博容疑もあるので執行猶予は難しいと岩下が言っていた
あれ以来、地下リングBARでの賭け試合は無くなり今はマツを慕っていた男が客相手に技を教えたりストレス発散用にサンドバッグを殴らせたりして客を集めていた
GMWのポスターは今でもそのまま貼ったままでカウンター脇には「GMW」チャンピオンベルトが飾られているという
輝きを失わず主の帰りを待つように………
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