鬱屈
ゆりかもめ
鬱屈
恵麻は、無言でそこに立っていた。
背丈の低い白髪ロングの少女だ。両目は隠れており表情をうかがうことはできない。
そして、恵麻の前にいるのは、巨大な赤黒い蠢く肉塊。
大量の眼球を生やしており、それらの目は一斉にこちらを向いている。
ここに来る前、恵麻は寝巻を身にまとい、自室で横になっていた。
鬱屈とした毎日。これは一体いつまで続くのだろうと考えながら。
だが、突如として天井に穴が空いた。それから、抵抗する間もなく吸い込まれ、気が付いた時には、辺り一帯が黒で覆われた謎の世界にいたのだ。
そして、ここで見知らぬ少女と出会った。バツ印が描かれた紙で顔の上半分を覆っている少女だった。
その少女は、やけに馴れ馴れしい態度で恵麻に接してきて、明るい口調でこう言ってきた。
「不幸だ不幸だって毎日思ってる君に!君だけに!君だけのために!私が大切にしてるアイテムあげる!」
そんな言葉の後、カランという音が恵麻の足元から聞こえてきた。
そこには、真っ赤な杖が転がっていた。血のように真っ赤に染まった杖だった。
杖を拾ってみる。羽毛のように軽かった。
それから、少女はこう言った。
「その杖の魔法で敵を倒すとね!幸福が訪れるの!だからやってごらん!これから君の前にぞろぞろやってくる敵を魔法で倒してみて!君に襲いかかってくるのは全部敵だから遠慮はいらないよ!」
あと、その杖の対価は君の寿命半分だからね。
そんな言葉を残し、姿を消した。
そして現在、恵麻は杖を片手に肉塊と相対している。
恵麻は、魔法の使い方など全く知らない。だが、非常に便利なもので、杖を振っただけで魔法が発動するようになっている。
魔法の種類はたった1つ。
敵を物理的に切断することだ。
炎や氷といったありきたりなものではなく、敵の肉体を切断し、戦闘不能陥らせる類の魔法だった。
ここに来る前に現れた敵に使ってみたところ、豪快に黄緑色の液体を噴き上げ、奇声をあげながら絶命していった。
そして、動かなくなった後は、元々そこにいなかったように姿がすうっと消えたのだ。
だから、目の前のもぞもぞと蠢く肉塊にも効果があるはずだ。
恵麻は、杖を縦に振ってみる。
すると、肉塊は縦方向に真っ二つになり、断面箇所から赤い鮮血を上部に噴出した。
次に、縦方向や斜め方向など、でたらめに杖を振り続けると、肉塊はその軌道の通りに不快な音を立てながら切断され、辺り一帯を血の海にしていった。
その肉塊が動かなくなったことを見た後、恵麻は次のエリアに足を運んだ。
少女が言ったように、次から次へと敵と思しき存在が襲いかかってきた。
包丁を握った宙に浮いている腕、死体のような物体を引きずりながら動く、太いツルを持った謎の植物、下半分が床に埋もれた巨大な顔面。
そんな敵を杖の魔法で倒し続けた。
そして、最後と思しき敵を倒し終えると、恵麻はその場に座り込んだ。
知識が全くない一般人が魔法が使えるのはありがたいことだ。
だが、使うたびに強烈な疲労感に襲われる。息が上がり、今や立ち上がることさえできない状況だった。
「お疲れ様!見事な戦いっぷりだったね!」
前方から声がした。
顔を上げると、そこには杖を授けてきた少女がいた。
一体何がそんなに楽しいのかは分からないが、両端の口角をグイっと上げている。
「その杖の魔法はね、使う人によって効果が変化するんだ。普通は炎とか氷とか電気とかの魔法になるはずなんだけど、敵をズッタズタに切り裂く魔法になるなんて珍しいなって」
少女の言う通り、やはりこの手の魔法は珍しいらしい。
この時、恵麻の頭には1つの疑問が浮かんだ。
敵をバラバラにできた魔法だが、少女に使った場合はどうなるのだろうか。
重い体を持ち上げ、杖を振りかぶる。
「ちょっと待って!その魔法私に使うの!?」
驚く少女をよそに、恵麻は杖を縦に振り下ろした。
これにより、通常であれば縦方向に少女が真っ二つになるはずだ。
しかし、実際はそうはならなかった。
カラン、という杖の落ちる音が聞こえる。
しかも、その杖を握っている両手とともに。
「もーバカだなあ!私に魔法を使おうとしたって無駄だよ!こうやって跳ね返ってくるから!」
両腕の断面から血液を流し、慌てている恵麻を嘲笑するように言うと、少女は指をパチンと鳴らした。
恵麻の意識が一瞬だけ飛び、気が付いた時には両手首が癒着していた。
血液が流れた後も見られない。
「はい、これでいいよね。別に私はあなたの手首がなくなってもどうでもけど、かわいそうだし元に戻しておいてあげたから」
「あなたは人間なの?」
恵麻の質問に対し、少女はかぶりを振る。
「人間?私が?そんなわけないじゃん!人間なんかが指を鳴らしてあなたの手首を癒着させられる?不思議な魔法を使える杖をあげたりできると思う?それに、この空間は私が作った部屋なんだよ!あなたに倒してもらった敵は人間の悪意が固まってできたような存在!要するに、ほこりみたいなものだよ!邪魔だからあなたには倒してもらったの!」
それに、と言い少女は言葉を続ける。
「その杖、便利だったでしょ!でもね、物を買うためにお金を使うのと同じように、杖の対価としてあなたの寿命を半分もらったから!どうせ100年程度しか生きられないし転生もするんだから構わないでしょ?あと、杖の魔法を使うたびに疲れたのは、呪文を使用するたびに寿命が削られていた証拠!」
恵麻はそんな話を静かに聞いていた。
本当ならばここで怒りを覚えるのだろうが、残念なことに、恵麻は生きることに執着していない。
だから、寿命を奪われたことに対し感情が揺れ動かなかったのだ。
唯一感じた点としては、魔法を使い続けて疲れる理由が判明し、納得したことくらいか。
「あとね、寿命が尽きた人間の魂を食べる目的もあったんだ。死んじゃった普通の魂もそうだけど、生命にしがみつきながら死んだ魂ってすっごく美味しいの!あなたの場合は、まだ寿命が残ってたから食べられなかったけどね!」
少々悪趣味な気がするが、少女が人ならざる者であり、人間の魂を食べる存在なのであれば、こうして謎の空間に人を引きずり込み、寿命を削る杖を押し付けるのも、少女の観点から言えば納得できるかもしれない。
そのように考えつつ、黙って話を聞いている恵麻に対し、少女は首を傾げ不思議そうに尋ねる。
「怒らないんだ?大体の人間って、寿命とか死ぬ話とかになると感情的になりやすい生き物だし、胸ぐら掴まれたり殴られてもいいと思ったんだけどな!」
この時、「今までここに連れてきた人はみんなそうだったのに」と小声で付け加えたことを恵麻は聞き逃さなかった。
「前々から私以外にも色んな人が来てたのね」
「まあね!部屋が敵で溢れると面倒だし、掃除してもらえそうな人間を適当に連れてきて、私お手製の杖で倒してもらってたから!」
そう言うと、少女は再度指を鳴らし、謎の宝箱と宙に浮かぶ渦巻く空間を出現させた。
宝箱の中を見てみると、そこにはダイヤモンドや真珠のような宝石が大量に入っていた。
「その宝石は、敵をやっつけた報酬だから全部あげる!あと、その空間から現実世界に帰ることができるよ!」
恵麻は、宝石から目を離し渦巻く空間を覗き込んだ。
ここをくぐると現実に戻れる。
だが、戻ってどうするのだろうか。人間としてつまらない人生を仕方なく送り一生を終えるのか。
ヘドロのような世の中に戻り、またしても鬱屈とした日々を送り始めるのだろうか。
その場合、一体いつまでその日々を送らないといけないのだろうか。
既に生きていることに飽きている恵麻にとって、これから先、生きることを想像だけでも苦痛だった。
そんなことを考えながら無言で立ち止まっていると、少女が後方から話しかけてきた。
「戻りたくないんでしょ?」
首だけ少女の方を向け、静かに目を伏せる。
そして、渦巻く空間から離れ、その場に座り込んだ。
そんな恵麻を見て、少女は楽しそうに笑う。
「あなたってやっぱり不思議!知らない場所に来たら、大抵は帰りたいって思うのに!ここから帰れるよって言ったら、大体は宝石が入った宝箱を抱えて帰って行くんだけど、帰りたくないの?」
何も言わず俯いている恵麻を見て、少女は両腕を組み考え始める。
「うーんそっかあ!それじゃあいっそのこと、ここで死んじゃう?それとも私と一緒にここで暮らしてみる?」
「・・・どっちでもいい」
「じゃあ一緒に暮らそ!殺してもいいかなって思ったんだけど、よく見ると、あなたの魂ってかなり濁ってるし食べても全然美味しくなさそうなんだよね。ここに残った魂って、食べないとさっきの敵みたいに変化しちゃうんだ。それに、ここであなたに自殺とかされると、ここの敵をやっつける新しい掃除当番を新しく探す手間が増えるから!」
少女は身をかがめると、恵麻の両肩に両手を乗せた。
「あなたからもらった寿命は返すし、その杖はいくら使っても寿命が減らないようにしとくね。だから、定期的にここで出現する敵のお掃除はして。人間の悪意と恨みと憎しみが永遠に消えない以上、敵は永久に湧いてくるから」
恵麻は立ち上がり、手にしていた杖を見下ろす。
これから自分は、この世界で暮らしながら魔法を使用し敵を退治していくことになる。
面倒だと感じたものの、現実世界に戻るよりはるかにマシだ。
「それじゃあ、まずは私が暮らしてる家に案内するよ!ついてきて!」
そう言いながら立ち上がり、速足で進む少女を見て、恵麻は腰を上げ、その後ろをついていった。
鬱屈 ゆりかもめ @walcandy
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