第3話 一条戻橋西詰 喫茶〈播磨屋〉



 堀川沿いの東堀川通りをチャリンコで北へと向かう。

 堀川に並走してる堀川通りは 大きな通りやけど 川向かいの東堀川通りは車も多くないしチャリンコでスイスイ走れる。

 堀川自体は完全にコンクリートで固められた小川で 水が汚いってワケでもないけど 魚棲んでるような雰囲気でもない。 

 コンクリートの護岸に桜並木。

 春はキレイやけど 今は あいにくの10月。

 茶色くなって落ちた葉っぱを タイヤが踏んで乾いた音を立てる。

 

 六角 蛸薬師 錦と何本もの通りを越え さらに北上。

 御池通りも越え 左手に二条城を見る。

 もうすぐ一条通りや。


 小さな堀川に架かった石の橋が一条戻橋。

 10mもない短い橋の西側のたもとに 暗紺色に塗られた2階建て。

 入り口の上に掛かった白地の看板には 黒字の明朝体で『英国式喫茶 播磨屋』って書かれてる。

 窓には 例の「うちのタマ知りませんか?」の貼り紙。

 一条戻橋西詰ってゆうたら ここやんな?


 入り口は 黒いサッシの扉で 縦長のガラスが嵌まってる。

 ガラス越しに中の様子を窺う。

 薄暗い店内は渋めの木目調で 旧校舎の理科室みたいな雰囲気。

 ガラス製のサイフォンが実験道具みたいにカウンターの上に置かれている。

 

 お客さんは いいひんみたい。

 背の高いオジサンが 背中を向けて コップかなんかを拭いてる。 


 ここが飼い主さんの家なんやろか?

 もし違っても 貼り紙もしてはるし 近所やろし なんか知ってはるやろ……。


 少し怯むけどL字型のドアノブを引き 店内に入る。



「すいません。ちょっと 聞きたいことがあるんですけど……」


「ハイ」



 そう言って オジサンは振り向いた。

 やっぱり けっこう背が高い。

 担任の頼豪先生と同じくらいかな?

 だとしたら180㎝くらいってこと。

 横幅は頼豪先生とは違って ひょろっとした感じ。

 くしゃっとした髪の優しそうなオジサン。

 眼鏡の奥の細い目が 少し笑って見える。

 歳は よぉ分からへん……オジサンや。

 うちのパパより上やと思う……たぶん。



「……あっ あの。表の貼り紙のネコのことなんですけど」


「ええ」



 ニコニコしながら 頷くオジサン。

 ……「ええ」って 猫又探しの貼り紙とか出しといてニコニコする場面ちゃうやろ。

 本物の猫又出たんやし もっと深刻な表情しなアカンのちゃうの?

 それとも 私が夢でも見てて 猫又探しの貼り紙も〈タマ〉も幻なんやろか?



「えっと……あの。表の貼り紙のネコって猫又ですよね?」



 猫又って単語出した瞬間 オジサンの細い目が さらに細くなる。



「猫又?」



 口調は 穏やかなまま オジサンが尋ね返してくる。

 ニコニコしてるんだけど 目が笑ってない。

 さっきと雰囲気が全然 違う。

 恐いでも 怖いでも無い……畏いって感じ。

 でも さっきのタマほどじゃあ無い。

 オジサンの目を見て しっかりと話す。

 


「写真に写ってる尻尾が二股のネコです」


「あの写真 猫又に見えるんや?」



 オジサンの問いかけに ウンと頷く。

 細くて長い指を口元に当てて オジサンは かなり驚いた表情。

 それから ゆっくり私ことを 上から下まで 眺めたあと 口を開いた。



「キミ 名前は? ……もしかして 小学生?」


「あっ はい。村崎むらさき 眞尋まひろです。勧学館小学校の5年生です」



 つい 本当のことを喋ってしまう。

 よく知らない人に 個人情報 話しちゃいけないって言われてるのに。

 私の心配をよそに オジサンは 質問を続ける。



「もう一度 聞くけど あの貼り紙の写真が〈猫又〉に見えるんやね?」


「そうです。あの貼り見た後 ウチの家のベランダに〈タマ〉が居たんです」



 私の答えを聞いて オジサンの細い細い目が これでもかっていうくらいに見開かれる。



「……マジで!? タマモに会ったんや? ホンマに?」



 もう一度 ウンウンと頷く。

 オジサンは 早口で矢継ぎ早に 質問を重ねてくる。



「あっ あのさ。タマモにさ 睨まれたりせぇへんかった? あっ それとも チラッと見かけただけなんかな?」


「睨まれたんですけど 睨み返したら『ツマンナイ』みたいな表情した後 どっか行きました。っていうか あのネコなんなんですか? だいたい 猫又が そこら辺ウロウロしてるのって オカシないですか? 何で そんなん貼り紙で探してはるんですか?」 



 私も 聞きたかったことを 聞き返す。

 オジサンにつられた 早口で。

 でも 私の質問には 答えず オジサンは さらに質問追加。



「睨まれた時 なんともなかったん? 変なこと起こったりせぇへんかった?」


「……そう言えば なんか空気重いって言うか 魂 持っていかれるかもみたいな感じは しましたけど。でも なんか『負けたくない』って思って睨み返したら 空気軽くなったんです」



 私の答えを聞いたオジサンは 呆けたような表情を浮かべ カウンターの向こう側にある丸椅子に ドッカと腰を下ろす。

 右手で 何度も くしゃくしゃって髪を掻き上げたり 頭の後ろ掻いたりしながら 私の顔をまじまじと見つめてブツブツと独り言。



「……マジか? 小学生が? あり得んやろ? …いや せやけど ご先祖さんも 神童やったっちゅー話やし……」



 埒が明かへんし こっちの質問をぶつけ直す。



「あのー オジサンって どういう人なんですか? タマのこと 飼ってはったんですか?」


「オッ オジサン? 僕 まだ 28なんやけど!? …いや そりゃ 小学生からしたら オジサンやろけど……」



 うっわ。やってもうたみたい。

 パパより上とか 全然ハズレ。

 10歳も若かった。

 でも 28っていうたら アイドルのTELLくんと一緒やろ?

 ……失礼かもやけど〈オジサン〉からはTELLくんが持ってる爽やかさとかパリッとした感じとかカケラも感じひんかった。


 汚ならしいとか 気持ち悪いとか そういう感じやないし だらしないってワケでも無いけど……でも パリッとも シャキッともしてへん。

 ……そう。くたびれたって感じやろか。


 くたびれたお兄さん。

 ……やっぱ〈くたびれたオジサン〉の方が しっくりくるけどなぁ。


 その くたびれたオジサンが 少し背中を伸ばすと 低く囁くような声で 自己紹介してくれた。



「僕は 安倍あべ 陽輝はるあき。一応 陰陽師なんやわ……」

 

 


 

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