第2話 げに恐ろしきは 怪異か? それとも 女の友情か?



「……たっ タマちゃん?」


「ハイ」



 そう言って ソイツは私の方を振り向いた。

 貼り紙の写真とそっくりの白い毛並み。

 碧色と金色の左右の瞳。


 そして なんと言っても二股の尻尾。


 ソイツは 間違いなく〈タマ〉やった。

 聞き間違いでなければ 私の呼び掛けに「ハイ」って返事もした。


 スゴい年寄りネコって書いてあったけど ベランダの室外機の上に座り こちらを見つめる白ネコは スラッと引き締まった身体と艶やかな毛並みを持つ お姫様みたいに美しいネコちゃん。

 

 その綺麗なお姫様が 少し気怠げな表情で 私のこと 見つめてた。

 2本の長い尻尾をゆっくりと揺蕩たゆたわせながら 視線をこちらへと送ってくる。

 心臓は百メートル走の直後と一緒で 痛いくらい強く脈打ち 呼吸も速く浅くて息苦しい。


 碧色の右眼と金色の左眼が 私を射抜き貫こうと一瞬 細められる。

 魂 抜けるかと思うほど緊張するけど タマの視線を正面から受け止め その縦長の瞳を見つめ返す。



「……あっ あの。たっ タマちゃんやんな? 飼い主の人が 探してるみたいやで。お家に帰らなくて ええの?」


 

 絞り出すようにして 掠れた声で 話し掛ける。

 それを聞いたタマは「つまらない」といった様子で 小さく鼻を鳴らすと私から 視線を外す。

 鉛みたいに重かった空気が ほんの少し軽くなる。



「ねっ ねぇ タマちゃん お家に帰ろ? もし 迷子なんだったら 私 お家まで 連れてってあげるで」



 タマは 私の声が聞こえてるのか 聞こえていないのか 右手を舐めて顔を洗っている。

 私のこと ガン無視。

 でも 私が ベランダの方へ1歩近づこうとすると 尻尾の動きがピタリと止まり 視線が こちらを向く。

 

 おっと。

 これ以上 近づくのは お気に召さへんらしい。



「ねぇ お家に帰ろ?」



 私の呼び掛けは またガン無視して 毛繕い。

 でも 私が近づこうとすると 尻尾が止まって警戒の視線。

 一歩も動けへん私……なんか タマと〈だるまさんが転んだ〉やってるみたい。



「あのね タマちゃん。飼い主さん タマちゃんのこと心配して ネコ探しのビラ貼ったりしてるねんで? お家 帰ろ?」



 私が もう一度声をかけるとタマは 流し目で私をチラッと見た後 ほのかに微笑み 鼻で笑った。

 それは「アイツは アタシの飼い主なんかじゃ な・い・の」って言ったように見えた。

 ……いや そう聞こえたような気さえする。

 それくらいハッキリと彼女の意志が 私に伝わってくる 一瞥。

 


 次の瞬間 タマは


 トトンッ


 と 小さな音を立て 室外機の上からベランダに降り立つ。

 そこでゆっくりと伸び。

 そして あっ と思った時には ベランダのサッシの間を音も無くすり抜けて 道から伸びた街路樹の枝に跳び移っていた。


 その枝の上から 私の方へ 軽く視線を投げ掛け


「ミャァオ」


 って軽く鳴くと 幹を伝って下へと駆け降りた。

 慌てて 窓際に走りよって道路の辺りを見たけど 二股尻尾の白ネコの姿は 既に何処にも見当たらへん。



 ……緊張の糸が解けて 窓際のその場所に 崩れるようにヘタリ込む。


 たった今 自分が経験したことは 本当に 現実にこの私 村崎むらさき 眞尋まひろの身の上に 起こったことなんやろか?

 ほっぺたをパシパシと叩き 軽くつねってみる。

 ちょっと痛くて 目は覚めへん。

 どうやら 夢でもゲームでも無いみたい。

 

 ベッドの横の目覚まし時計を確認する。

 午後3時45分。

 ママが 仕事に出掛けてまだ 10分も経ってへんかった。


  

 少し冷静になってくると 突然 もの凄い恐怖感が襲って来た。

 生まれて初めての心霊現象。

 ご多分に漏れず 私も他の女の子達と一緒で 心霊写真見たり 怪談話を読んだりするの大好きやったけど まさかの心霊初体験が喋る猫又。


 腰が抜けて 上手く立てへんけど この部屋にいるのが怖い。

 這うようにして リビングに戻る。

 テーブルの脚に掴まって なんとか立ち上がり 机の上のコドモケータイを握りしめる。

 

 パパは 仕事中。

 ママは 運転中。

 こんな時 頼りになるのは 親友。

 

 事前に親が登録したところにしか電話できひんコドモケータイ。

 でも 買ってもろた時から登録してある1年生の時からの親友。

 〈中宮なかみや 彰子あきこ〉の名前をタップする。



 トゥルルル……

 


『はい~。まひろ~ どぉ~したん~?』


「あっ 彰子っ。 ちょっ ちょっと聞いて欲しいことあんねんけど……」


 

 彰子は 老舗和菓子屋〈亀屋藤五かめやとうご〉の跡取り娘。

 引っ込み思案で口下手な私の話を ゆっくりと聞いてくれる おっとりした雰囲気の子。

 今年は違うクラスやけど1年 2年 4年は同じ組やったし ホントに何でも話せる仲。

 お互いの好きな男の子も教え合ってるし。

 今日も しどろもどろになって 巧くまとまらない私の話を 相づちを打ちながら 聞いてくれる。

 


「へぇ。おもしろいなぁ。眞尋ちゃん よぉ そんな話 思い付くなぁ……。それって 次の小説で書くんやろぉ? 天才やなぁ~」



 えっ? 彰子ちゃん 今の話 小説のネタやと思ってる?

 私は 大人になったら 漫画家か小説家になりたくて 時々 お話書いたりして 彰子ちゃんに読んでもらったりしてる。

 そのせいで 今のタマの話も 私が考えたネタやと思ったみたい。



「ち 違うねん。タマの話は 今の 今 ホンマにあった話やねん」


「えっ? なに? ごめんなぁ。今 お母さんが 下から呼ばはってん」


「あのさ 今の話さ ホンマの……」


「あっ 悪いねんけど もう そろそろ お茶のお稽古の時間やねんてぇ。また 明日 学校で聞くしな 眞尋ちゃん 堪忍え? また 明日なぁ~」



 ……プツン


 切られた。

 いつも恋バナしか 書かへん私が 突然 猫又の話書くわけ無いやん。

 親友やと思ってたのに ちゃんと話聞いてくれへんなんて あんまりや。


 慌てて もう1人の親友に電話。

 〈色部いろべ いづみ〉こっちは保育園時代からの親友。

 赤ちゃんの頃から かれこれ10年の付き合い。

 いづみなら この私のピンチを助けてくれるハズ!



 トゥルルル…… トゥルルル…… トゥルルル……

 

 

「あっ もしもし 私っ 眞尋! なぁ いづみっ ちょっと 聞いて欲しい話 あんねん……」


「ゴッメ~ン まひろ。今 ウチ 橘くんとデート中やねん。また 明日聞くし。ゴメンな」



 ブッ。

 ツーー ツーー ツーー。

 


 ……切られた。  

 10年来の親友と 先月から付き合い始めた彼氏。

 どっちが大事やねん。

 あんまりとちゃう?



 ホンマ あんまりやわ。

 親友2人に あっさり裏切られた私は しばらく 呆然とした後 ふつふつと怒りがこみ上げてきた。

 そもそも あのワケのわかんないネコ探しのビラ!

 猫又とか ビラで探すか……フツー?


 あのフザケた貼り紙の人なら〈タマ〉について 何か知っているに決まってる。

 コドモケータイでは 知らない番号に電話できひんけど〈一条戻橋西詰〉ならチャリンコで15分ほど。

 直接行って タマのこと 聞き出してやる。


 私は 心にそう強く刻むと チャリンコを取りにマンション1階の駐輪場へと向かった……。

 ………。

 ……。

 …。


 


 

 

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