うちのタマ知りませんか?

金星タヌキ

第1話 うちのタマ知りませんか?


「明日 漢字テストするからなぁッ ちゃんと宿題やっとけよぉ!」



 赤い表紙の漢字ドリルを振り回す 頼豪先生の堂間声が5年1組の教室にこだまする。

 もちろん男子達は そんな声 全く耳に入らず廊下をダッシュ。

 女の子達も ほぼスルーで グループに別れおしゃべりしながら教室を出て 家路へと向かう。


 日直当番やった私は 黒板の日付を変えたりしてたので 少し出遅れる。

 やっとランドセルを背負った私に 背の低い眼鏡の女の子が 小走りで近寄ってくる。


 

「ねぇ ねぇ 眞尋まひろちゃん。眞尋ちゃん 今度の漢字テストも百点の自信あるんやろ?」



 話し掛けてきたのは清原さん。

 スゴく勉強熱心な子で 授業中もドンドン手を挙げて発表してる。

 引っ込み思案で 声も小さい私とは全然違うタイプ……でも 私には 清原さんみたいに間違ってもいいから 発表するなんて とても出来ない。

 自信満々で間違えたこと発表するとか 絶対ムリ……恥ずかしすぎると思うんやけど。



「えー? そんなことないよ…。宿題くらいしか勉強してへんし。こないだのは きっとマグレやわ……」


「そうなん? アタシは今度のテストのために毎日百回ずつ漢字書いてるねん。絶対 眞尋ちゃんには 負けへんからっ。じゃあねっ」



 そう言い残すと清原さんは 友達の定子ちゃん達のところに駆け戻っていった。

 清原さんは 私がこの前の漢字テストで百点を取ってクラスで一番だったことを知ってから 私に妙な対抗心を燃やしている(ちなみに 清原さんには秘密だけど その前も そのもう1つ前の漢字テストも 私は百点やった)。

 宿題くらいしか勉強してないっていうのは本当やけど 漢字苦手な方でもないから それくらいやっとけば百点取れる……本読むのも好きやし それで漢字覚えてるのも あるかも。


 とはいえ 定子ちゃん達のグループに目をつけられたら面倒やし 1問くらいワザと間違えて 清原さんに勝ち譲ろうかなぁ?

 ……でも それは それで面倒臭いことになりそうな予感。

 ママにバレたら 怒られそうやし。

 私は 小さくタメ息を吐くと 1階の昇降口に続く階段へと歩き始めた。



 ブロンズのプレートに中京区立 勧学院小学校と彫られた校門を出て 碁盤の目状の通学路を西へと帰る。

 京都 中京のこの辺りは 上京や下京のオフィス街の狭間にあってマンションや住宅なんかも けっこう多い……私の家も 学校から15分ほどのところにあるマンション。

 車通りの少ない町屋や鉄筋の家が建ち並ぶ細い路地が通学路に定められている。

 電柱がそびえ 空を埋め尽くす電線が 頭上を覆っていて ちょっと狭苦しい感じ。

 ……まぁ 毎日通る見慣れた光景なんやけど。


 

 いつもの道を 俯き加減に少し急ぎ足で歩いて帰る。

 ふと 顔を上げると 電柱に貼り紙。

 けっこう美人の白ネコちゃんの写真。

 

『うちのタマ知りませんか?』


 ネコ探しの貼り紙らしい。

 チラッと横目に見て通り過ぎる。

 

 さらに歩いて もう少しで家っていう場所で 前の方から聞こえる女の子達の話声に気づく。


 ……あの甲高い声は清原さん。

 追い付いちゃって絡まれるのもウザイ。

 ちょっと立ち止まって やり過ごそう。

 そんなこと思った目線の先に さっきと同じネコ探しの貼り紙。


『うちのタマ知りませんか?

 2週間ほど前に自宅から居なくなりました。

 かなり高齢のメスの白ネコです。

 とても特別なネコで居なくなって大変困っております。

 何か情報ありましたら 下記までお知らせいただけたら幸いです。


 特徴:

 全身白毛で細身の女の子です。

 右は碧色 左は金色のオッドアイ。

 尻尾は長めで 根本から二股に分かれています。

 声を掛けると振り向きます。

 機嫌が良い時は「タマちゃん」と声を掛けると「ハイ」と日本語で返事します。

 祖父の代から家に居る大切なネコで108歳を超えています。

 本名は「玉藻前」と言いますが その名前で呼ぶと逃げるので呼ばないで下さい。


 発見につながる情報を下さった方には 僅かですがお礼も用意しております。

 どんな手掛かりでも結構ですので 情報提供よろしくお願いいたします。


              一条戻橋西詰

              090-XXXX-XXXX

               安倍 ハルアキ』



 読み間違えかと思って 二度三度と読み直す。

 二股?

 108歳?

 日本語で返事?

 書いてある日本語は読めるけど 完全に意味不明。

 よく写真を見ると 確かに尻尾が二股に分かれてる。

 

 ……CGなんかな?


 ワケわかんない貼り紙。

 映画の宣伝とかかな?って思って もう1度読み直して見るけど 上映場所とかは書いてない。

 安倍さんのものと思われる住所と携帯番号が載ってるだけ。

 やっぱり ワケが わかんない。

 小さく首を振って 貼り紙から 視線を外す。


 その時 白いナニかが 私の前を右から左へと横切った。

 それは 白ネコのような気がした。

 しかも尻尾が2本?


 ……いや そんなワケあらへん。

 たぶん じゃなくてに 見間違い。

 

 少し通学路の先の様子を窺う。

 清原さん達の声は聞こえない。

 もう 大丈夫っぽい。

 私は 少し肩をすくめると 通学路を家に向かって歩き始めたんやった。



 3階建ての小さなマンションの2階 205号室の扉を合鍵で開ける。

 玄関には ママの靴がある。

 そろそろ出勤の時間のはずだけど まだ家に居てくれたみたい。



「ただいま」


「お帰りなさい 眞尋」


「お腹空いたわ~」


「オヤツ用意してあるし 食べといてな。でも その前に 眞尋の布団干しといたから 荷物置きに行くついでに ベランダから取り込んどいて」


「了解~」


「ママ もう出るから 勉強頑張ってね。7時までにはパパ帰ってくるから」


「うん。分かってる。ママもお仕事 頑張ってな」


「ありがとね。じゃあ 行ってくるね」


「行ってらっしゃい」



 ママを見送った後 ランドセルを置きに自分の部屋へと向かう。

 学習机の横にランドセルを掛け 布団を取り込もうとベランダの方を見る。


 ······そこにソイツは居た。


 ベランダに設置されたエアコンの室外機の上。

 細身の白ネコの背中が見えていた。

 ゆっくりと揺れる尻尾は 二股。


 思わず声が出た。



「……たっ タマちゃん?」


「ハイ」



 そう言って ソイツは私の方へと振り向いた……。

 

 

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