院内感染 12
「灰振山である当院が噴火しました」
「入院棟の煙突から立ち昇る黒煙のぽこぉんとワインの蓋が弾けたみたいな破裂音は妙に気の抜けて現実感もなく、ワタシはその場にぼうっと立ち尽くすしかありませんので」
「火災ベルが鳴っています。すぐにカサイサマの元にかえって下さい」
「濛々とした噴煙で辺りは何も見えなくなりました。灰色の世界でワタシは、激しく降り注ぐ噴石に撃ち抜かれ、焼けるような痛みが肩を連れ去って」
「職員は患者さんが安全にかえれるように霊安室まで誘導してください」
「熱を帯びた黒煙はワタシの脳をとろりと溶かし、溢れた灰が肺の奥でごぼりと鳴りました」
「お水は飲めません」
「あつい」
「お水は飲めません」
「あつい」「あつい」「あつい」
目を覚ますと俺はまだストレッチャーに乗せられたまま長い廊下を運ばれていて、呼吸をするたびに喉の横からはしゅうしゅうとだらしない音が漏れています。
さっきから院内放送がうるさいくらいに流れていて、俺はこの時ほど自分の耳を潰したいと思ったことはありません。
途中、幾度となく燃えている人間とすれ違いました。モンペに袴姿で炎を気にも止めずに体を引きずっている痩せた女の子もいれば、必死になって消そうとする軍服を着た坊主頭の逞しい青年もいて。そうかと思えばボディコン姿の女性達が炎の中でフィーバーしていたりもします。
きっと、気味の悪い新聞記事と同じで、時代を超えて噴火は本当のことになっていくのでしょう。そんな事をぼんやりと考えながらストレッチャーの硬い板に揺られていると、がたん、と段差に乗り上げた拍子に同期の木月胎衣から貰った鏡がポケットから滑り落ちて派手な音を立てて割れました。それで俺は我にかえったんです。
「どうやら間に合ったみたいね」
「ごほっ。げぼお。ぎ、ぎ、ぎ月……」
俺はどうやらあとりうむの長椅子に寝せられているようでした。恐る恐る喉元を触りましたが、突き出たボールペンも空気が漏れるような穴もなくて、俺は心底安堵しました。まだ体が上手く動かせず、頭は霧がかかったように重だるくて、目の前にいる彼女をぼんやりと眺めていることしかできなくて。
あとりうむの周囲は何処もかしこも炎に包まれていて、それなのにまるで焚き火をしているかのように心地良い暖かさでした。
彼女はいつもの巫女装束と神楽鈴を手に、炎の周りを鈴を打ち鳴らしながら舞っていました。中心には蕩ける肉の塊みたいなものがあって、彼女の舞に合わせてぷるぷると揺れています。
炎に照らされた彼女の透き通った横顔は眩暈がするほど美しく、俺はいつの間にか目を奪われていました。独特の歩法で円を描くようにして回転しながら、しゃん、しゃんと神楽鈴を何度も天に突き上げます。彼女が優雅に舞っている間に炎の勢いが心なしか小さくなっていき、終わった時にはほとんどが燃え尽きて、俺はぼやけた頭でようやくこの悪夢も終わったんだと思いました。
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