院内感染 5

 一日中未収者を相手にする殺伐とした仕事だからこそ、俺はよく息抜きに院内を散策しました。 

 事務室は正面玄関を入ってすぐ、清算窓口の裏手にあるんですが、そこを出て、大抵は正面玄関と反対方向に真っ直ぐ歩いていくんです。  

 突き当たりは4階部分まで吹き抜けになっていて、ガラス張りの天井からはいつも季節に関係なく柔らかな陽光が降り注いでいました。

 そこにはこぢんまりとした売店と休憩場所があって、木目調の縦格子を縫うようにいつも香ばしいコーヒーの匂いが辺りに充満しています。

 街の中心部にある総合デパートにも似たがやがやとした院内の喧騒が、疲れた身体に妙に沁みるんですよね。“あとりうむ”と名付けられたこの空間では、川の水面が揺蕩うように穏やかに時が流れていました。

「ほう……」

 それだけじゃありません。

 あとりうむには階を跨ぐようにして巨大な絵画が飾られているんですが、それを眺めるといつも自然とため息が漏れるほど、何というか圧巻なんです。そこに描かれているのは雨納芦市の、街の人生そのもので。

 銀鼠色をした雄大な灰振山は、そこにあるだけで見るものを圧倒させますし、そこから流れ出る湧水は下にいくほど広がって、最後には雄大な手振川てふらがわとなって街を突っ切って未来へと続いていくのです。

 そこに架かる果栄橋かえいばしの美しい橙色のアーチは、さしずめ未来への架け橋というところでしょうか。

 上から下に視線を動かすだけで四季は移ろい、青々と輝く水面はいつのまにか銀杏の絨毯が敷き詰められ、燃えるように紅葉したナナカマドの木もやがて雪に覆われて消えていきます。

「もうすぐですね」「楽しみですこと」「長かったなあ」

 この絵を眺めていると、不思議とよく声をかけられるんです。気づけば俺の隣に誰か彼かが立っていて、ぽつり……ぽつりと呟くように漏らしては、満足して去っていくなんて事が良くあって。

 最初は何のことか分からずに俺も訳知り顔で「ええ……」なんて返していたけど、今ならその意味がよおくわかります。

「いいえ」

 そう答えれば俺の未来は変わっていたんでしょうか?

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