ダイコウの本分 了

 りりりりり。秋の夜長を鳴き通す鈴虫のようなか細いコール音に趣きを感じつつ。

「はい、契約課契約代行係、不動です」

 飢えた獣のように荒く粘ついた息遣いと、消え入りそうな程に弱々しい衣擦れの音がぞりい……と耳を撫でた。

「……聞いてない。聞いてないですよお。あんなっ」

 ぱしゃりと水風船を叩きつけたような破裂音が電話口から聞こえてきて、ぶつっ、と何かが呆気なく切れた。

 ちゃんと書いてますよ。業務仕様書に、ほら。


『ただし、森の中での業務と無関係な行動及び依頼前の森への立ち入り行為が認められた場合、受託者も即座に溶解処分とする』


「溶解処分って何なんですかね」

 握りしめた溶岩石は死体のように冷たく硬くピクリとも動かない。

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません。おかけになった電話番号は……」

 電話の向こうはいつの間にか無機質な自動音声が繰り返されていて、そもそも本当に話なんてしていたのだろうか。

「どう思いますか?」

 石浦主査が呼びかけに答えてくれないのは、私が一人前になったから。きっとそう。

「そうですよね」

 手元には数日前に業者から届いた押印済みの契約書があって、仕様に沿って位置情報をメールした。

「現在使われておりません」

 だから。

 声も、電話も、存在も何もかも間違っていただけで。

 ……何も起きていないからね。

 それでは、実績報告をお待ちしています。

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