ダイコウの本分 9

 ——あなたはこれからお母さんの旧姓“不動”を名乗りなさい。揺るぎない意志と和やかな心を持って、社会という険しい山を登っていくの。

 痣と包帯だらけの身体で引き攣った笑いをする母と、暗い押し入れの中で同じくらい痣だらけの私。

 私たちはずっと真夜中でアイツの言いなりで、それでもあの日月が飛び散った血液のように赤赤しく輝いていた、私を家から逃がしてくれたお母さんは。

 狡猾な蛇のように私たちの行動をがんじがらめに縛りつけたアイツも、霞の中で目にする月のようにどんな時も明るい道を示してくれたお母さんもいなくなった私には、いつも側には声が、魂が、そこにあった。

 ——それはきっとカサイサマね。私の故郷の神様なの。渇いた大地で生まれて暖かい山にかえるのよ。

 いつの日か、医者でも薬でもアイツでもなく声に従いなさいとお母さんは。だから私は今ここにいて、文字なんかじゃなくてその身に、魂に、神の声を刻む。

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