ダイコウの本文 8

「はい、はい、契約書の送付ありがとうございます。では早速処分に取り掛からせていただきますよお」

 坊主に袈裟に数珠をつけた胡散臭い来訪者たち——彼らはみな「きずき」と名乗っていた——が代わる代わるやってきて、考え直せと歌い出す。

 全庁に溶解処分の残渣に係る収集運搬許可業者の不正選考を告発する文章がばら撒かれ、担当者たちが踊る踊る。

 契約は進む。だから殺す。それでも進む。私はやるべきことをやる。何度も殺す。魂まで殺す。だから何? 物騒なメールを削り除き、威圧的な電話を切り落として契約は紡がなく締結された。今は心地よい達成感——多幸感に私は包まれている。

 設立間もないながら、金額と提案内容の良さで許可業者に選ばれた(株)笹舞花よ、いかに。

「処分対象は北緯43度……分……秒、東経142度……分……秒。詳細な位置情報をメールで送りますので、できるだけ早く処理願います」

 残渣の場所も伝えたから、代行業務もこれでほぼ完了だ。後は業者からの報告書が届き次第検査し、問題なければ請求から30日以内に支払いをするだけ。

「ええ、実はもう居るんですよ、森に。そこに。いつ呼ばれてもいいようにねえ。ご安心くださいよお、、ね」

「……それ、大丈夫なんですか」

 かむるの森の由来は知らないけど、知りたくもないけど、森に入る“約束事”がいくつもあることは知っている。

「——おや、電波がザザ……。これが森のザザザ……よう。すみザザねえザザザザザからねえ……」

 魂の糸がぷつりと切れ、電話の向こうが虚無に沈む。

「あらら、困ったね。いくら許可業者とはいえ、依頼もないのに中に入るなんて」

 石浦主査が嘆くのは珍しい。心なしかデスクに広げた紙も元気がないように見える。

「まずいですか」

「そりゃ身をもって知ってるからね」

「あちゃあ」

「なごみちゃーん」

「はぁい」

 美濃係長の顔が脳に巣食う羽虫を取り除くがごとく引きつって険しい。これはきっともしかしなくても機嫌が悪いな耳ぱたん。

「ねえ、ねえ。遊んでないでいい加減頑張ろうよ。褒めて伸ばすのにも限度があるんだよね。ウチは課長と俺となごみちゃんの三人しかいないんだからさあ」 

「……いますよ」

 ある者は顔を奪われ、ある者は魂となり、またある者は闇に魅せられた。でも魂はある。けどあなたみたいな穢れた人には見えないからね、可哀想な裸の係長さん。

「もういいから、そういうのは。毎日変な紙広げてはぶつぶつぶつぶつ勘弁してよ。とにかくやることはちゃんとやってよね」

 そう言って美濃係長が乱暴に席を立ち、デスクの上の溶岩石がごとりと傾いた。

 やることってなんだろう。

 指名停止措置……は流石に性急か。そもそもの決まりごとを改めて軽寺に確認しないと。それより汚染された残渣を放置する方が問題で、森にいる彼らはちゃんと処理してくれるのだろうか。

「どうしよう」

 石浦主査は言葉そのものだ。契約代行課を漂うまったき魂の存在。

 真っ黒い噴煙がもうもうと立ち上る雄大な灰振山を頂点に据え、そこから色鮮やかな溶岩が川となって流れ落ちる。そんな下絵の描かれたA3程の長方形の画用紙に、黒煙立ちこめる山頂に、燃えるように朱い肉をまとわせた溶岩石を置き、私の問いで石が転がって、飛び散る噴石となって、答えを示してくれる。

 石浦さん石浦さんおいでください。でも帰らないでください。私一人では何一つ決められません。

「ねえ、どうしたらいいの」

 私は“不動”。どんなことにも動じない。そうでしょ、お母さん?

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