ダイコウの本分 2

「何なのこれ」

 私、不動なごみ二十四歳。新卒二年目の雨納芦市役所職員である。八月の北海道は涼しいどころか意外と真夏日の連続で、騙されたやら懐かしいやら、それでも関東よりはカラッとして幾分かマシである。

 私は今、ノートパソコンの画面に映し出された契約起案を前に頭を抱えている。事務室内の蛍光灯が反射して私の顔がうるさい。セミロングの茶髪にウォーターメロンの大型の丸眼鏡、目元のアイライナーはまるで楊貴妃か。嘘。これは自虐。色白で酢顔なだけの、もうそろそろLEDに変えないといけないって綺麗とは縁遠い嘘で塗り固めた私です。

 もうね、社会人ってやつを舐めすぎてたなって反省している。私、結構要領いい方だと思ってたんだけどなぁ。もう一年だよ。

「なごみちゃん、この契約お願いできる?」

 酒に焼けた声で美濃平嗣みのひらつぐ係長から手渡された資料は、めくればめくるほど頭の中に疑問符がついた。

 見た目みたいだ。

 極端に浅黒い肌に、ガチガチに固めたパーマと色付き眼鏡をかけ、ゴツめのパワーストーンをじゃらつかせた経済ヤクザみたいな風貌をしていて、当たりもキツいし職員からの評判がとにかく悪い。

 本当に市役所職員なのかこの人はといつも疑ってる。

「……わっかりましたぁ」

 このご時世にちゃん付けしてくるのってハラスメントでは。と、思っても口に出さなくなったのが私が社会人になって成長したただ一つの所かもしれない。

「さっすがなごみちゃん! うちのエースは違うねえ」

 美濃係長はとにかく日常会話からして声が大きくて圧が強すぎて、少し話すだけでフルマラソン完走後のような息苦しさでエネルギーを全部持ってかれるんじゃないかってくらい疲れる。から苦手。でも嫌いではない。

 歓迎会の席で遠慮なく一発ギャグとかやらせるけど、自分も参戦してそれ以上にスベるとことか、本人に悪気はなくて、本当にそれが明るい職場作りに繋がると信じてるとことか。

 好きにはならないけど、嫌いもしない。案外一番良いのかも知れない。この町みたいだ。

 視線が上向きの気持ち悪いゆるキャラとか、それを考えた葛西クン五歳みたいなモンスターが生まれたこととか、それを採用しちゃう職場とか。そんなんで括れちゃう。でも、都会の喧騒は嫌いだから、このくらい田舎であるのが丁度いい。だから我慢できる。郷に入っては郷に従えとはよく言ったものだ。

「なごみちゃんの名前ってホント、物語の主人公みたいでいいよねえ」

 いや、それはお前だろ、何処かの領主みたいな名前しやがって——。というツッコミを辛うじて飲み込んだ私は、イライラが顔に出ないように陸に打ち上がって魚みたいにピクつく口元で精一杯愛想笑いをする。

「そうですかぁ。ありがとうございますぅ」

 嫌いではないけど苛つきはする。

 だからこんな声になる、普段出さない他所行きの声。誇張された服屋の店員の接客を思い出す。

 アニメ好きな美濃係長が考える物語は、『不動なごみはなごまない』とかどうせそんな感じになるに違いない。

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