第11話 自分勝手な人



 フードコートに入った俺たちは、各々注文をして昼食をとる事にした。


「ポテト食うか?」

「いらねェ」


 親切心で差し出したのだが拒否されてしまう。仕方がないと食べるのを再開するが、不意に正面を見るとチンピラと目が合った。


「……食う?」

「いらねェって言ってんだろ。つーか、さっさと本題に入れ」

「落ち着きなさいな。ほら、早く食べないと麺が伸びるわよ」


 雲上先輩はカレーを食べながらそう勧めてくるが、チンピラは聞く耳を持たない。


「さっさと話終わらせて、さっさとラーメン食って出ていくからいいんだよ。だからとっとと何の用か言え」


 チンピラの言葉にやれやれと肩を竦める雲上先輩。彼女は顔の前で手を組むと真っ直ぐな眼光をチンピラに向けた。


「単刀直入に聞くわ。なぜ、そこの彼――稲福 星一君を襲ったの?」

「知らねぇ。話は終わりだ、帰る」

「ちょっと待てよ、チンピラ。まだ話は終わってない」

「だからチンピラじゃないって言ってんだろ」

「なら、名前を教えてくれ」


 チンピラは舌打ちをすると、嫌々口を開く。


「犬飼 バク。二度は言わねぇぞ」


 そう言うとチンピラ――犬飼は露骨に顔を背けた。


「わかったよ、犬飼。それで、だ。話を戻すが、なんであの日俺を襲った?」

「知らねェ、覚えてねェ、忘れた。それ以外話せるようなことは無い」

「貴方たち――奇跡の会のリーダーに命令されたんじゃないの?」

「リーダー……ボスのことか。さぁな、それすらも覚えてねェ」


 嘘を言っている気配はない。


「なら、あの行動は自発的なもの?」

「……違う、はずだ」

「はず? 自分のことなのに随分と自信ないのね」


 犬飼の言葉尻を捕らえて問い詰めていく雲上先輩。問い詰められた犬飼は、一瞬言葉に詰まるとガリガリと頭を搔く。


「さっきも言っただろ。覚えてねェんだよ。あの時は確かにそうしないといけない気がしたが、今では何であんな事をしたのか覚えていねェ」


 じろり。俯いた顔から覗く双眸が俺たちを捕える。


「これ以上話せることはねェよ」


 その言葉を信じるのなら、犬飼は異能の力によって記憶を弄られている。これ以上問い詰めたとしても、出てくる情報はないだろう。


「そうね」

「わかってくれたか。じゃァ、」

「そんな貴方に頼みがあるの。貴方たちのリーダーに会わせて貰えないかしら」

「は?」


 予期せぬ言葉に犬飼の口から呆気にとられたような声が出てくる。


「奇跡の会に入っているのだから、貴方も会ったことぐらいあるでしょう?」

「……入会の時に一度だけな。だがよ、オレは新入りなんだ。言ったとしても、誰も聞き耳を持ってくれねぇと思うぜ?」

「それなら大丈夫。超常現象部の全員で会いに行く、と伝えてくれたら問題ないわ。あとは貴方が私たちに協力してくれるかだけ」


 ふふんと頬笑みを浮かべる雲上先輩に、苦々しい顔の犬飼。


「犬飼、あんただって誰かに自分の記憶を弄られている今の状況、気分が良い訳じゃないだろ。原因突き止めたくないか?」

「……あァ?」


 俺の言葉を聞くと、少しの間考え込み、やがて諦めるようにがくりと肩を落とした。


「いいぜ、乗ってやるよ。成功は保証できないがな」


 そうとだけ言うとラーメンを一気に食べると、お盆に皿を乗せてさっさと立ち去ろうとする。その姿に俺は待ったをかけた。


「なあ、犬飼」

「なんだよ、もう用事は無いはずだろ」

「顔の怪我、ちゃんと消えたようでよかったよ」


 津久里のおかげで、原型を留めてなかった犬飼の顔は綺麗さっぱり元通りになっている。犬飼は頬を撫でると、深いため息を吐いた。


「……おかげさまでな」

「ポテト、食うか?」

「これっきりだからな」


 差し出す手をやると、犬飼は残ったポテト全部引っ掴んで口へ入れ、水で流し込んだ。


「良い返事を待ってるわ」

「……」


 犬飼は最後に俺たちを一瞥すると、何も言わずに立ち去った。



 ☆ ☆ ☆



 家に着くなり俺はソファに倒れ込む。今日は予想外のことが起きたが、概ね良い方向に進んでいる気がする。この流れが切れないようにしないとな。

 そんな事を考えながらぼんやりしていると、玄関から扉を開ける音と共にドタドタと足音が聞こえてくる。


「げっ」


 嫌そうな声で俺を見下ろす我が妹。


「おかえり」


 声をかけてみるが、当然のごとく無視して彼女は冷蔵庫に向かって歩みを進める。


「意外と早かったな」

「……別に」

「映画はどうだった?」

「…………はあ。評判の映画なだけあってそれなりに楽しめ……ちょっと待って。は? なんであたしがどこに行ったか把握してるわけ?」

「あ」


 しまったと口を閉ざしてももう遅い。

 妹は俺に近づき、見下ろしながらキッと睨んでくる。


「もしかしてストーカー? ……うわっ。信じられない、気持ち悪っ」


 罵詈雑言のオンパレード。言っていることは正論なだけあって、俺は何も言い返すことが出来ないでいる。

 だが、何とか兄として言い繕おうと声を絞り出す。


「いやそのあれだ、兄として心配でだな……」

「心配? 心配した結果がストーカー? 馬鹿じゃないの」

「ぐっ」


 取り繕うどころか墓穴を掘っただけのような気がする。黙り込む俺を見て軽く舌打ちをすると、気分が悪いとばかりに踵を返した。


「あの、その、悪い。ちょっと度が過ぎてた。だけどな、お兄ちゃんは悪気があったわけじゃ……」

「悪気がないからタチが悪いんでしょ。あんたってさ、昔から誰かのためにって言いながら自分勝手な行動する癖あるよね。気づいてる?」


 吐き捨てるようにそう言うと、さっさと部屋から出ていってしまった。


 バタンという扉の音は、やけに寒々しかった。


 

 ☆ ☆ ☆



 暗闇の中、音だけを頼りに足を進める。


「余計なことはすんじゃねェぞ」

「わかってるわよ。迷惑はかけないわ」


 荒々しい足音。その音に俺たちは追従していく。


「まだつかないの? まったく」

「ひっ。す、すみません、ぶ、ぶつかってしまいました……! 死んでお詫びします!」

「それ壁だぞ。おら、謝ってないでさっさと歩け」


 次第に目を閉じてもわかるほど明るい場所に入る。そこからしばらく歩いたところで、目隠しを外していいと許可が出た。


「ここが奇跡の会の本拠地か……」

「本拠地ってほどの場所じゃないけどね」


 居心地の悪そうに身を揺する知里真に銃をぎゅっと抱きしめる津久里。雲上先輩はいつも通り、何を考えているのかわからない自信に満ちた顔をしていた。


「ははー。随分な言い草じゃあないか、ミナちゃん」


 奥の通路から現れたのは、作務衣を纏った無精髭の男。胡散臭い笑みを浮かべ、俺たちを値踏みしている。


「よくもまあ顔を出したものだと言ったところだね、雲上 マリア?」

「気になることがあってね。迷惑かしら?」

「いやぁ。迷惑なんてことはないさ。おじさんからも、話したい事があったからね」


 男は部屋にひとつだけ用意された椅子に座る。


「話したいこと?」

「そう。――君たちの大きな間違いについてだ」

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