第12話 奇跡の会



「間違い……?」


 雲上先輩はそう聞き返す。


「そう、間違い。勘違いと言った方がいいかもね。と、まあ色々話すことはあるけれど、自己紹介をさせて貰おうか。はじめましての人もいるみたいだしね」


 男がこちらを見ると、バッチリと目が合ってしまった。笑っているのに笑っていない、そんな目をしている。


「おじさんは津久里 創成。つくるに創成なんてまあ、駄洒落みたいな名前だよね。おじさんの歳になるとこういう名前はどうにも重荷になるよ」


 ははー。と笑う津久里 創成。

 いや、待て。津久里……?


「君の思った通りだとも。そこの津久里 スイはおじさんの妹なのさ」

「本当なのか?」

「えっ……あ、その、……はい」


 気まずそうに俯く津久里を、創成はやれやれと肩を竦めてみせる。


「こんな関係だから、雲上 マリアには思うところがあるんだよ。なんて言ったって妹を攫った盗っ人だからね」

「ぶ、部長のことを悪く言うのはやめて……っ!」

「ははー。随分と飼い慣らされてまあ。とと。話が逸れるところだった。おじさんの自己紹介はこのぐらいで。君の名前を聞かせてくれるかな?」


 一つ息を吸って、吐き出す。創成が現れてからビリビリと感じる圧。それを誤魔化すように背筋を伸ばし、真正面から向かい合う。


「稲福 星一。一応、超常現象部に所属してます」

「セイイチ、ね。うん。あ、おじさんに敬語は使わなくていいよ。今のところ、おじさんたちに雇用関係も主従関係もないから」

「まるでこれから先あるみたいに言うんですね」

「未来は誰にも分からないさ。あるかもしれないし、ないかもしれない。おじさんにとってはどっちでもいい話だけれどね」


 ははー。と笑う創成。


「それよりもそろそろ私たちがしている勘違い、ってことについて話してもらえるかしら?」

「そうだね。いやぁ、この歳になると話が長くなっちゃってね。反省反省」

「貴方と私たちはそんなに変わらなかったと思うのだけど?」

「ははー。歳の取り方は平等ではないということだよ、お嬢ちゃん」


 そう言うと、「それじゃあそろそろ本題に入ろうか」なんて言って彼は話し始めた。


「大仰に言ったばかりで恥ずかしいけど、そんな大層なことでもないんだけどね。ただ単に、おじさんたちは一般人には手を出してない。無実だってことだよ」

「本当かしら?」

「本当だとも。雲上 マリアには、これを信じてもらったはずだったんだけどね。ま、そう上手くはいかないもんだねぇ」


 意味深な言い回し。これではまるで、雲上先輩に洗脳紛いなことをしたと白状したようなものだ。


「そもそも、利益がない。おじさんたちは金に困ってるわけでも無ければ、暴れたいだけの外法者ってわけでもないからね」

「人を殺すことで異能を強化する。それが貴方たちのやり方なのでしょう?」

「ははー。それこそ間違いだよ、雲上 マリア。確かに人を殺せば異能は強まる。だが、誰でもいい訳じゃあない。スライムを何百殺したところでオーガ一体に満たないように、非力な存在を殺したところで大して異能は強化されない」


 ヘラヘラと笑い、心の内を見せない創成。そんな彼に雲上先輩はなおも切り込む。


「では、貴方たちは普段何をしているの? これだけの異能力者を集めて、何を企んでいるのかしら?」

「おじさんが意図的に集めたわけじゃないよ。でも目的か。目的ならはっきりしている。正義の味方ごっこさ」


 正義の味方ごっこ。その言い回しがどうにも頭に残った。


「異能なんて手に入れたら好き勝手する輩は出てくるものだ。そういった危険人物を消す。それがおじさんたちの活動さ」

「独善的な粛清ほど恐ろしいものはないわね。その活動こそ悪だとは思わないのかしら?」

「だから言ったろう? ごっこだと。正義の味方なんて言うけれど、目的は強力な異能力者を倒したことによる異能の強化だからね」

「では、行方不明になった人物が異能力者で悪人であれば、心当たりはあるのかしら?」

「もしそうならターゲットではあったとは思うよ。ただ、行方不明になった人物はどれも普通の一般人だった」


 それも本当かどうか疑わしい。

 結局のところ、話は平行線だ。奇跡の会が事件の首謀者だと認めるとは最初から思っていない。確証が得られる可能性は低いとも思っていた。


「そして雲上 マリア。君たちがバクくんの件について疑っているのも知っている。ただ、おじさんが言うことに嘘はないし、変わることも無いよ。おじさんはそのどれにも関与していない」


 奇跡の会の代表は、先回りしてそう断言する。その言葉を否定できるような証拠は何も持っていない。そして、それは相手もそうだ。この話し合いで全てが解決するわけが無い。

 だから、この話し合いの目的は解決の他にある。


「このままだと話は平行線だ。おじさんたちも疑われ続けるのはいい気分がしない。誘拐事件の解決に協力しよう」


 戦力の補給。そして、奇跡の会の動きを把握する術を得ること。


「犬飼 バク。伊澤 イタチ。音夜 カゴメ。この三人を君たちの協力者として提供するよ」

「あら。幹部や貴方自身が来てくれる訳では無いのね」

「ははー。それちょっと厳しいかな。今回の被害度合いは精々中の上。おじさん達がそっちに付きっきりになると、それ以上の被害が他で起きる」


 創成はなおも食い下がろうとする雲上先輩の動きを手で制する。


「安心してよ。これは君たちでだけ十分に対処できる脅威だ」



 ☆ ☆ ☆



「――津久里 スイ」


 わざわざここまで来た成果はあったのか。それは分からないが、取り敢えず奇跡の会の代表との会合は終わりを迎えた。

 帰るために順番に目隠しされていく中で、不意に創成は津久里の名を呼んだ。


「僕に何か言うことは無いかい?」


 これまでの飄々とした態度とは打って変わって、何処か優しい気遣うような声音だった。

 そんな声をかけられた津久里は、何を聞かれているのか分からないというかのように眉根を下げた。


「……えっと、何も無い、かな」

「そうかい。…………またね、超常現象部。おじさんは君たちの健闘を心から祈っているよ」


 さっきまでのニヤケ顔に戻ると、ひらひらとこちらに向けて手を振ってきた。

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