第5話 純粋な人



 先日の話し合いでは特に有力な情報も、戦略も出ることはなかった。しかし、だからといってただ待っているだけなど出来ないと、街中をペアでパトロールすることになった。

 そして俺のペアは津久里 スイ。決まった理由としては、もう片方の一年が全力で拒否した事で自動的に決まったのだ。


 これまでの経緯を思い出しながら、放課後になると俺は重い足で二階へと向かった。

 

「あれ。もう居ないな」


 一年のクラスしかない階なのもあって、二年の俺は目立っている気がする。さっきからチクチクと視線が突き刺さっているような……。早く立ち去りたいな……。


 もうクラスに居ないとなると困ったな。今日は部室に集まる予定ではなかったから、確実に居るとは思えない。こんな事なら事前に予定を話し合っておくべきだったか。


「あ、あの……」


 そんな時だった。恐る恐るといった声が背中にかけられたのは。


「……いつから居た?」

「あっその、せ、先輩が来た時から……」


 気づかなかった。

 影が薄いのか、なんて失礼な言葉が思い浮かぶも、それを言語化するのは辞めておく。その代わりに別の言葉が自然と口から発せられた。


「じゃ、行くか。犯人探しに」

「……は、はい」







 先日の話し合いで何も手がかりがない現状から、二つのグループに分かれて巡回するという運びとなった。

 そして、俺の相方には津久里 スイが選ばれたのだが……。


「……なんでそんなに離れてるんだ?」

「えっあっその、……すみません」


 三歩どころか十歩、三十歩ほど離れて歩く津久里。

 あの時の件で怯えている、警戒している訳では無さそうだが、単純に人見知りなだけか。……仕方がない。


「……え、な、なんで戻ってくるんですか?」

「後ろにずっと居られるのは気になるからさ。並んで歩かないか?」

「そ、その、後ろにいるのが気になるなら前に行きましょうか……?」

「……ちょっと話したいことがあるから、並んで歩かないか?」


 俺からの申し出に躊躇うも、彼女はおずおずと頷いた。



「津久里は俺のこと怖くないのか?」


 ふと疑問に思ったので聞いてみた。

 本気で殺そうとしてきた相手と二人きり。普通であれば、嫌がるなり何なりするだろう。……まさか、さっきの距離をとってたのがそれだったのか? そうだとしたら少し悪い事をしたかもしれない。


「え? こ、怖い……ですか? ど、どうして……」


 そんな懸念も杞憂だったようで、心底不思議な顔をしてそう返された。


「どうしてって……この間、戦ったろ。自分で言うのも何だが、殺すつもりだった」


 怖がらせるだけかもとも思ったが、その言葉はするりと零れ落ちていた。

 だが、その返答はあっさりしたものだった。


「な、なんだ。そんな事ですか……」

「そんな事?」


 思いもよらない反応に思わず聞き返してしまう。


「えっあっ、す、すみません! そんな事なんて、生意気なこと言って!!」

「いや、そこは別にいいけど……」


 過剰に謝る津久里を宥めつつ、質問の答えを待つ。

 気長に待っていると、ぽつりぽつりと話してくれた。


「わ、わたし、あまり傷付けられることが怖くないって言いますか、その、わたし自身のことはどうでもいいと言いますか……」


 要領の得ない回答だが、解釈するなら自己を顧みない精神、というところだろうか。彼女の中では自分への優先順位は低い。だから、何をされても気にしない。


「俺はほかの連中に対しても危害を加えたはずだが」

「それは、その、許せない、ですけど。マリアさ……先輩は、許すって言っていますし、ミナさんは許そうとしてますから、わたしなんかが出る幕じゃないかなって」


 …………。

 

「それなら、もしも、俺が再び雲上先輩や知里真に対して危害を加えようとしたらどうする?」


「……その時はちゃんと、殺します」


 ふひっと吐息を漏らし、彼女は初めて笑顔を見せた。

 

「そうか」


 努めて冷静に振る舞う。

 敵意でも殺意でもなく、悪意。そう、悪意なのだ。

 彼女の笑顔の裏にとてつもない無自覚の悪意が潜んでいる気がした。


「じゃあ、もしも、俺が殺されたら、どうする?」


 動揺を悟られまいと、おどけるように、茶化すように質問を紡ぐ。

 この質問に特に意図があった訳では無い。その場を流すための、空虚な問いかけ。だが、


「……殺します」


 笑顔が消えた。悪意が霧散した。残ったのは、真っ黒な殺意だった。


「相手を、処分します、同じような死に方を……いえ、同じだなんて失礼ですよね、全然違う別の方法で、苦しむように、いえ、むしろ殺さず生かして生き地獄を味わせる方がいいんでしょうか、いえでも、死なずに生きるという事実だけで許せないやっぱり殺――」

「ストップ! 落ち着いて。ほら、息を吸って。……吐いて」

「す、すって……吐いて……」


 深呼吸を促すと、津久里はハッと我に返った。


「あっあっ、ご、ごめんなさい! わ、わたしなんかが先輩を無視して話しちゃって……!」

「気にしなくていい。俺のために怒ってくれてるんだから、素直に嬉しいよ」

「あっ、え、へ、へへ……」


 上手くフォローが出来ているだろうか。動揺を隠すのに手一杯で、何を話しているのかに思考を割く余裕が無い。

 何なんだ、この子は。これが雲上先輩や知里真の話の時なら分かる。だが、俺の話でこうなったのだ。頭の中がどうなってるのかまったく理解出来ない。


 混乱する頭の中で、話を変えるために話題を振ろうとしたその時、嫌な予感がした。


 そして、予感は嫌な時ほどよく当たることを俺は知っていた。


「ちっ……!」


 瞬時の判断で津久里を蹴り飛ばし、俺もその場から離脱する。と、同時にさっきまで立っていた場所に何者かが飛び込み、小さな爆発が起こった。


「……あーあっ、一発で仕留めようとしたのに避けられちゃったかあ」


 爆発によって怒った煙の中から、人が出てくる。金髪にピアスといった、典型的なチンピラの風貌。

 つり上がった悪そうな目が俺の姿を捕える。


「それじゃ、まっ。オレのデビュー戦、サクッと終わらせますか」


 

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