第3話 誰が為に



 雲上先輩はその場から動けないのか、何かを持ち上げるようなポーズのまま動かない。未だに空中には車や岩があるため、俺自身も早々に立ち去りたいところだが、さて。


 トドメを刺すか、それとも他の部員を優先するか。

 一瞬考えて、復帰された方が面倒だと判断する。念力にも限度はあるらしく、この倍ほど用意したら押し切れそうだ。


「テレポート」


 これで終わり。

 そう思ったのだが、何も起こらない。


「不発か」


 感触的に失敗した訳では無い。おそらく妨害されたのだ。


「他の部員の異能か」


 異能までは把握出来なかった。能力の無効化だとすれば厄介だが。


「テレポート」


 視界が変わり、鬱蒼と生い茂る木々が目に入る。さっきまで居た、だだっ広い山頂とは違う。自身へのテレポートは可能。


「テレポート」


 またもや不発。今度は自宅に向かおうとした。

 なるほど、結界のようなもので内部から外部への魔法や異能を阻害しているのか。


 そうなると、結界の異能持ちを優先するべきか。

 この場にいる同じ学校の人間は二人。登録したテレポート先を確認しつつ、その場を離れる。

 一対二。どんな人間か、どんな異能を持っているのか把握出来ていない以上、奇襲による短期決戦が望ましい。


「テレポート」


 瞬時に視界が変わり、二人の少女の真後ろに出現した。

 迷いなく薄青色の髪をした少女に手を伸ばす。


「なにっ……してんのよ!」


 既のところでもう片方の金髪で小柄な少女に気づかれ、手に持っていたネットランチャーを撃ってきた。


「テレポートっ」

「うにゃあ!?」


 ネットに手を触れ、撃ってきた金髪の少女の方に飛ぶよう転移させる。少女は上手くネットに絡まり、地面に倒れ込む。


「さて。あんたの異能はなんだ?」

「敵に教えるわけないでしょ、ばぁか!」


 べーっと舌を出し、強気な態度だ。こちらも簡単に口を割るとは考えていない。だが、口を割らなかったとしてもやることは変わらない。


「そう。残念だよ」



 金髪の少女を空中に転移させ、終わらせようか。その次は薄青色の少女か。逃げられた以上、もう一度捕捉する必要がある――


 ダァンと、思考を掻き消す程の轟音。


「――っ」


 遅れて右足が撃ち抜かれた事実を認識する。

 

 ――銃だと!? 日本だぞ、ここは!

 

 混乱する脳を落ち着かせながら、俺は思考を加速させる。方角はさっき薄青色の少女の方角と一緒。ならば、即座にテレポートして距離を詰めてから、


「テレポ――」


 今度は、風を切りながら迫ってくる物体にいち早く気づくことが出来た。


「――ト!」


 状況を把握することを優先させ、上空へと飛ぶ。


「生きてましたか、雲上先輩……っ」


 動けないと高を括っていた彼女が、念力を使って車を投げつけてきたのだ。

 どうする……? 一時離脱で奇襲を試みるか? あるいは、身を潜めて諦めるのを待つか。――いや待て。


 遠目からでも見える。薄青色の少女がライフルの銃口をこちらに向けてきているのが。


 読まれてた。いや、飛ばされたのか。空に上がるように。

 俺は空中を自由に動き回ることが出来ない。テレポートで逃げ切れるかも微妙だ。ならば、出来ることはただ一つ。


「片手ぐらいくれてやる」


 転移魔法は、触れたものを飛ばすことが出来る。

 つまり、飛んでくる弾丸に触れ、転移させる。


「よそ見をするなんて、余裕そうじゃない!」


 肩で息をして、疲れきっているはずの雲上先輩はそれでも気力を振り絞り、車を投げ飛ばしてくる。と、同時にまたもや轟音が鳴り響いた。


 一旦、車についての意識を遮断する。速度的には弾丸の方が早い。車はその後でも十分に対処が間に合う。

 的確に頭を狙った弾丸。故に、軌道の予測が容易だ。


「テレポートっ!」


 弾丸を弾くように手を振るう。人差し指にちょうど当たり、指が爆ぜる。だが、転移は成功した。これであとは雲上先輩の攻撃のみ――


「――あ?」


 腹部に違和感。

 視線を下に向けると、横腹に矢が深々と刺さっていた。


「これは……っ」


 毒か。

 即効性なのか、すぐに視界はぼやけて力が抜ける。


「――っ」


 そんな状態で飛来する車に対処することなどできるはずなく、真正面から激突し、軽く吹き飛ばされる。


 飛びそうになる意識を何とか掴み取り、矢が放たれたであろう方向を睨みつける。

 なぜだ。この場にいるのは三人のはず。いや待て。なぜ三人だと考えた。いや、それは転移魔法の副次的効果であるGPS的機能により見た客観的な事実だ。いや待て。なぜ三人だと、超常現象部の部員は、協力者は、高校の生徒だけだと考えた。


『そう。私や貴方以外にもこの部活には異能力者はいるわ。三年は私だけだけど、ね』


 三年は私だけ。部活。この二つの言葉によって、メンバーは部活動の範疇、高校生のみと無意識に判断してしまっていた。なんという浅慮。

 ……いやまさか、思考誘導をされていたのか。彼女のあの振る舞いから、雲上先輩から与えられる情報は正しいと鵜呑みにしてしまっていた。それがもし、計算のうちだったとしたら。


 ……とんだ計略家じゃないか、雲上 マリア。


「念力」


 地面に叩きつけられる前に、体が浮かび上がった。


「――――」


 声を出すことも、動くことも出来ない。完全に拘束されてしまった。この調子では、下手に魔法を使おうと動けば何されるか分からないか。


「中々やるようだけれど、ここまでのようね」


 そんな、三流の小悪党が言いそうなセリフを言いながら薄青色と金髪の少女を連れて姿を現した。


「そうね。喋ってもいいわよ」

「ガボッ……ゴホッゴホッ! ……あんた、どこまでが作戦通りだ」

「全部……と言えばいいかしら」


 裏切る素振りも見せなかったはずだ。いいや、あの時の発言からして最初から信じていなかっただけか。


「それで? どうするんです。このまま俺を殺しますか?」

「誘拐事件の犯人が貴方なら、そうするけれど。違うのでしょう?」

「犯罪行為なんて今回が生まれて初めてですよ」

「そう。なら、まだ殺す以外の選択肢はあるわね」

「もしかして、服従ですか?」


 問いかけると、彼女は笑みを深くした。

 一度従ったふりをして、懐に潜り込む方が手間と危険を減らせるだろうか。油断も慢心もせず、各個撃破であれば容易であるだろうが。


「ちょっと! あたしは反対よ!」


 そこに待ったをかけたのは、金髪の小柄な少女だった。


「あたしたちはこいつに殺されかけた! そんなやつを仲間にするなんて正気じゃないわ!」


 至極真っ当な正論だ。ぐうの音も出ない。


「悪かった。反省している。だから命だけは助けてくれ」

「はあ!? どの口が……っ!」


 やはり口だけの謝罪では何も意味は無いか。分かっていたことだが、想像通りの反応だった。

 ヒートアップした金髪の少女はさらに言葉を続けようとする。だが、そこに待ったをかける声が割って入った。


「まあまあ。このことは水に流そうじゃないか、ミナ」


 突如現れたのは白い毛玉、ことムース。そんな彼(彼女?) の言葉に金髪の少女は信じられないとばかりに頭を振った。


「はあ? あんたまで何言ってんのよ! こいつが大人しくあたしらの言うこと聞くはずないじゃない! 油断したところをグサーッよ、グサーッ!!」

「ミナはいつも元気がいいね。でも、その心配は無用だよ。契約を結べば問題ない」


 契約……?

 これまた胡散臭そうな単語に眉根を上げる。


「契約だよ、イナフク君。契約を破れば死を、従順であるならば僕たちからの信用を保証しよう」

「……具体的な内容は?」

「雲上 マリアへの絶対服従。それと、超常現象部へ害を与えることの禁止にしようか」

「えっ私!?」


 話の流れをぽけーっと眺めていた雲上先輩は、突然水を向けられわたわたと慌てる。


「どうだい、イナフク君。これが飲めるのであれば生かしてあげられるが?」

「選択肢なんてないでしょう。良いですよ、その条件で」

「えっ、だから私!? なんで??」

「マリー、君はこの部のリーダーなんだ。もう少し格好つけないと」

「わ、わかった。……でも、あとでちゃんと説明してもらうから!」


 雲上先輩は俺の真正面に立つと、掌をこちらに向けてくる。そしてなにやら唱え始めた。


「我との契約を結びし汝、ひとつ、雲上 マリアへの絶対服従。ふたつ、超常現象部へ害を成すことを禁じる。汝、契約を結びし真意、今一度確認を求めたもう」


 異能か。だが、雲上先輩の異能は念力のはず。薄青色の少女の異能か? いや、これは……あの白い毛玉の異能か。


「さあ、答えて。契約を結ぶのであれば、同意すると。拒絶するのであらば、」


 黒い瞳からは如何なる感情も読み取れない。

 ここで抵抗するのは無意味だと判断し、素直に答える。


「その契約に同意する」


 直後、青白い紋様が手の甲に浮かび上がる。そして同様の赤い紋様が雲上先輩の額に浮かんだ。


「背けば罰を。従順には安寧を。この場において、我と汝の間に契約が締結する」


 彼女がそう言い切ると、お互いの紋様が消え去る。


「ふっ。これでもう貴方は私に逆らえないわよ!」

「そうですね。ところで、この拘束解いてくれませんか? もう要らないですよね」

「そうね! すぐに解くわ!」


 そう言って、彼女がむむっと一瞬眉間に皺を寄せたかと思えば、俺の体は自由になり地面に無事に着地を果たした。


「テレポート」


 直後、俺は魔法を行使して雲上先輩の背後へ移動する。

 素手。武器なし。だが、喉を貫くだけであれば素手だけで十分だ。

 まさかの襲撃にその場の誰も反応できなかった。――だが。


「……痛っ!」


 振り上げた腕が肩の根元から文字通り砕け散った。

 腕だったものは赤いガラス破片へと変化し、パラパラとその場に落ちていく。


「あ、貴方、何やって――」

「よかったね。本気だったら、今頃全身がそうなっていたよ」

「みたいだな」


 あったはずの腕を眺めながら、ムースの言葉に同意する。


「気は済んだかい?」

「ああ。以降、危害を加える気は無いよ」


 必要な情報は揃ったからな。


「なかなかの問題児のようね。……でも、いいわ。せっかくの星の導きだもの。超常現象部は貴方を歓迎しましょう」

「先輩、飼い犬に手を噛まれないよう気をつけてくださいね」

「ご心配なく。噛んできたらちゃんと躾けるから」


 やるならやってみろ、というわけか。

 俺の中の雲上先輩の警戒度を上げていると、おもむろに手を差し伸ばしてきた。


「ようこそ、稲福 星一くん。次元を超えた現象の操り手、外法者の集まり――超常現象部へ」


 そう言って。彼女はとても綺麗な月光を背負いながら妖しく笑うのだった。

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