第2話 俺が望んだ普通の日常
「さあ、選びなさい! 死か服従か!」
扉を閉めた。見なかったことにしよう。
「ちょっと!? なんで閉めるのよ!」
「いやすみません先輩。ちょっと、どう反応したらいいか分からなくて……」
上履きの色を確認してみる。この学校では、学年によって上履きの色が変わる。赤、三年生か。
「ええっと……それで、なんの用事ですか? 部への勧誘ならお断りなのですが」
すっとぼけてみせる。相手がどこまで気づいているのか、それを探るのだ。
「しらばっくれても無駄よ! ネタは上がってるんだから!!」
「ネタとは?」
「それは……ええっと、ちょっと待ってね」
ポケットから何やら紙切れを取り出すと、それを読んでふむふむと頷く。
「貴方は『空間転移』の異能の保有者……違う?」
「……」
異能?
聞き慣れない単語が出てきた。
「ちなみに、その異能はいつぐらいから使えるのかしら?」
「……一週間前ぐらいですね」
違和感を隠しつつ、素直に答える。おそらく、何らかの方法で使用した瞬間を見られていたのだろう。隠すだけ無駄だ。
「一週間前……一週間!? け、結構最近ね……」
「最近だと何かまずいことでもあるんですか?」
「……ないわ。ええ、ないですとも。それで? 私の問いに答えてもらえるかしら?」
死か服従かとかいう、答えが決まりきっている質問のことか。
「どっちも選びませんけど」
「えっ……なんで?」
「なんでって……死にたくはないですし、服従も嫌でしょ。協力とか、そんな感じの選択肢はないんですか」
「あ……そ、そうね! 協力でもいいわよ!」
「いやまあそっちも選びませんけど」
「なんでよ!」
なんでと言われましても……。
「何をするのか知らないのに、協力するなんて言えませんよ」
「あ……それもそうね」
納得しちゃった。これもう帰ってもいいかな。さっきから話が全然進まないし。と、その時、彼女のものとは異なる声が割って入ってきた。
「やれやれ。話はボクがするよ、マリー」
中性的な若干高い声音の毛玉。見た目としては、ポメラニアンという犬が一番近いだろうか。
見た目は大変可愛らしい。可愛らしい、が。
「おっと。何をそんなに警戒しているんだい、イナフク君」
「経験上、可愛い姿をした不思議生物は危険だって思ってるので」
「イナフク君、物事には例外は付き物だよ。ボクは君に害を与えるような存在じゃあない」
異世界にもこういう魔物いたような。近づいた人間を丸呑みにするやつ。
「それで、だ。話を戻そう。マリーの言う協力とは、異能力者による犯罪を止めることを手伝って欲しい、というものだ」
「犯罪?」
「異能をより強力なものにするには対価として生命力が必要だ。それを集めるため、犯罪――殺人を犯す者が多くいる。それを防ぐのが超常現象部の活動内容なんだ」
「そう。私や貴方以外にもこの部活には異能力者はいるわ。三年は私だけだけど、ね」
「なるほど」
何となく活動内容が分かってきた。超常現象部の他の部員。同学年にもいるのだろうか。
「超常現象部がしてることは理解しました。ですが、犯罪を取り締まるのは警察の役目では?」
「警察がどれほど異能力者について把握しているのかは分からない。だが、かなりの数の異能による犯罪者が野放しになっているのは事実だ」
「それは恐ろしい。ですが俺、というか俺だけでなく、先輩もまだ未成年、高校生です。危険なことに突っ込むべきではないと思うのですか」
「それでは君は、異能力者によって無垢の人間が殺されてもいいと?」
「そうですね。俺には関係の無いことですから」
感情を混ぜることなく、淡々と話す。
俺の発言に対して噛み付こうと雲上先輩が口を開いたが、それよりも先に毛玉が「では、」と声を発した。
「君の妹御が異能力者によって殺されても、同じことを言えるのかい?」
「そうですね」
脅しのような文言にも俺は声色を変えずに即答した。
家族が殺された。だから、殺人を犯す者を捕まえる。
これ自体はいい。だが、その方法が警官を目指すのではなく、己だけで取り締まるという話になればどうだろう。
これは俺の思う普通とは逸脱している。
「そうかい。……マリー、彼に協力を期待するのは無駄なようだ」
問題はここからだ。
彼女の問いは死か服従か。服従が協力ならば、協力しないのなら殺すと宣言されているようなものだ。
いつでも逃げ出せるよう心を整える。
「貴方、本当に私たちに協力するつもりは無いの?」
「はい。俺は平凡な普通の日々を暮らしたいんです。異能なんて関係ない生活を。だから俺に期待しないでください」
「そう。……その割には登校する時に異能を使ってるようだけどね 」
「……そう、ですね。失念してました。便利過ぎて、はは」
まあいいわ、と一息吐いて、ばっと大袈裟に動いてポーズをとる。
攻撃の意図は見受けられない。とりあえずは静観しよう。
「私たちに協力をしないのならば、貴方の取り得る選択肢はただ一つ。――身の潔白を証明しなさい。出来なければ、貴方を敵と見なすわ」
と、そう宣言した。
☆ ☆ ☆
翌日。俺はかなり早い時間に家を出る。
これまでと違うサイクルに体が慣れておらず、かなり眠い。ただ、昨日の今日でテレポートを使う気にはならなかった。
夏が近づき、昼間はそこそこ暑くなってきた最近だが、それでも朝はまだ少しだけ涼しい。
時間が時間なのもあり、登校中の生徒の姿は見えない。と、その時。後ろから声がした。
「あれ? 稲福くん?」
天使がいた。
太陽の光が後光に見える。拝んだらご利益あるかもしれない。そう思わせるだけの何かが、彼女にはあった。
「おはよう。早いね、日直?」
「目が早くに覚めちゃってね。星ノ宮さんも早いね」
「えへへ。わたしも早くに目が覚めちゃって。誰もいない教室見てみたいなーって思って、早くに出ちゃった」
はい可愛い。
「でも、ちょっと不安だったから稲福くんが居てくれてよかった」
「不安?」
「ほら、最近この街で誘拐事件が多発してるから。高校生にも被害者いたし、ちょっと怖いなーって」
誘拐事件。その単語に少しだけ頬が強ばる。
「それなら、明日からは人通りの多い時間帯に登校しないとな」
「うん、そうだね。でも、稲福くんとこうやって二人で登校できるならこの時間帯も良いなってちょっと思ったり」
あらやだ可愛い。この子天使では? 天使だったわ。星ノ宮さんマジ天使。マジ天。マジ天過ぎる、やっば。
興奮のあまり脳内がマジ天に支配されていると、星ノ宮さんは「そういえば、」と前置きして顔を覗き込んできた。
「昨日、何してたの?」
「……何とは?」
「稲福くん、普段は真っ直ぐ家に帰るのに、放課後になったら別棟に行ってたし、帰る時も帰り道とは違う方向に行ってたから」
「……ああ。別棟に行ってたのは部活の勧誘を受けてそれで。あと、帰り道とは違う方向に行ってたのは、ちょっと空き家を見て回っててね」
「空き家を?」
「ほら、最近は空き家問題が出てきている地域が多くなってきてるし、俺、今のところは志望そっち方面だから。どんな空き家があるのか興味があってね。それで――」
思いついたことをそれっぽく装飾して並べ立てる。
そうこう話していると、学校が見えてきた。人と話しているせいか、気分的にはあっという間だったように感じる。
その時、ちょうど高校の前の交差点の信号が青に変わった。
「あ、青になった。ちょっと急げば間に合いそうだね」
星ノ宮さんがちょっと駆け足になったのとは対照的に、俺はその場に足を止めた。そして、おもむろに鞄を漁る。
「どうしたの?」
「いやあ。ちょっと教科書を忘れてね。家に取りに戻るよ」
「学校すぐそこだし、わたし教科書貸すよ?」
「いや、星ノ宮さんに悪いよ。それにまだ時間あるし。それじゃ!」
「う、うん」
困惑した様子の星ノ宮さんに軽く手を振り、踵を返す。
星ノ宮さんの後ろには信号は、チカチカと青色の光が点滅している。そして――その前を猛スピードで横切る車が見えた。
☆ ☆ ☆
その日の学校は、少しだけ騒がしくなった。
なんでも昨日の夜、うちの学校の生徒が一人、失踪したそうだ。
多発している誘拐事件と関係あるのか、ないのか。駆け落ちじゃないのか。家出じゃないか。好き勝手に話題のネタとして至るところで聞こえてくる。
そして、放課後。俺は昨日同様、教室とは別棟の超常現象部の部室の前に来ていた。
「失礼します」
部室に入ると、雲上先輩が窓際に腕を組んで佇んでいた。
「早いわね。いや、協力する気になったのかしら?」
「いえ。身の潔白を証明しに来ました」
身の潔白。
今、俺は彼女たちから最近多発している誘拐事件の犯人だという嫌疑がかけられている。なんでも、この事件の犯人は異能力者であるらしい。
そんな中、ちょうど最近異能を手にした、誘拐にはうってつけの空間転移が使える人間が居ることが判明した。
――それが俺だ。
そういう事で、協力しないのなら、俺はこの事件とは無関係であることを証明しろと言われたのだ。出来なければ殺すとも。
「犯人が分かったのかしら?」
「それはまだ。ただ、連れさらわれた人がどこにいるのか、は分かりました」
雲上先輩の目が次第に疑念の色に染まっていく。それはそうだ。犯人は分からないのにどこにいるかは分かるだなんて、疑うのも当然だ。
「俺の異能は、事前に登録したところ、あるいはものを転移させるというものです」
「それが何だって言うのよ」
「俺の異能の副次的な力で、登録したものがどう動いたのか追跡する力があるんです」
「えっ……まさか」
「昨日のうちにこの学校の生徒全員に登録しました。まさかここまで早くに引っかかるとは思いませんでしたが」
☆ ☆ ☆
早く行かないと手遅れになると主張し、その日の夜に連れさらわれた人がいるであろう場所に目指す事となった。
「ちなみに、他の部員さんも居るんですよね?」
「ええ、もちろん。ただ、まだ貴方を完全に信頼しているわけではないから姿は見せないし、異能も明かさないわ。悪いけれどね」
「それはいいですけど。そういえば、あの……昨日会った、ポメラニアンみたいなのは居るんですか?」
「ムースのこと? 今日は居ないわ。居ても戦力にならないから、問題ないしね」
そう言って、意気揚々と山道を進んでいく。
口では信頼していないとは言っていたが、こうして居ると俺に対して警戒していないように見える。根はお人好しなのだろう、人を疑うのに向いていないタイプだ。
「ねぇ、そろそろ山頂だけど、どの辺に――」
「テレポート」
途中で足を止めたのに気づかず、先に行っていた雲上先輩が振り返る。そして、それよりも先に俺は魔法を唱えた。
彼女の上空に魔法陣が現れる。
「え――」
人一人簡単に押しつぶせるほどの重量を持った車が、岩が雲上先輩へと売り注ぐ。
終わったか。
そう思ったのもつかの間、潰すべく地面に落ちたはずの車や岩が彼女の真上で浮いていた。
「ねん……りきぃ……っ!」
「それが先輩の異能ですか」
サイコキネシスのようなものか。
ものを使って攻撃する俺とはあまり相性が良くない。
「どう……して……! やっぱり、貴方が……っ」
「誘拐事件の犯人は俺じゃないですよ。ただ、あなた方が邪魔だったんです」
知らないフリをするなら良かった。気づかないのであれば良かった。だが、彼女は気づいて接触してきた。
「俺が欲しいのは日常です。何気ない、平穏な日常。命の危険のない、安全な日々」
身の潔白を証明したら、約束通り接触はしてこない可能性もあった。だが、そうでない可能性もあった。
だから、
「死んでください、先輩」
確実に彼女たちが俺たちの日常に介入出来ないようにする、手っ取り早い方法をとることにした。
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