異世界から帰還した転生者は普通の生活を送りたい! えっ、無理なんですか!? 次は異能バトル!? 〜転移魔法を使える俺は、どうやらファンタジーからは逃れられないみたいです〜
警備員さん
第1話 異世界から帰還した転生者
俺の名前は稲福 星一。どこにでもいる、平凡な高校二年生だ。――ほんの一週間前までは。
「……眠い」
寝ぼけ眼を擦りながら高校へと向かう準備を整える。
顔を洗い、朝食を食べ、制服に着替える。それらの準備が終わった頃には時計は8時20分を指していた。
朝のHRは8時30分から。今から出発したところで、遅刻は確定。それでも俺は慌てず、鞄を持ち、額に指を当てる。
そして短く唱えた。
「テレポート」
見慣れた部屋は一瞬のうちに消え去り、代わりに目の前には洋式のトイレが出現した。
それと同時に、少し離れたところから男子生徒の声が聞こえ始める。
成功だ。
俺は悠然とトイレから出ると、汗を垂らしながら走って校門を潜る生徒を横目に教室へ目指す。
今のはこの世界の理から外れた、異能、魔法の一種。
転移魔法――テレポートだ。
長々と話す呪文のような先生の授業を、右から左へと聞き流しつつ、改めて俺はこの世界でほんの一週間前に起きた、俺の異世界での冒険譚を思い返す。
そう、俺は異世界に行っていたのだ。あちらの世界で何年もの時を過ごし、そして最後には魔王を打ち倒したのだ。
その褒美として、俺はこの日常へと戻るための力を得た。
だが、こうして一週間の時間が経過すると、当初は有難く、輝いていた日常が少しずつ色褪せていく。あれだけ欲した日常が、当たり前のものへと塗り替えられていく。
「――で、あるからして。稲福、この問題の答えは?」
「は、はい」
先生が示した問題を見る。
……やばい、全然覚えてない。
「ちょ、ちょっと待ってください」
慌てて教科書をページを数ページ戻し、該当場所を探す。
「おいおい。一週間前にやったばかりだろう。ちゃんと復習はしているのか?」
「ははは……」
この世界の一週間前は、俺にとっては数年前だ。
そんな言い訳を、心の中で愚痴る。
「……えーっと、そこの答えは――」
こうして、俺の手に入れた元通りの日常はつつがなく進んでいく。
☆ ☆ ☆
「はあ……」
金曜日なこともあって、さすがに疲れが溜まっている。
特に最近は異世界での生活の方が日常だったので、こちらに戻ってからのギャップが激しく、疲れやすいような気がする。
自動販売機からガコンっと音を立てて落ちてきたお茶を取り出すと、するりとペットボトルが俺の手から離れ、床をころころと転がっていった。
……今日は早めに休もうかな。
ひとつため息を吐いて、ペットボトルを拾おうと目をやると、ペットボトルがちょうど来た誰かに拾われた。
「あっ、すみませ――」
視線を上げ、俺は思わず息を飲んだ。
「はいっ、どうぞ。稲福くん」
そこには天使がいた。
「あ、ありがとう……」
星ノ宮 秋葉。同じクラスのクラスメイトであり、成績優秀、誰に対しても分け隔てなく優しい優等生。誰が呼んだか日ノ山高校の大天使。男女共に人気が高く、何より可愛い。
「ねぇねぇ、稲福くんってさ、前にわたしと話したことあるよね?」
「えっ……うん、あったと思うけど……」
何年経っても忘れることの無い、輝かしい思い出。俺はなんと、この高校生活の二年間で星ノ宮さんと三回も話したことがある。それが俺の密かな自慢だ。
「うーんとね、なんか雰囲気が変わったなーって思って。あっ、もしかして、イメチェンした?」
指をピンと立てて頬に当てたり、閃いたとばかりに瞬いて、自信ありげに尋ねてくる。その小さな動きの一つ一つが可愛らしい。ハムスターでも飼ってみようかな……。
「あー……うん、ちょっと髪型変えたかな」
前髪を弄りながら答えると、星ノ宮さんは「当たった……!」と小さく呟いている。
「その髪型も似合ってるね!」
「ありがとう」
にこぱっと満面の笑みを俺に向けてくれる。
ああ……浄化される……。アンデッドが浄化される時、幸せそうな顔してた意味がわかった気がする。俺、もうこの世に未練はない。
こうしてもうしばらくの間、この幸せな時間は続いた。
☆ ☆ ☆
今日はとても良い日だ。
疲れが吹き飛んだ俺は、スキップをしながら薄暗い帰路を進む。ああ、幸せだ。この世界に戻ってきて一番、戻ってきて良かったと感じているかもしれない。
そうして、浮かれていたからだろうか。異変に気づくのに遅れたのは。
「ひぃぃっ! も、もう勘弁してくれ!」
聞こえてきたのは、野太い悲鳴。
喧嘩だろうか、という考えが最初に浮かんだ。警察に連絡するべきか、と次に考える。そして最後に、勘違いだとしたらいけないと、確認してみようと思い至った。
「い、命だけは助けてくれ! お願いだ、なあ!」
人通りの少ない路地裏を、覗き込んだその瞬間、不穏な内容が耳に入ってきた。
「……」
地面に額を擦り付け、許しを乞う男の目の前には、銀髪の少女が立っていた。月日に照らされ、キラキラと輝くその髪よりも、一段と目を引くのは妖しく刃が光る剣。
――死神みたいだ。
と、そう思った。
「……っ」
何かを感じ取ったのか、ぐるりと少女はこちらを見る。
咄嗟に隠れたものの、見られたか、或いは怪しんだのかこちらへと近づく足音が聞こえる。
……致し方あるまい。
「テレポート」
聞こえる足音が止まるその瞬間、俺の視界は薄暗い帰路から真っ暗な部屋へと変化した。
そっと静かに息を吐き出す。
これで一安心。ここまで追ってくることは無いだろう。
あの男のことは心配だが、それでも戻る選択はしない。
あの銀髪の少女はこっち側だ。だから、俺は関わりたくない。もう、苦しいのも、痛いのも、辛いのも、悲しいのも嫌だから。
『い、命だけは助けてくれ!』
「……もう寝よう」
頭の中で繰り返される、男の声から逃げるように夢の世界へと駆け込む。戻ってきた現実が、手に入れな日常が、普通であるはずだと思い込みながら。
☆ ☆ ☆
次の日、あまり寝付けずいつもよりも遅い時間に起きることとなった俺は、テレポートで登校するようになって初めて急いで準備をし、学校に向かった。
いつもギリギリに来る生徒と一緒に教室に飛び込むと、ちょうどチャイムが鳴った。どうやら、間に合ったらしい。
乱れた呼吸を整えつつ、席に座ると、鞄の中にしまっていた教科書を机の中に入れる。と、何やら机の奥に紙があるかのような感触がした。
プリント類は全部持って帰ったはずだと、首を傾げながらくしゃくしゃになった紙を広げる。そこにはこう書かれていた。
『放課後、超常現象部に来たれし』
このタイミングでの呼び出し。相手が昨日の少女、あるいはその仲間なことは疑いようもない。
「……最悪だ」
既に特定されている。となると、最悪の想定をしておくべきか。
放課後の始まりを伝えるチャイムが鳴り響き、帰る生徒の流れに逆らい、別棟にある一番奥の寂れた部室の前に立ち、ノックを三回。
「どうぞ」
はっきりとした声が返ってきてから、俺は部室に一歩踏み入れる。
「よく来たわね、稲福 星一くん。貴方に選ばせてあげる、死か服従か」
全開の窓に、たなびくツインテール。強気そうな瞳は俺を映して離れない。
「私の名前は雲上 マリア。超常現象部の部長よ」
ビシッと指さし、彼女は意気揚々と宣言した。
「さあ、選びなさい。返答によっては……我が部の精鋭部隊が貴方を倒しに来るわよ!」
……嘘っぽい。
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