TAKE15︰声優に、なれたよ!(CV︰鈴名宝)

 お風呂の時と、体育の授業の時以外は必ず。

 寝るときでさえ、肌身はなさず身につけている、宝箱の形をした胸元のネックレス──ママの形見でもあるそれを、私は洋服の上から強くにぎりこんだ。

 ──ここは、アフレコスタジオの廊下。

 【レイン役】として、二度目のチャンス──アフレコ収録する日。

 昨日の夜。夢に出てきたママの言葉。

 ──『立派な声優の仕事をしてきなさい』

 ママ、私、声優の仕事をしてくるね。

 もう、だれの期待も裏切らないで済むように──。

 だれにも迷惑をかけないように。

 成功して、みんなからまた期待してもらえるようになりたい。

 また、オーディションに合格したときのような、あの快感を味わいたい!

 だからママ。天国から、どうか見守っていて!

「あ、あーーーー、が、ん、ば、る、ぞ」

 声が、出た!

 私は嬉しくて、何度もレインのセリフを口に出す。

 昨日の夜の、ママの夢。ママの言葉。

 カラオケに連れ出してくれた対馬くん。

 それに、私を励まして、笑わせてくれた、ユメちゃん、ヒカルくん、レーナちゃんの優しい気持ちのおかげで、声もちゃんと、出るようになったよ!

「鈴名宝さん? これ、さっき対馬輝臣くんからあずかったんだけど」

 廊下で発声練習していた私に、アフレコスタジオのスタッフさんが、半分に折られた一枚の紙を差し出した。

 対馬くんが、私に──?

 私は「ありがとうございます……?」と、スタッフさんにお礼を伝えると、それを受け取った。

 カサカサと、紙を開いて、それを読む。

『宝ちゃん。宝ちゃんの声が、俺は好きだ。こんな形になってしまってごめん。がんばれ。その特別な声で、宝ちゃんだけのレインを──世界中の人に魅せてやれ。絶対大丈夫。輝臣』

 対馬くん……──!

 熱い友情を感じて、胸がいっぱいになった私は、私にレインを演るきっかけをくれた人物の元へと、走っていく。

「対馬プロデューサー……。私、今日、私だけのレインを、世界中の人に届けます!」

 たぶん私にはめずらしい、ひかえめな笑顔で、そう言ってのける。

 対馬プロデューサーは、おどろいた様子だ。

 本番までもう少し。続々と、他の声優さん──共演者さんたちが集いはじめる。

 私は、「よろしくお願いします!」と元気よくさけぶと、録音ブースに入った。

 副調整室──コントロールルームにいる、全員が、ヒソヒソと言葉を交わす。

「鈴名宝──なんか、このあいだとちがって、憑き物が落ちたようですね」「なにがあったんだ?」「なんか──本番前の、鈴名葵のたたずまいに似てますね────」

 ──そう話しているのは、もちろん私にはきこえない。

 昨日の夜の、ママの夢。ママの言葉。

 そして、対馬くんがくれた手紙。

 嬉しい出来事が二つもあった。

 いまの私は最強だ。

 気分は、おどろくほど凪いている。

 私は、つま先立ちになるくらい思い切り伸びをして、深く呼吸をする。

 ──大丈夫。

 世羅さんがなんと言おうと、夢に出てきてくれたママは、私を産んだこと、後悔なんかしていなかった。

 世羅さんは、世羅さんのお母さんであるまりもさんが、ママに私のことを悪く言っていたと、そう言っていたけれど──。

 よく考えてみると、私がこんなに大好きでいるママが、そんなことを言うはずがない。

 パパに出会って、結婚して、よかったと。

 たとえ結果的に、自分の命と、声優という夢を失う結果になったからって。

 私を産んで、よかったって。きっと──ううん、きっとじゃない、絶対に、そう思ってくれているんだ! 絶対絶対、絶対そうだ!

 ──『立派な声優の仕事をしてきなさい』

 そう、私に、エールを送ってくれた。

 絶対に、上手くいく。

 今の私の、全力を尽くすんだ!

「本番!」

 月居みゆさんの、チヒロが、不安げな瞳でレインに問いかける。

「『レインはどう思う?』」

 私のハスキーボイスは、強みであり、それはやがて自信に変わる。

 私は今……いや、【おれ】は。レイン──。

「『オレは──チヒロが決めたんなら、それが一番いいと思う』」

「」

「『だってオレは、そんなチヒロが好きなんだ』」

 対馬プロデューサーから、カットの指示が出ることはない。

「なによ、それ……」

 世羅さんが、たじろぐ。

 前回は、言わせてすらもらえなかった、物語終盤の、レインのセリフ。

「『チヒロ。これからも……俺と一緒にいてくれるか?』」


 

 結果、私の【レイン】は、大成功に終わった。

 私のレインは、最高だったと。

 対馬プロデューサーにも、そうほめていただけた。

 ううっ。やっと、ほめてもらえるところまで来た!

 ありがとうございます、本当に、ありがとうございます……!!!!!

 ふと、顔を上げると。

 うでを組みながら、廊下にもたれかかっている人物に気づいた。

 世羅さんだ。

「無事成功して、よかったじゃなーい。また失敗するかと思ってたぁ〜。成り上がりにもほどがあるわね」

 世羅さんが、またあのいじわるな表情で、話しかけてきた。

 でも。

 私はもう、決して退かない。

 退く必要なんてない。

「母娘揃って、私も、私のママも蹴落として、幸せになった気分はどう?」

 私はだまったまま、世羅さんをにらみ返した。

「……」

「なに、その目──答えなさいよ!」

 私より背の高い世羅さんに、胸ぐらをガッとつかまれ、わずかに地上から、足が浮いた。

「──世羅。もうやめなさい」

「! ママ──?」

 その場にあらわれたのは、まりもさん──?

「どうして? どうしてママまで、私じゃなくて、この子の味方をするの? 私が養子だから!? ママの本当の娘じゃないからっ!?」

 世羅さんが、振り切るようにさけんだ。

 ずっと心に溜め込んでいたものを、一気に吐き出すかのように。

 世羅さんのお母さん──まりもさんの、息をのむ音が聞こえた気がした。

 養子? 本当の娘?

 そう、だったんだ……。

 世羅さんとまりもさんは、血が繋がっていない母娘だったんだ。

 ママの命と引き換えにこの世に誕生した私と、そんな私の産声を、愛しいと言ってくれたママとはおおちがいの。

 ……世羅さんはそれで、私のことが、羨ましかったのかもしれない。

 それで、私を動揺させるために、あんなウソをついた。

 私はそのせいで、一時的な失声症になった。

 決して許されることではないし、許すつもりもない。

 レイン役を巡るオーディションのことにしたって、合格したのは対馬くんと、せいいっぱい練習をした私の実力だ。

 なんて身勝手で、ひどいことをするんだろう。

 でも、それでも────。

「……まりもさん。うちの母が生前、本当にお世話になりました。……父はよく、母の話をする時、決まっていつもまりもさんの名前をあげていました。母はまりもさんのことを、本当に良きライバルであり、一番の親友だと言っていたって」

 まりもさんが、私の言葉を聞いて、目を丸くする。

「親友……。葵が──宝ちゃんのお母さんが、宝ちゃんのお父さんに、そう言っていたの──?」

「はい」

「そう。そうね──。私がそう思っていなかっただけで、私と葵は、互いに親友だったのね──」

「だから、世羅さんに、言ってあげてください。まりもさんが世羅さんのことを、どれだけ愛しているのかを。──伝えなけば、伝わらないんです!」

 私がさけぶと、まりもさんは、

「──世羅。ママとパパが、夜中にずっと、リビングで起きていた日があったのを憶えてる?」

「うん……」

「あの日、ママとパパは、世羅の本当の母親が訪ねてきたことについて、相談していたのよ。世羅の産みの親は──世羅を養子に出したのは間違いだったから、自分たちのところへ返せ、って──もちろん、断ったわ。世羅は、私たちの──私たちの大事な、家族で一人娘だもの──」

「ママ……っ!」

 世羅さんとまりもさんが、お互いを抱きしめ、その場にくずおれるかのように座り込んだ。

 そこへ、いつか会った、世羅さんのお父さんもやってきて、三人で熱い抱擁を交わしたんだ。

 よかった、よかったよ~。

 さて、私は、パパとまたやんの待つ家へ帰りますか!

 


 アフレコスタジオを、出ようとしたとき。

「いやー! 良かった! 実に良かった! 君、宝ちゃんだっけ? 葵ちゃんの娘だそうじゃないか!」

 ガッハッハ! と笑いながら話しかけてきたのは、正式なレイン役の、神崎茂人さんだ。

「お、お疲れ様です!」

 超大御所の、まさかの登場に、私は背中を四十五度の角度に折り、深々とおじぎをする。

「そんなにかしこまらなくてもいいよ。……君のお母さんとは、昔僕もよく共演していてね。君が生まれた年に、君のお父さんから、年賀状をもらったんだ。赤ん坊の頃の君が写っていたよ。我が子を──君を抱きしめることが、たった一日の出来事だったなんて……葵ちゃんは、悔しかっただろうなあ。グスッ。だから、君のことは知っている」

 涙ぐみながら、そんなことを話してくれる神崎茂人さん。

 やばい。私まで泣きそうなんですけど。

 神崎茂人さん、めちゃくちゃ良い人だ……。

 対馬プロデューサーが、そんな私たちの間に入ってきて、「鈴名宝。──神崎さんから、大事な話がある。俺からも」

 大事な話──?

 神崎さんが、口を開いた。

「実は僕は、今回倒れたことをきっかけに、声優を引退しようと思っていてね。なんせ、もう歳だからな。前から考えていたことなんだ。──でも、レイン役がなかなか決まらなくて、迷っていたんだ」

 神崎さんは、ふわりとほほえみながら、私に言ったんだ。

「君になら、レインを任せられる。あとはよろしく頼んだよ」

 ! ────っ!!

「というわけで、【レイン】は引き続き、君に演じてもらうことになった。ツシマプロダクションに、正式に所属してくれるね。──鈴名宝さん。契約書にサインを」

「あああ、ありがとうございますううううぅううううぅううっ!」

 こうして私は、念願叶い、夢でもあったあこがれの声優デビューを、なんと入学二ヶ月で果たしてしまったのです(褒めてくだされえええええ!)



 【レイン役】を、プロの声優として神崎茂人さんから引き継ぐことが決まり、ツシマプロダクションへの所属も同時に決定した、その日の夜。

 パパと又四郎おじいちゃんに、私が声優になることを伝えると。

「やったな! エライぞ宝ああああああああっ! さすが、俺と葵の一人娘だああああああっ! よく頑張った! 星桃への入学を反対して悪かった! 許してくれええええええええええ!」

「ほう! 宝ちゃんの声が、テレビで聴けるのかの! ワシ、アニメの内容わかるじゃろうか!?」

 家族の反応は、こんな感じ。

 ほんとだよ、パパ。

 私、やればできる子なんだからね? 私が、ママのような声優になれるわけがないと、冒頭で言ったこと、一生後悔するが良い! ガハハハハ!(神崎茂人さん風に)

 そんでもって、またやん……ありがとう……。

 ふだん、『渡る世間は鬼しかいねえぜ!』や、『花邑旅館湯けむり殺人事件』系のサスペンスしか観ないそんなまたやんが、私のアニメを観て、いったいどんな反応するのかが、めっちゃ楽しみだな。

 アニメの内容は、私がくわしく説明してあげるからね。

 ねぇ……、私のハスキーボイスも、捨てたもんじゃあないよね?

 この通り、二人はめちゃくちゃ喜んでくれたんだ。



 その日の夜。

 私は、お風呂のお湯につかりながら、天国のママのことを考える。

 ──ママ。

 私……宝は、まだまだ全然、素人同然のへなちょこで、ひよっこかもしれないけれど……。

 なんとかママみたいな声優になるための、その第一歩となる、夢の切符を手に入れたよ。

 勇気を持って踏み出せたのはきっと、ママのおかげだね。

 ──ありがとう。ママ。

 これからは、私がママの娘だって言っても、だれにも笑われたりしないように──私、頑張るからね!

 キラキラ光る、宝箱の形をしたネックレス。

 ママの形見を、私は大切に、大切に、パジャマの上から、にぎりしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る