TAKE2︰入学式で波乱の予感!?(CV︰鈴名宝)

「はぁっ、はあっ! ギリギリセーフ……って、い!? どっえええええええええええーッ!?」

 全力坂道ダッシュのおかげ&、あのオトコのおかげか、なんとか入学式が行われている体育館に間に合った私。

 で・も!

 壇上を見て、私は目を見張らずにはいられなかった。だってだって!

 さっき私を車に乗せてくれた、私の後ろにいたはずのあのオトコが、涼しい顔をして、『ゲスト席』と書かれたイスに座ってたんだもん!

「こらあああ! そこの女子、叫んでいないで、さっさと座りなさい!」

 なっ、ななななな、なんでえええええ!?

 二分前まで、私と、執事のおじいさん(推定七十代前半)と一緒にいましたが!?

 そんでもって、私より後ろにいましたよね!?

 校門から体育館までは、見晴らしの良い一本道だったし!

 そっくりさんだ! 絶対そうだ!

「ななな、なんであの男の子、壇上にいるんですか?」

「あの男の子? ああ、対馬くんのことか? ってそんなことはどうでもいいから、早く席に座りなさい!」

 いや、言ってよーーーー先生。

 全っ然! どうでもよくなんかなあああい!

 入学式中、気になって集中できんのですが(シンプルなツッコミですよ)

 瞬間移動した? まさか宇宙人? いや、そんなことあるわけない……。

 私は、とりあえず、事前にプリントに書かれてあった『一年ヒカリ組』の、自分の席につく。

 壇上に目をやると、あのオトコ……男の子が、マイクを持ったところだった。

 同い年というよりは、先輩っぽく見える、クールで落ち着いた大人っぽい雰囲気に、どこかうれいを帯びた瞳。

 そのたたずまいは堂々としていて、こんな大きなステージに立つのにも、慣れているような気がする。

 チコクしそうになってて、それどころじゃなかったから、さっきはあまりよく見ていなかったけれど……まあ……カッコいいっちゃあ、カッコいいよなー。

「キャアアアアアアアアアアアア! 輝臣サマよー!」

「輝うううううううううううううう!」

「こっちむいてー! ファンサしてー!」

 輝臣サマ? ファンサ?(ファンへのサービスのことだよ! 投げキッスとかウインクとか!)

 ……ココハ、アイドルノコンサート会場デスカ?

 いやはや、聞いておどろくなかれ。

 さっき私を平然と車に乗せた男の子は、

「えー、みなさんはじめまして。対馬輝臣です。『秀才テレビちゃん』に出演してます」

 私が知らないだけだった、現役アイドル声優(しかも売れっ子)だったのです……。

 私の周りに座る生徒たちが、そう話している。

 どうやら、新入生代表として、学園にゲストとして呼ばれていたらしい。

 なるほど、ステージに登壇しているのもそれでか。

 周りが熱狂する中、ぽかーん、と、ハニワのようなマヌケ顔で男の子のスピーチを聞く私。

 こんなに有名人だったなんて、さっきは思いもしなかったよ。

 講師陣のスピーチが終わったあと、司会の男性が、待ってましたと居丈高にさけんだ。

「えー、それでは、皆さんお待ちかね! 本日のスペシャルイベント! 本年度、皆さんと一緒に我が星桃に入学する、中等部声優科一年生の、現役アイドル声優・対馬輝臣くんに、入学祝いという設定で、役を演じてもらいましょう! 対馬くんが出演しているアニメ、『ライアー伝説』で、カイトです!」

 わああああっ! と、体育館が湧く。

 アニメが人よりかなり好きな私も、『ライアー伝説』はチェックしてないな。

 主人公の名前を知ってるくらい。

 たしか、【カイト】のビジュアルは、エメラルドグリーンの髪に、燃え盛る炎のような赤い瞳で、主人公サイドの敵キャラだった気がする。

 男の子──もとい、対馬くんが、壇上で目を閉じ、スウッと深呼吸した。

 対馬くんのカイトを聴き逃すまいと、体育館にいる全員が静まり返った。

 そして──。

 ピリッ────。

 対馬くんが目を開けたとたん、体育館の、すべての空気が変わった。

 全部を包み込む緊張感。

 これは──なに────。

「『────んだよ。おまえら。揃いも揃って、こっち見んなつぅの……。あ? 言えって? 仕方ねぇなー。──全員、入学おめでとう。ライバル同士切磋琢磨し合って、最高の三年間にしようぜ……って、俺にはカンケーねーことだけどっ』」

 ────ぞくり。

 なに。この声。

 自分でも気づいていなかった、胸の奥の、深いところ。

 そこにあるなにかに触れるような、とてもふしぎな、魅力的な声。

 そして最後、照れたようにそっぽを向くカイトが、一瞬頭の中に映像で浮かんだ気がした。

 直感的に、こう思った。

 私──この人の声が、響きが、熱が──好きだ。  

 一瞬間をおいて、さっきにも増した、キャアアアアアアアアア! と、女子生徒たちの黄色い声が響き渡った。

「やっぱり輝臣さまと言ったら、悪役だよね〜」

「ちょっとツンデレなのも、さすがカイトって感じで萌えたぎる〜〜〜!」

「かっこよすぎるからーーーー!」

「今の演技は反則だよねー!」

 星桃学園に入学した、女子の皆さんの目が、ハートになってる。

 それはまるで、恋する乙女のようで……っていうか、今の演技で、本当に対馬くんのことを好きになった女の子も、出てくるかと思うぞこりゃ。

 それに、ううん。

 女子だけじゃない。男子だって、ちょっとびっくりした表情をしてる。

「スゲェー。さすが、輝臣サマだな……」

「男でもときめいちまうな。おれ、本気で好きになりそう」

「キモいこと言うな。でも、おれもそうかも……」

 いやいやいや、男子たち! 禁断の恋みたいに言わないで!? 恋愛は、ゼンゼン自由だけどね!?

 対馬くんが、「ありがとうございました」と言って、ゲスト席に戻ると、壇上で挨拶した最初の時以上に、体育館は歓声に包まれた。

 講師陣である先生たちも、「ブラボー」と拍手を送っている。

 すごい……すごすぎる。これが、プロの声優なんだ。

 実力で、みんなをあっという間に自分の世界に惹き込んじゃった。

 対馬輝臣……。

 タダ者じゃないっ!

 こうして、このまま入学式が終わるのかと思ったその時。

 対馬くんが、「あ」と言って、また席を立つと、なぜか再びスピーチの位置に戻ってきた。

 ────?

 ふしぎに思う、私や、生徒や、先生たち。

 対馬くんはそんな空気にかまわず、マイクに向かってこう言った。

「────というわけで、新入生代表として、この場所に立てて大変光栄に思います──はい、俺の挨拶おわり! ──鈴名宝! いるんだろ! 上がって来いよ!」

 とつぜん、名指しで呼ばれ、びっくりする私。

 えっ? えっ? ななな、なぬううううううううううう!?

 聞き間違いじゃないよね!?

 鈴名宝って……わわわ、私!?

「鈴名って……」「あの伝説の?」「苗字がおなじだけじゃない?」と、生徒たちがヒソヒソ話す声が聞こえてくる。

「──輝臣。彼女のことを知っているのか」

 ああああっ! あの人は!

 対馬くんに近づいて、耳打ちしているのは──。

 あの、見事な白髪をオールバックにした、いかにも貫禄ありますって感じの、高級感あふれるスーツ姿の男性は……入試の面接の時にいた!

 この学園の理事長だったのか!

「理事長……」「いやしかし……」「輝臣くんは……」

 先生たちが、なにやら相談している。

 生徒たちがざわめく中、私は仕方なく、おずおずといった様子で席を立ち、歩いて行くと、ステージに登壇した。

「す、鈴名宝です……? お呼びにあずかりました通り、声優科の新入生デス……」

 マイクを渡されたので、とりあえず自己紹介。

 生徒や先生、全員がなにごとかと戸惑う中、対馬くんは、これまたゼンゼン思ってもみなかった、とんでもないことを言い出した。

「えー。鈴名さんには、俺の次に新入生を代表してひとこと、『魔女っ子エンジェルみかるちゃん』の、みかるちゃんを演ってもらいます」

 は、はぃいいいいいぃいいいいい?

 なぜに、私がみかるちゃんを?

 ──『魔女っ子エンジェルみかるちゃん』とは、日本では知らぬ者がいないくらい超有名な、国民的超人気アニメ。

 みかるちゃんは、元気いっぱいで、基本明るい性格だけど、少し天然で抜けている。

 そして時々、ありえないほど暗い性格になる。

 ブラックみかるちゃんとは、彼女のことだ。

 年相応の弱さもあるせいで、いつもトラブルに見舞われていて、周りのキャラたちはいつも安心して息がつけない……そんな、アニメ全体を面白い方へ引っ張っていく、主人公の女の子キャラだ。

 ……なんか、説明が超長くなっちゃったけど。

 そのみかるちゃんを、私が演る?

 とつぜんの出来事に、心がついていかない。

 対馬くんてば、いったいどういうつもりなんだろう──?

 で・も!

 いやいや、ちょっとまてよ?

 よく考えてみたら、これって、超☆ビッグチャンスなんじゃない?

 ここで可愛い声で演技してみせれば、私は一躍有名人。

 鈴名さんちの宝ちゃんは、やっぱりお母さんに似てすばらしいわね〜〜〜と。

 星桃学園の生徒たちだけじゃなく、近所でも評判になるかもしれない。

 そうだよ!

 対馬くんは、さっき私と知り合い(?)になったそのよしみで、ミラクルチャンスをくれたんだ!

 いっよおーし!

 そうと決めれば、いっちょ全力で、ママみたいに演っちゃいますか!

「『みーーーーんなっ! 星桃学園中等部への入学、おっめでとーーーーう! 声優科だけじゃなくて、俳優科、映像科、音楽科、ダンス科、普通科! 全学科の人たちに、みかるが全力でお祝いするよ〜〜〜っ! パンパカパーン!』」

 ────その間、数秒。

 時が止まったかのような静寂が流れた。

 というか、実際止まった。静止した。見事なまでに。

 シーーーーーーーーィーーーーーーン。

 中等部全員&、講師である先生たちがいる体育館が、『ここはしゃべっちゃいけない図書館ですか?』ってなほど静まり返った。

 えっ!? そ、そそそそそんなっ!

 思わず言葉を失っちゃうほど、それほどまでに私の演技が、完璧でしたでしょうか!?

 可愛かったかな!? うまかったかな!?

 鈴名宝、中学校入学一日目にして、中等部全員、そして講師陣の先生たち全員のハートを射止めちゃったカンジ!?

 私が、らんらんと瞳を輝かせていると。

 となりに立った対馬くんが、なぜか背中を丸めて、口もとに手をやり震えている。

 ────?

 次第に、生徒たちがざわつきはじめる。

 ──「いや、今のはダメだろ……」「本当にダメだ……」「枯れたおじいさんの声にしか聞こえなかった」「鈴名葵の娘ってウソだろ」「鈴名なんて苗字、まあ、あるよな……」「むしろありふれてる」

 な、ななな、なんですかその反応は!

「ぷっ、あはははははっ! 『パンパカパーン!』って……はー……。おもしれぇ」

 対馬くんが、こらえきれないといった様子で大笑いする。

 さっきナゾに震えていたのは──笑いをこらえていたからなのか!

 こ・ん・の、オトコはああああああああああっ!(怒)

 こうなることがわかっていて、私にわざと恥かかせたんだ!

 そうだよね、だって、さっき出会い頭で私のこと、『男になれば?』なんて言ったんだもんね!

 私の声が可愛くないこと……みかるちゃんの役なんて絶対に似合わないこと、気づいていたんだ!

 性格、悪っるうううううううううーーーー!

 ぐぬぬぬぬ、このオトコ……絶対許さん!

 私のせいいっぱいの演技に、生徒たちがいまだにドン引く(泣)中、私は対馬輝臣なるオトコをキッとにらみつけた。

「あんた……覚えてなさいよ。こんなことして、絶対泣かしてやるんだから!」

「……演技でいいなら、今すぐにだって泣いてやるぜ? 宝ちゃん?」

 宣戦布告した私に対し、対馬くんは、ふふん、と笑ってから、涼しい表情をして言った。

「だって俺は、声優ですから」


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