FIRSTTAKE︰今日から夢の声優科!(CV︰鈴名宝)
「ひえええええええっ! チ・コ・ク・だああああーッ!」
──四月。
桜舞い散る坂道を、全速力で駆け上がる。
高く結い上げたショートツインテールにしゅるりと巻いた、これまた長い黄色のリボンを、顔の横で元気よくゆらしながら。
今日の天気は快晴! 見上げれば空は、雲一つないキレイなソーダ色をしている。
現在の時間は、朝八時五十七分。
【入学式】は九時から!
こんな時間に、私以外に全力坂道ダッシュをしている生徒は、とうぜんいない。
わーん!(泣)
昨夜はつい、夜ふかししてマンガ読みすぎちゃったよおおおお! 今日は私の大事な大事な、門出の日なのにいいい!
たまーに、面白すぎる神マンガを見つけたら、つい一気読みしちゃうのが、私の悪いクセなんだよね……(おかげでいつも金欠です☆(号泣))
しかも、ただ読むだけじゃあなくって、登場人物のキャラクターになりきって、セリフ読みをするのが楽しんだこれが。
時間が飛ぶようにすぎちまったよ…………
……って。っ! 語ってる場合じゃなくて、きつい! 足がなまりのように重くなってきた!
私は、ハァハァ言いながら、それでも止まることなく走り続ける。
制服のネクタイにつけられた銀色の星と、ママの形見でもある、宝箱の形をしたネックレスが、朝日に反射して、キラリと光った。
──私・鈴名宝は、今日から華の中学一年生になるんだ!
私が物心ついたときから、ずうっと心に抱き続けてきた、ママみたいな声優になりたいっていう夢。
それに反対するパパを、なんとか必死で説得することに成功した私は、猛勉強ののち、入学試験を受けて──
ななな、なんと、天国のママも通ったという、声優界の超名門である芸能学園・『星桃学園中等部声優科』に、無事合格しちゃいました!(やったあああ!)
オーディションを受けて在学中にデビューできれば、中学生でプロの声優になることも夢じゃない。
つまり私は、晴れて今日から、声優のたまごになるわけなのです!
あっ、ちなみに、銀色の星=中等部、金色の星=高等部、って決まりだよ。
星桃学園中等部は、私が今走って向かっている、この小高い坂の上にあるんだ。
そしてもう、当然みなさんお察しだと思いますが……私、その中学校の入学式に、遅れそうになってます!(泣)
「おい! そこのツインテール」
ほえっ!?
いきなり、背後から、男の子の声。
ツインテールって……私のことか!?
「おまえ、星桃学園の生徒か?」
「そうですけど」
ふり向くと、黒光りする立派な車──ベンツの後部座席に乗った、いかにもチャラそうな男の子が、息を切らして歩く私にそうきいてきた。
っていうか、初対面で、おまえって……ヤなヤツ!
「入学早々、チコクしそーになってんだろ? 俺の車に乗せてやってもいーぜ? 貸しイチだけどな」
む、ムカーーーー!
『オレノクルマ』って、あんたが運転してるわけじゃないでしょうが! なにが貸しイチよ!
「けっこうです! 入学式がはじまるまで、まだあと二分あるんで!」
「ふぅん。まぁ、この坂はまだあと五百メートルはあるけどな。いいならいいや。そんじゃさいなら。せいぜい、全力坂道ダッシュがんばってネ」
げっ! ごごご、五百メートルううう!? そんなにあるの!?
入試のときに一度来たきり、それもそのときはパパの車に乗せてもらっていたから、知らなかったよ!
ってか私、これから毎日、この坂をのぼらないといけないんデスカ!?(号泣)
「ま、まって!」
私は、車の窓を閉めかけた男の子を、あせって呼び止めた。
「待ってください、だろ?」
「……ままま、待ってくださいませえええ!」
私がそう言ったにもかかわらず、車はそのまま、数メートル先を走る。
「わああ! ちょっ、ちょっと! 乗せてってばぁ!」
「さっきの言葉、忘れたわけじゃねーよな? 貸しイチだって」
「わ、わかったわよ! どうせパン買って来いとか、そんなんでしょ! なによ、エッラソーに!」
そうは言いつつも、ゼィゼィ言いながら、「おじゃまします」とだけ言って、おとなしく車に乗せてもらうあたし。
綺麗にセットした白髪に白ヒゲの、執事のようなおじいさんが、「坊っちゃま、お優しいですな」とにっこりほほえみ、車を発進させた。
どええ、これで優しいの!? ふだんどんなんよ!?
っていうかていうか! ベンツって、私はじめて乗ったかも。こんなに静かに走るものなんだ。
その乗り心地に、軽くカンドーしていたら、やたら態度がデカい(たぶん)お金持ちの男の子が、「なあ」と口を開いた。
「おまえの声……なんか、男みてぇだな。女の子にしては低すぎる」
うぐうっ!
私が声優科に入学するにあたって、一番気にしている、コンプレックスをおおおおおおおっ!
こんな、初対面でええええええええええ!(怒)
「名前は?」
「……鈴名宝」
「宝ちゃん、ね」
私の名前を呼ぶ、意外と優しい声の響きに、ほんのちょっとだけ、心臓がどきっと、あまい音で鳴った。
「なぁ。ちょっと一回、『おまえのこと、めちゃくちゃにしてやる』ってセリフ、言ってくれないか? どんな感じなのか、聞きたい」
「なっ!」
前言撤回!
なに!? この、失礼(すぎる)オトコは!?
しかもしかも、そんなはずかしいセリフ言えるかっ!
──私が演りたいのは、ママみたいな、可愛くて可憐な、少女の役。
マンガを読んでるときだって、男の子役なんて、一度も演ったことがない。
でも……一応、今日から声優科だもんね。
求められたなら、どんな役でもやってみせなきゃ。
このくらいではずかしいなんて言ってちゃ、この先不安だもんね!
──そう思った私は、全力でカッコつけた。そんでもって、自分に出せる全力の低くて甘い声で、女の子をほんろうする、男の子になったつもりで。
「……いいよ? 『おまえのこと……めちゃくちゃにしてやるよ……』」
「…………おぉ。スゲェ。いっしゅんマジでシビレた。ゾクッときた。おまえ、男になれば?」
プッツーン!(堪忍袋の緒が切れる音)
だ・か・ら! 私は、女の子役がしたいって言ってん(思ってん)でしょーが!
「オホホホ☆ それは良かった☆」
付き合ってられるか!(怒)
「どうもありがとうございました! さよならっ!」
私は、車から降りて一礼すると、ばびゅん! と超特急で、入学式が行われているであろう体育館へと向かったのであった。
「……あいつ、声優科か? 入学早々、面白くなりそうだな……」
男の子が、後ろでそうつぶやいて不敵に笑んだことは、私は知らない。
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