TAKE3︰自己紹介で前途多難!?(CV︰鈴名宝)

 電気もついていない、真っ暗な自分の部屋。

 あのあと、入学式をなんとか終えて家に帰ってきた私は、ベッドにうつぶせになって、もうかれこれ数時間以上はこうしてさけびながら、一人大号泣していた。

「うううううっ、ううっ、ううっ! くやしいいいいいいぃいいいいいい!」

 入学式のときの屈辱がよみがえる。ぐぬぬ、対馬輝臣め────ッ!

 売れっ子声優だかなんだか知らないけれど、今日が初対面なのに、あんなふうにみんなの前で、それも最悪な形で、恥をかかせることないじゃない!

 私になんのうらみがあるの!?

 明日から、絶対会いたくないんだからあ──ッ!

 何度もこぶしを打ちつけたまくらはもう、涙でびしょぬれ。

「宝? 夕飯だぞ〜……って、どうしたんだ、電気もつけないで」

「パパぁ……!」

 電気がパチっと付き、部屋がとたんに明るくなる。

 入ってきたのは、つい数ヶ月前まで、私が星桃学園に入学することを反対していた、私のパパだ。名前は。

「ねぇパパ……。私の声って、やっぱりママとは似ていない? 超キュートな、萌え萌えの、カワボじゃないかな?」

 勇気をふりしぼって、尋ねたつもりだったけれど……。

 パパは、目を細めてため息をつき、まるで、『やれやれ、やっと気づいたか』のような表情をした。

「わわわ、私はやっぱり、声優になんてなれないんだーーーーー!」

 ふたたびまくらに顔をうずめ、泣きわめく私。

 ──パパは昔、今よりずっと若い頃、アクション俳優──スタントマンとしてお仕事してた。声優であるママと出会ったのは、互いに共通である、お仕事の知り合いを通してで、本当に奇跡みたいな出来事だったのだそうだ。

 ママが亡くなってから、パパがいつか話してくれたんだ。

 相変わらず泣き続ける私を、パパは真剣なまなざしで、しばらく見つめた。そしてこう言ったのだ。

「──宝。ずっと言おうと思ってたことだがな」

「……?」

「宝は、【ママのような声優】になりたいのか? それとも、【声優・鈴名宝】として、成功したいのか?」

「──っ!」

「俺は、葵のことが──ママの声が好きだった。でも宝の声だって、そんなママに負けないくらい魅力的だと思うし、  声優を志して芸能学園に入学したからには、一番大事なことをまちがってちゃいけない。ぼんやりさせたままでもだめだ。自分が歩みたいと思う道は、しっかり自分で決めるんだ」

 私が、歩みたい道──。

「そ、れは──」

 思いがけない、パパの言葉。

 とっさに言葉を紡ごうと口を開きかけた私の部屋に、パパのお父さん──又四郎おじいちゃんが入ってきた。

「大丈夫じゃ。宝ちゃん。葵さんが亡くなってから、おじいちゃんはずっと近くで聴いていたが、宝ちゃんの声は可愛い。本当に可愛い。おじいちゃんにはわかる。宝ちゃんの声はまるで……」

「まるで?」

 期待を込めた瞳で、おじいちゃんを見つめる私。

「まるで……そうじゃな。たとえるなら、葵の男版のような声じゃな」

 【オ・ト・コ・バ・ン】(男版、だよ☆)

 又四郎おじいちゃんの言葉に、私の表情がピキ! と引きつる。

「またやん(おじいちゃんのニックネーム)よォ……ママのような声じゃなくて、ママの【男版】……?」

「宝ちゃんは葵に似て可愛いからのう。男版だろうがなんだろうが、おじいちゃんは、宝ちゃんのその、魅力あふれる声が大好きだ」

 そーゆーことじゃあ、なあああああああああい!

 こ・ん・の、モーロクじじいめっ!

「宝! おじいちゃんのいうことは置いておいて、パパは信じてるぞ! 声優科に合格したってことは、宝にもそれなりの素質が……げふっ!」

 私はパパに、手元にあったクッションを思いきり投げつけた。

 バターン! と、ふたたび閉じこもった部屋でひとり、絶叫する。

「星桃学園中等部声優科一年生鈴名宝! 超★絶! 前途多難なんですけどおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 けどおおおおお、けどおおおおお、けどおおおおお────(エコー)(撃沈)

 新たな門出となったその夜。

 今世紀最大の私の大絶叫が、家中に響きわたったのでした☆


 ◇


 ──四月十日。

 あの日、対馬くんという名のいじわる男子に車に乗せてもらったあのあと、チコクギリギリで体育館にすべりこみ、なんとか赤っ恥必死の入学式を無事に(?)終えた私。

 そしていよいよ今日からは、通常授業に加え、声優科としての本格的な授業がはじまる。

 いっよーし! はりきっていくぞー!(オー!)

 一年ヒカリ組は、たしかこのあたり……。

「わあっ!」

 学園内の地図を見ながら、階段を降りていたら、男の子とぶつかりそうになった。

「おっと!」

 !?

「気をつけてくださいね」

 間一髪、私をよけて、なにごともなかったかのように去っていく少年。

 なっ!? なななななにっ!? いまの声!

 超〜〜〜イケボなんですけど!

 対馬くんと、張り合うレベル!

 思わず振り返って見てみれば、マンガに出てきそうな典型的なぐるぐるメガネをかけた、真面目そうな男の子がいた。

 えっと、たしかにこの男の子だよね?

「あのっ! ……声、とってもかっこいいですね!」

 勇気を出して、話しかけてみた。

 するとその男の子は、キョロキョロ、とあたりを見回したのちに、自分に話しかけられたのだと気づくと、右手を胸の前で、光の速さでブンブンと振った。

「えええええええっ!? そ、そそそそそんな! ぼくなんかの声がかっこいいなんて! 天地がひっくり返るどころか、メロンが爆発してもありえません!」

 メロン?

「いや、ほんとにかっこいいですよ。私、いっしゅんシビれましたもん」

「ああああああああぁあああああああ神よ! ぼくになんという試練を与えるのですか!? ただ目立たずひっそりと三年間過ごすつもりだったのに……これじゃあ計画が台無しだ!」

 計画?

「ぼくなんかっ……! ぼくなんかきっと、声優科に合格できたのも、ただのマグレに過ぎないんだああああああああああああっ! 才能★皆無ー!」

 と、泣きわめきながらどこかへ走り去ってしまった。

 な、なに? あの男の子……。

 自信がないとか、そういうもん? そういうレベルで? っていうか、声優科に入学って、一応将来的には芸能人になるわけなんだから、目立ってナンボなんじゃないの?

 変な男の子に出会ってしまった……。

「あ、ここだ。一年ヒカリ組」

 声優科は、一クラス二十人。

 となりのソラ組と、二クラスなんだ。

 教室に入ろうとしたら。

「わっ、とお!」

 ドッシーン!

 前方不注意!

 ちょうど、教室から出てきた女の子とぶつかってしまった。

「ったたあ……」

 尻もちをついちゃった。

 ってか、今日はよく人とぶつかるなぁ。

「ごごご、ごめんなさいぃいいいい!!!!!! わわわわたし、前見ていませんでしたあああ!!!」

 え? 女神?

 めちゃくちゃちっちゃ〜〜〜くて(身長が。たぶん百五十センチないんじゃないかな)、花柄のリボンで結わえられたサラサラのロングポニーテール。

 そして、とっても可愛くて、耳がとろけそうになる、その、声。

 はじめて話した、同じクラスの女の子は──ママみたいな可愛い声の、超絶可憐な女の子だった。

「なんでそんなに可愛いの!?」

 思わず前のめりで問いかける。

「えっ──!? わわわ、わたし、可愛いって言われるの、嬉しくないんですううう!」

「なぜ?」

「だ、だって──っ!」

 と、そのとき、教室から、女子のみなさんの黄色い声が上がった。

「キャアアアア! 元・天才子役兼声優の、対馬輝臣サマよ!」

「えっ、うそ! 俳優科じゃなくて、このクラスに入学するの!?」

「てっきり俳優に転身するんだと思ってた! 顔良いし!」

「輝臣サマあああああ!」

 みんなの視線の先には──

 げっ!

 あのオトコがいるんですけど!

 ひらひらと手を振りながら、私のもとへやってきた。

「よォ。宝ちゃん。入学式ではどーも」

「なにがどーもよ! 私、あんたが嫌いで憎くてたまらないんだからっ! 気安く話しかけてこないでよねッ!」

 おそらく(っていうか絶対)一年生のなかではトップ有名人な対馬くんお、ふつうに話す私に、「たたた、宝ちゃん……」と、となりにいるユメちゃんはとまどってる。

「っていうか!」

 私は、対馬くんにびしっと指を突きつける。

「入学式の日……なんで私より後ろにいたあんたが、体育館の壇上にいたの?」

 すると、対馬くんはしれっと答える。

「オレ、VIPだから。専用学園地下通路を通ったんだよ」

 VIP専用、学園地下通路おおおおおお!?

 そんなのあるの!? どんな学園よ!?

 私たちが話していると、ヒソヒソと女の子たちが話す声がきこえてきた。

「なんなの、あの、【昨日スベった子】……。輝臣サマとどういう関係?」

「あの子もすでに芸能人なんじゃない?」

 どええー! 【昨日スベった子】!?

 私、そんなふうに思われてるのー!?(号泣)

 私が目指しているのは、ママ──鈴名葵のような、カリスマ性のあるキュートで可憐な声優なのに〜〜〜〜〜!

「おっほほほほほほ! 鈴名さんたら、入学早々、悪いうわさの的ですわー! ライバルが一人減りましたわー! ……わたくしと、お友だちになりませんこと?」

 いやいやいや、その話の流れで、よく友達申請してきたよね!?

 でも嬉しいな!

 お嬢様言葉で話しかけてきてくれた女の子の名前は、レーナちゃんというらしかった。

「レーナちゃんっていうんだ! 私、鈴名宝! よろしくね!」

「よろしくお願いしますわ」

 ……お金もちなのかなぁ?

「はーい! みんな席について。このクラスの担任をすることになった、佐倉です。さっそくだけどみんなには、今から自己紹介をしてもらうわ」

 さわがしい教室に、担任の先生が入ってきた。優しそうな、女性の先生だ。

 私も、みんなにならって、自分の席につく。

「じゃあ、出席番号順──じゃなくて、先生があてていくわね」

 最初にあてられたのは、レーナちゃんだ。

「ワタクシは、早乙女レーナですわ! 国民的美少女声優を目指していますの! よろしくお願いします!」

「ぼ、ぼくの名前は……本瀬ヒカルです。声にはまったく自信ありませんが、よよよよろしくお願い申し上げます!」

「わたしの名前は、比良花ユメです……。よ、よろしくお願いします──っ!」

 次々と、ライバルになるかもしれないクラスメイトたちが自己紹介を終えていく。

 全員が終わったから、つ、次は私の番だ……!

「では最後──鈴名宝さん」

 ガタッと、勢いよく席を立つ。

「鈴名宝です! 私は、母──鈴名葵のような声優になりたくて、この学園に入学しました」

 とたんに、ざわつく一年ヒカリ組の教室。

「鈴名葵……!?」

「あの伝説の……!?」

「昨日のことはマジかよ!?」

「昨日は、ちょっと失敗しちゃいました──なので、リベンジを果たさせてください! もう一回、『魔女っ子エンジェルみかるちゃん』のみかるちゃんやります!」

 よーし!

 私の腕の見せ所! 汚名返上、昨日のリベンジを果たしてみせるんだから!

 昨日、対馬くんがしていたように、目を閉じ意識を集中させ、すうっと深呼吸する。

 よし!

「『みーーーーんなっ! またまたやってきたよー! みかるでーす! 同じクラスになったからには、ライバルでも、仲良くしてねーーーーっ!』」

 ビュオオオオオオオオオ……──。

 教室中を、冷たい風が吹き抜ける。

 あ、あれ?

 ハズした?

「おう、デジャヴ……」「昨日となんも変わっとらん」「一ミリもな」

 クラスメイトたちが、口々につぶやいた。

 なっ、ななななな、なんでさ!?

「……鈴名さん。あなた……はっきり言って、少女役としての演技力は皆無よ。その路線では、プロとしてデビューするのは絶対ムリね」

 えっ? ええええええええええええええ!?

 かかかか、皆無ううううううっ!?(私には、可能性はまったくない、ってことだよ!)

「昨日も思ったけれど……少女役は、諦めるべきね。でも、あなた──そのハスキーボイスを活かせれば、少年役にはもってこいよ。自分の声質を、正しく理解するのも、大事なことよ」

 あまりにもショックすぎて、先生の声は、小さくしか聞こえない。

 ハスキーボイス……。私の声は、そうなんだね……。

 ママやユメちゃんみたいな可愛い声なんて、ハナから出せないんだ……。

 視界の端に映った、対馬くんが、フッ、と面白そうに笑ったのがわかった。

 むぐぐぐぐぐぐっ! くやしい!

「おい……なんであの子、ウチに合格したんだよ……」

「さあ、親の七光りってやつじゃね?」

 ガーーーーン。

 私が、絶対言われたくなかったセリフ……。

「──さて。では、みなさん自己紹介お疲れ様でした。これから大事な話をします」

 佐倉先生の真剣な声に、ピッ、と姿勢を正すみんな。

「声優は」

 声優は──?

「キャラクターに命を吹き込む仕事です。『演じる』とは何か。自分以外の人物の人生を演じるのが役者です。演技を始めようとする時、多くの人はセリフや身ぶりをどうするかと考えがちですが、実は最も大切なのは「自分自身」を深く理解すること──自分の内面や癖、思考パターンを知ることで、初めてそれを演技に活かすことができます」

 みんな、真剣な表情で佐倉先生の言葉に耳を傾ける。

​「自分の心と体をコントロールできなければ、感情を自在に操ったり、声や動きで繊細なニュアンスを伝えたりすることはできない──演技とは、自分の感情や表現方法を磨き上げるために、自分自身と向き合う旅なのです」

 なるほど……。

 つまり、今の私に必要なことは、自分自身をちゃんと理解して、自分の声質に合った路線を磨くために──それを見つけるために、心のなかで旅をしろってことなのか……。

 うううっ! それにしたって!

『少女役は絶対ムリ』、『親の七光り』……。

 こうして、あこがれた夢への第一歩は──超絶☆キャラの濃い仲間たちの登場とともに、やはり前途多難なまま、本格的に幕を開けたのでした……(チーン(十字架))

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