第32話 オメガの自立とは

 奥さま部屋の窓からの景色を、覚えてしまった。


「ここがオレの場所、なんだよなぁ……」


 オレはソファに寝そべり、窓の外をぼんやりと眺めながら呟いた。

 今日も相変わらず、ピンクピンクした奥さま部屋にオレは軟禁されている。

 ルノに言わせると違うらしいけど、オレからしたら軟禁だ。

 仕事からも遠ざかってしまった。あれから何日経っただろう。

 国王さまから依頼された仕事も滞ったままだ。


「一番の問題は……オレ、かなぁ……」


 ぼんやりと呟く。

 仕事がしたい。

 これは軟禁だ。

 そう思う一方で、現状を受け入れてしまっているオレもいる。


 オレはオメガだ。引きこもることに慣れている。

 危険な事からは、遠ざかるに限るのだ。

 危ない事に近付いちゃいけない。


 オメガだから。

 弱いから。

 差別や嫉妬を受けやすいオメガは、味方を作りにくい。

 自分で守ろうとしたって、筋肉が付きにくい。

 だから、外に出るな。自分の存在を隠せ。そう言われながら育ってきた。

 隠れるようにして暮らすことに抵抗なんてない。

 危ないのなら、引きこもって暮らすのもアリだな、と無意識に思ってしまう。

 無意識に従ってしまう。


 ルノが外に出るな、と言えば、反発しながらも従ってしまう。

 オレはオメガだから。

 そう育ってきているから。

 説明とも言い訳ともつかない言葉は、簡単に思いつく。


「でも……状況は変わったんだよなぁ……」


 生まれてくる王子さまが、オメガ男性であることで状況は変わった。

 変えると国王さまが約束してくれたし、アルファの王妃さまも自分の子供の為に動くだろう。

 彼らは弱くない。

 アルファだから。

 王族だから。

 世の中を変えていける。


「オレはオメガだけど」


 オレがオメガであることは変わらない。

 変わらないけど、置かれている環境は変わったんだ。

 結婚もした。

 国王さまを味方に付けた。

 仕事もある。

 仕事を進めていけば、それだけでオメガが生きやすい世の中に変えていける。


「生きやすくなるのは、オメガだけじゃない」


 世の中が変われば、生きやすくなるのはオメガだけじゃない。

 ベータだって、アルファだって、生きやすくなるはずだ。

 貴族と平民の行き難さも変わっていくかもしれない。

 変化は色々な場所で起きてくるはずだ。


「だって、オメガの王さまが、国を治めることになるかもしれないんだ」


 世の中は変わらざるおえない。

 なのに……。


「オレは結局、根本的なトコで変わってないんだろうなぁ……」


 この奥さま部屋から強引に出て行こう、なんて考えていない。

 オレは部屋にずっと居ろって言われたら、きっとそれに従う。

 でもさぁ、ルノ。

 それってさぁ。

 良い事かなぁ?


「んん……」


 だってさソレだと、オレって人間は自立していることにならないよね?


「自立……」


 オメガが自立するとは、どういうことだろう? どうなることだろう?


「んんんっ。ワカンネェ」


 屋敷の奥に隠れて暮らすことが、自立になるか?

 このまま奥さま部屋に隠れてたって、ルノの嫁って事にすれば、自立してることになるの?

 仕事を再開すれば、自分で稼ぐこともできる。

 ルノを捨ててひとりで生きていく道もある……けど。

 それだけで人生が成立するのだろうか?


「わかんねぇ……」


 お母さまが命と引き換えに産んだオレという存在は、どうやって生きるべき?

 このままルノの言う通りに従って、奥さま部屋に隠れて生きるの?


「それでもいいかぁ……と、思っちゃってるトコが一番問題なんだよなぁ……」


 なぁ、ルノ。

 オレ、アンタの事が、とんでもなく好きみたいだ ――――。

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