第19話  オレたちの結婚って……

「生まれる御子がオメガだから、というのは分かったけれど。それが我々の結婚と、どう関係するのですか?」


 忘れかけていた本日訪問の目的を、ルノワールが改めて問う。

 すると国王さまは、太い眉をくしゃりと下げて溜息を吐いた。


「んっ。王家にオメガが生まれるとなると、きな臭い動きが出るのは、容易に考えつくだろう?」

「まぁ、ね……さまざまな立場の者が、そりゃいろいろなことを、考えるだろうね」


 ルノワールも、大きな溜息をついた。


「そこでキミの出番だよ、ルノ」

「は?」


 真剣な表情の陛下を、間抜け面したルノワールが見上げる。


「私たちとキミが親しい間柄というのは、周知の事実だ」

「それが?」

「ルノが頻繁に王宮に来ても、不自然ではない。それは、配偶者にしても同じだ」

「ええ。シェリング侯爵夫人が、頻繁に王宮へ出入りしていても不自然ではないわ」


 国王さまの言葉を、王妃さまが肯定する。


「普通の貴族並みの社交すら満足にしてこなかったオメガ男性が、いきなり王宮に出入りし始めたら回りが警戒するだろう?」

「でも親しい友人の配偶者としてなら、自然でしょ?」


 王妃さまの言葉に、国王さまが頷いた。


「だからだ。キミたちを結婚させたのは」

「……そんな理由あるか?」


 ルノワールは、不満げな表情を浮かべた。

 それに対抗するように国王さまは、大げさに手を広げて嘆いてみせる。


「そんな理由って、ルノ。政治が動くわけだよ? 悪くすれば、王家乗っ取りを考える不届き者が出ても不思議ではない事態だ」

「乗っ取りって……」

「そうよ、ルノさま。この子に対して、暗殺よりも質の悪いことを仕掛けてくる輩が、出ないとは限らないわ」


 あぁ、王妃さま。サラッと物騒なことを言わないでー!


「リアナさま。ミカエルを怯えさせないでください」

「あら? ごめんなさいね」


 ルノワールが、王妃さまに抗議してくれた。

 うん。ルノワールに守られるの、ちょっと複雑。


「王族にとっては暗殺なんて日常茶飯事でも、ミカエルのように世間との接点すらない貴族にとっては、ちょっと例えが物騒すぎます」

「はははっ。ルノがまともなことを言っている」


 そう言って国王さまが愉快そうに笑う。


「ちょっ……アルバス。言い方っ」


 慌てるルノワールの姿は、ちょっとだけ見慣れてきた。


「はははっ。ルノは結婚どころか、婚約者もいなかったじゃないか。見事な体たらくっぷりだから、ちょうどいいと思って」

「私は忙しいしっ。結婚する必要も、なかったんだっ」

「はははっ。聞いてくれよ、ミカエル君。ルノは、いまでこそ可愛くないヤツだが、若い頃はそりゃモテモテだったんだ」


 国王さま、面白がってますね?


「今でも十分若いっ」


 ん、ルノワール。ツッコむ所はそこかな?


「22歳の未婚男子でも、貴族なら若くはないぞ。しかも婚約者もいないなんて、希少すぎる。そりゃ子供の頃から迫られたり、襲われたりしてきたから、恋愛に興味が持てなくなっても仕方ないけどな」

「おいっ。余計な事を言うなっ」


 子供の頃から襲われたりしてたら、そりゃ結婚とか、嫌になっちゃうかもね。そこは同情する。


「女も、男も、嫌いなヤツなんで。オメガとはいえ、男の子はどうかとは思ったんだが。仲良さそうで何より」

「そうね。思っていた以上にお似合いだわ」


 その意見には同意しかねる。

 オレとルノワールがお似合い?

 はっ。ちゃんちゃらおかしいや。


「ルノは早くに両親を亡くしている上、兄弟もいない。仲良くしてやってくれ、ミカエル君っ」

「はぁ……」


 んー。仲良く? どうしよっかなー?


「それにルノなら無職で暇だからな。頻繁に来て貰えるから、都合が良い」

「無職って? 何なのその酷い言い草。領地運営とか、忙しいんですけど?」


 ルノワールが目を剥いて反論する。

 ん、多分、そーゆートコだぞ、ルノワール。


「ふふふ。国家運営のお仕事も、高位貴族の大切なお役目ですよ」


 あー、分かってきた。その笑顔は王妃さま版の悪い顔ってヤツ、なんですね?


「そう言われても、両親は亡くなっているし、兄弟もいないし。大変なんですよ?」


 へにょりと情けない顔をするルノワールは、ホントに情けない。


「でもミカエル君を王宮へ連れてくるくらいの余裕は、あるだろう?」

「そうですよ。ルノさまは忙しさを理由に、社交だって疎かにされているのですもの。そのくらいは、ね」

「うっ」


 あっ。ルノワールが追い詰められた。面白い。けけっ。


「ルノは不器用なタイプのアルファだから、不満もあるかもしれないけど、いいヤツだからヨロシクね」

「はぁ……」


 いや国王さま。不器用で済ませられるレベルでは、ありませんでしたよ、国王さま。……何があったかは、ちょっと言う勇気ないけど。


「ま、そういうことで。よろしくね、ミカエル君」

「はぁ……」


 要するに結婚は隠れ蓑で、本題は王家に生まれるオメガのサポート、ということでいいのかな?


「だったら、結婚までしなくても……」


 オレの本音が、思わずダダ洩れる。


「ふふふ。ミカエルさま。ルノさまは、優良物件ですのよ。おすすめですわ」

「ああ。婚約者のいない年頃があう高位貴族なんて、ルノくらいなものだ」

「私の意思は?」


 ルノワールが文句を言っている。

 ちょっとオレは、ムッとした。


「聞いてない。と、いうか。ルノに聞いても無駄だろう?」

「ふふふ。ルノさまに、お相手を見極める目など、期待しておりませんわ」

「ぐぬぬ……」


 うんっ。ルノワール。

 弄ばれてるねっ。

 王家にっ。


 ニコニコする国王さまと王妃さまに見送られ、納得出来たような、出来ないような、複雑な気持ちを抱えたオレは、ルノワールと共に部屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る