第16話 オメガは大変
「オメガの悲劇?」
ルノワールは、怪訝そうな顔をした。
国王さまは、呆れたように言う。
「なんだ。ルノは知らないのか?」
「本当にアンタはオメガに関して無知だな」
オレも容赦なくツッコむ。
「うっ……こっ……これから勉強するからっ……」
ルノワールは、恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いた。
うん。いいぞ。
勉強してくれ。
この先はどうなるかは知らんが、今はアンタの配偶者はオメガなんだから。
などと思いながら、オレは偉そうに説明する。
「ふーん。一応、説明するとさ。【オメガ】の男は【アルファ】【ベータ】【オメガ】どのタイプとも生殖が可能なんだよ」
「……は?」
「意味わかんないだろ? オレもイマイチ分かってない。えーとだね、【オメガ】の男も普通に男なんで【アルファ】【ベータ】【オメガ】、どのタイプの女性も孕ませることができる。また、男性とも子供を作ることができるのさ」
「……は?」
わかるよぉ、ルノワール。混乱するだろ? オレも未だに混乱する。
「【オメガ】の男であれば、【アルファ】【ベータ】【オメガ】どのタイプの男とも子供を作れるんだって。ちょっと頭おかしくなるけど。実際には、妊娠率が【アルファ】【ベータ】【オメガ】の順に下がっていくんだけどな。【オメガ】の男は特殊なの。女とも、男とも、子供が作れちゃう」
「……ほう?」
分かってるのか、分かってないのか、ルノワールは頷きながら聞いている。
オレの予想では、分かってない。
「しかも、フェロモンを発しちゃうんで。発情を促す【オメガ】のフェロモンをね。コレがドバァーっと出ちゃうとさ。【アルファ】のラットを引き起こして暴走させちゃうらしい。【アルファ】にラット起こさせると、狂暴なエロ魔人になっちまうから気を付けろ、って兄たちには注意されてる」
「ほ……ぅ」
どうなってんだ、ルノワール。
閨教育とか、ちゃんと受けたのか?
「ヒートの時にはドバァーとフェロモンが出ちゃうし、普段も少しずつ出ているらしい。自分じゃ分からないけどね。だから【オメガ】は、男にも性的に狙われやすいの。それに【オメガ】の男って、魅力的な容姿で生まれることが多くてさ。庇護欲をそそる魅力的な美形が多いんだって。見た目が人を惹きつけやすいうえに、産むことも、産ませることもできるわけ」
「ほう、便利だな」
「でしょ? その上、生まれる子供は、アルファかオメガの確率が高いんだって。だから利用されやすいわけさ。人数も少ないしね。希少価値と、利便性があるのさ。【オメガ】は」
希少価値があっても、雑に扱われるのは遺憾だが。
そもそも希少価値なんていう、物みたいな評価を受けるんだから仕方ない。
ルノワールも理解が追いつかずに困惑の表情を浮かべている。
「そう、なのか?」
仕方ないからオレは丁寧に説明してやる。
「ああ、そうさ。そのせいで、攫われたり売られたり。悲惨な事件に巻き込まれる【オメガ】が後を絶たず、結果的に国から手厚い保護を受けることになったのさ」
「具体的には?」
「【襲う】ことができないように、【オメガ】にとって不本意な性行為があった場合には、相手となった【アルファ】【ベータ】が問答無用で裁かれる」
国王さまが頷きながら言う。
「ああ、今はそうなっている」
「少し前までは違ったのよね」
王妃さまの言葉に、国王さまは再びうんうんと頷いた。
ルノワールはポカンとしている。
オレは説明を続けた。
「この法改正が【オメガ】のことを誘う【性】だと思っている奴らにとっては、えらく腹が立つことらしくて。ヒートがある癖に、って反発してるらしい。ヒートなんて、自分でコントロールできないし、有効な市販薬とかも売られてないからね。フェロモンとか、ヒートとか、自分で管理できない生理現象みたいな部分を責められるって、おかしいでしょ?」
「ん……んん?」
やっぱりルノワールは、分かっていないようだ。
でもオレは容赦ないから、説明をどんどん進めていく。
「まぁ【アルファ】には感覚的に分かりにくいんだろうけどさ。とにかく、【オメガ】ってだけでズルいと思われて、攻撃対象にされたりするんだ。性的に襲われやすい上に、暴力にもさらされやすい。学校や職場でも性的に狙われたり、嫉妬から不利益な扱われ方をしたりと、とてもじゃないけど社会で独り立ちできるような存在じゃない。【オメガ】の男は、独り立ち出来ない【男】って時点で、かなり大変なんだ」
「ほう?」
「それに【オメガ】が保護されていると言っても、実際は優遇とかされているわけじゃない。不本意な性行為があっても、子供ができたとしても、結婚してしまえば無罪放免だ。何かあったって結婚すればいい。だから上位貴族を狙って無理矢理……ってのもあったらしい」
王妃さまが補足で説明を入れる。
「ええ。そうなのよ。実際、昔は事件が多かったらしいわ。貴族の世界ですらそうなのだから、運悪く平民として【オメガ】が生まれてしまった場合には、状況はもっと厳しいの。そのせいで【平民のオメガ】が成人できる確率はかなり低いのよ」
王妃さまの補足情報で、オレはブルっと震えた。
成人できないってことは……それまでに何らかの理由で死ぬってことだよね?
えっ? どんな理由で死ぬの?
殺されちゃうってこと?
いや、なにそれ恐い。
そこまでは知らなかったよ、オレ。
平民オメガ、恐ろしいな。
「滅多にないことではあるが、ゼロではない」
国王さまがうなずきながら言う。
「アル……そうなのか? 知らなかった」
「だろ? 私も最近知った」
呆然というルノワールに、国王さまが無邪気に言った。
「は?」
オレの口から間抜けな声が漏れた。
「あぁ、軽蔑しないでおくれ、ミカエル君っ。それだけオメガの情報は隠れていたということなのだよ。私も自分の子が、オメガである可能性が出てくるまで、あえて調べようとはしなかったけれど」
そうか。そうだよなぁ。
当事者にならなきゃ、問題視できるほど興味は持てないよな。
オメガの男なんて数も少ないし。
でも、この人。国王なんだよなぁ……。
「あとオレが知ってるのは、相手が男でも、女でも子供を儲けることができる【オメガ】の男は、政略結婚の駒としての価値も高いってことかな。そこに本人の意思は関係ない。もっとも、それだけなら【アルファ】や【ベータ】でも貴族なら同じだ。でも【オメガ】は、体も、立場も弱いから、大事に扱ってくれない相手にあたったら悲惨なんだよ。産まれる子供は【アルファ】の可能性が高いから、ボロボロになるまで、何人も子供を産まされることもある、って聞いてる」
「そのせいで短命になる【オメガ】も多いそうだよ」
国王さまの補足に、オレはうんうんと頷いた。
反省してしっかり勉強したんだなぁ、国王さま。
「うわぁ……」
オレの隣でルノワールが青ざめる。
うん。
ルノワールはオメガの男との間に子供が作れること、そのものを知らなかった可能性あるしな。
そりゃ青くもなるさ。
初日のアノ対応はジョークだったかもしれないけどさー。
オレからしたら、面白くも、おかしくもないんだよぉ。
男同士じゃん♪ じゃ、ねーんだよっ。
あー、また腹が立ってきたっ。
オレは勢いでまくしたてる。
「それにっ。政略的に避けたい相手に、手を出されたりしても困るよねっ。貴族同士なんて政治にせよ、商売にせよ、勢力争いしながら縁を繋ぐわけだからっ。無理矢理に手を出されて、子供まで作られたらたまったもんじゃない。結果的にっ、不測の事態を避けるために、貴族の【オメガ】は屋敷に閉じ込められて生きている、ってのが実情だよっ」
「うわぁ、ひどい」
ルノワールは青ざめて悲鳴のような声を上げた。
ホントに何にも知らなかったんだな、ルノワール。
「だからオレは、危険へ対応できるように、勉強はだけでなく、体も兄たちに鍛えられた。なるべく賢く、強くなるように。腕力だけでなく、知力も武器になるからさ。まぁ、オレは魔力があったから、そこそこ強いけど」
「そう……なんだ?」
ルノワールは、不思議そうな顔をして、オレを見た。
昨日の今日であの状態じゃ、魔法を見せるどころの騒ぎじゃなかったからさ。
疑うのは分かる。けど、自分で言うのもなんだけど、オレってばそこそこ魔法使えるヤツよ?
「普通に【オメガ】は暮らしにくいし、体も弱いし、育ちにくい。勉強も体を鍛えるのも難しい、最弱な存在なのさ」
自虐的にオレが言うと、国王さまが首を振りながら言う。
「でも、それでは困る。王族としては困るのだ。第一子で男となれば、オメガとはいえ王位継承順位第一位。王位を継承しなかったとしても、子を儲ければ王族と縁続きとなれる。攫われて何かがあっても大変だ。ヒートとフェロモンの問題があるからと、王女のように育てるとしても、危険は大きい」
国王さまの言葉に、オレは頷いた。
「普通の貴族も同じです。オレみたいな育ち過ぎたオメガですら【ベータ】より危険で、教師選びは大変だったと聞いています。兄たちが居なかったら、と思うと怖いです」
「そうか。ミカエル君のお兄さまたちにも話を聞きたいね」
「そうしてください。オレは、母がお金を残していってくれたし、兄たちに指示も残していってくれたから助かったんです。でも、詳細までは兄たちから教えてもらっていませんから」
「そうか」
国王さまは、何か考えているように頷いている。
王妃さまが、愛しそうにお腹を撫でながら言う。
「わたくしは、この子が愛おしい。幸せになって欲しい」
国王さまは王妃さまを愛しそうに見てから向き直り、真剣な表情でオレに言う。
「そこで、ようやく本題なんだが。えっと……ミカエル君は、魔法道具作るよね。魔法薬も」
「はい。ご存じなんですね」
「えっ?」
ルノワールが、驚いた表情でこっちを見ている。
お前は、オメガであるオレが、仕事しているとか、考えてなさそうだったもんな。
お前こそオレの話を聞けよって感じだ。
オレのことを何も聞かないで、いきなりアンナコト……。
「ミカエル君は、オメガのフェロモンやヒートを、コントロール出来ると聞いているよ」
「はい」
国王さまの言葉に頷くオレの隣で、ルノワールが呟く。
「オメガのフェロモンを、コントロール?」
「ああ、ルノは気付いていないのか。ミカエル君からは、フェロモンの匂いがほとんどしないだろう? それとも、彼は元々匂いの薄いタイプだと思ってる?」
「え? 違うの?」
ルノワールが、驚いたようにオレを見る。
こちらの方が驚くよ。今さらか。
「違うっ。魔法薬を服用してるのっ。あと、魔法や魔法道具でもコントロールしてるっ」
「そうなんだ。気付かなかった……」
呆然とつぶやくルノワールを見て、国王さまはあきれたように言う。
「まぁ、ルノは鈍いから」
「そうよね。ルノさまは鈍感ですものね。うふふ」
「そんなことないっ」
両陛下とオレの呆れ含みの視線にさらされて焦るルノワール。今さらである。
「でも実際、気付かなかったじゃないかアンタは」
「うっ」
昨夜は接近しましたよね?
普通、あんだけ接近すりゃ分かるだろ。
オレから漏れているフェロモンが、極端に少ないこと。
多分、オレの匂いって、アルファ同士よりも感じにくいはずだよ?
「ふふふ。ルノらしいわ。女のわたくしでも分かるのに」
「えっ。リアナも分かったってたの? え~、
あ。やっぱりルノワールは残念な子扱いなのか。
両陛下のなかでもルノワール(バカ)なんだな。
アルファなのに。
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