第13話 いざ王宮内へ

「ここが王宮かぁ……」


 立ち止まったオレは王宮を見上げた。

 見上げたところで高い壁に阻まれているから確認できるところは限定的だ。


「……うん。ベージュ色の壁だな」

「いや、違うからな?」


 オレが王宮とベージュ色の壁をイコールで結んでやろうかとニマニマしている所を、ルノワールに突っ込まれてしまった。

 これでは、ミカエル(バカ)、もしくは、ミカエル(お調子者)になってしまう。

 王宮ってベージュ色の壁のことですよね、とかボケようと思ったのに。

 ま、どっちでもいいけどねー、と思いつつルノワールを見上げた。


「少し離れた場所からでないと、分かりにくいかな。近いと全体が見えないから」

「そうなんだ」


 マジメか。マジメなのかルノワール。

 昨日はノリノリでジョークをかまして、自分の股間を犠牲にしたくせに。

 こっちは緊張をほぐそうとして、色々と無駄なことを考えているんだから邪魔しないで。


「王宮に来たのが初めてだから気になるだろうけど、今日は、国王さまと話さないといけないからね。こっちだよ」


 馬車から降りたオレたちは、王宮の裏手から入っていった。

 正式な謁見となると手続きが面倒だから、プライベート用のルートを使うそうだ。


 正直、オレには分からない世界。

 もっとも知っている範囲が極端に狭いから、比較のしようがないけどね。

 オレは入り口で緊張したけど、王宮の衛兵たちはルノワールの顔を知っていて、フリーパス状態で入れた。


 なんだかスゴイ。

 これがアルファの力か。

 オメガの僻みを抱えつつ、オレはルノワールの後をテトテトついていく。


 裏口だからといっても王宮だから、それなりの広さと豪勢さがある。

 実家と侯爵家しか知らないから、比較対象が少ないけど。

 植木鉢に入った木とか花とか、廊下に置いてある時点で華やかに見える。

 使用人と思しき人達がすれ違っていくなか、大理石の廊下をカッツンカッツン音を立てて進む。

 高い天井に太い柱が続いている廊下は、微妙に曲がりくねっていた。


「侵入に備えて、わざと入り組んだ造りになっているから。はぐれないように気を付けてね」

「わかった」


 ルノワールがさりげなく腕をさしだしたけど。

 オレは女性じゃないから、あえて無視した。

 すると、今度は手を差し出してくる。


「手を繋いでいこうか?」

 

 笑顔付きで言われても、嫌なものは嫌だ。

 美形アルファの笑顔は、なかなかの破壊力があるけれど。

 大きな手は頼り甲斐がありそうだけど。

 だが断る。


「子供じゃない」


 オレはからかわれているのか?


 手を繋ぐのも嫌。エスコートされるのも嫌。

 だってオレは男だから。

 王宮内くらい一人で歩けるよ。

 と思ったけど。違うのか?


 すれ違う男がコチラを見た。その、ねっとりとした絡みつくような視線にぞっとする。

 ルノワールが男との間にさりげなく割り込み、オレの姿を隠した。


「キミはオメガだから目立つようだ。王宮内に勤める者はアルファが多いし、貴族にもアルファが多い。危険な場所ではないけれど、用心はしたほうが良い」

「ねぇ。オメガって、わかるものなの?」

「キミは匂いが薄いタイプだと思うけど……他にオメガがいないからね。アルファだらけだし」

「そうかぁ……」


 オレは袖を鼻に近付けて嗅いでみた。自分では全く分からない。

 魔法薬でオメガのフェロモンをコントロールしているし、魔法でも特徴を封じるようにしているけど。


 オレは他のオメガを知らないし、アルファだって兄さまたちしか知らない。

 兄さまたちに確認して大丈夫だと言われれば、それを信じるしかなかった。

 だが、それだけでは不十分だったのか?


 ルノワールが怪訝そうに眉をしかめた。


「それにしても……うーん。ちょっと反応が変、かな?」

「そうなの?」

「私はキミがオメガだと知っているし、近くに居るから匂いが分かるけど……すれ違う程度で分かるものかなぁ?……」

「んん?」


 ルノワールが首をかしげるのを見て、オレも不思議に思った。


 オレは引きこもっていたから、社交界デビューすらしていない。

 知名度はゼロだ。ジロジロ見られる覚えはない。

 まぁ逆に知らない顔だから目立つというのもあるだろう。

 侯爵さまと一緒なわけだし。

 知らない貴族が美形侯爵さまの隣にいるだけでジロジロ見られる可能性はある。


 だが目立っているからといって、ねっとりとした性的なモノを含んだ視線を、向けられるものなのだろうか?


 それとこれとは話が違うし、なんだか気分が悪い。


「おや、シェリング侯爵さまではありませんか。ごきげんよう」


 白髪頭の痩せた男が立ち止まり、こちらに向かってきた。モノクルをかけた神経質そうな男だ。


「ごきげんよう。宰相さま」


 ルノワールは貼り付けたような上品な笑みを浮かべていたが、歓迎している様子はない。

 オレのなかで宰相は警戒すべき人物の枠に入れられた。


「では、そちらが例の? ランバート伯爵家秘蔵の令息ですかな?」


 宰相はねっとりした視線をオレに向けた。オレのなかで宰相は要注意人物に格下げされた。


「私の妻となったミカエルです」

「……」


 だからオレは妻じゃねぇって! と思いながらも軽く会釈する。

 不躾かもしれないが、向こうの視線の方が不躾だ。

 兄さまたちが、オレを外に出したくない、と言ってた理由が分かったような気がする。

 いちいちコレじゃ、やってられない。


 宰相はルノワールと二言三言話して去って行った。


「やはり、何かがおかしい」

「ふぅ~ん」


 ルノアールは眉間にシワを寄せたが、美しさが損なわれることはなかった。

 何か懸念していることがあるようだが、オレにはもっと危惧すべきことがある。

 オメガであるオレが外をうろつくことが、思っていた以上に危険を伴いそうだという事実だ。


 それが杞憂だと思えるほど、オレはおめでたく出来てはいない。

 オレを値踏みするような視線は、すれ違う人達にも感じた。

 利用価値を探る眼。


 宰相がオレを見る視線は、もっと強くて冷たいものだった。

 人間ではなく、動物や物でも見るような。

 必要であれば命を奪って剥製にしかねないほど、オレの価値を低く見ている人間の目。


 あれはオメガなど残酷な悪意にさらしても問題ない、と考えている人間の目だ。


「早く国王さまの所へ行って説明して貰わなければ」


 背筋が寒くなるのを感じながらオレはルノワールの後に続いた。

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