第12話 王宮へ

「うわぁ……」


 感嘆の声が喉元辺りでグルグル回っている。どこから驚いて、どこから褒め称えたら良いのか分からない。

 オレは、歩数よりも多いんじゃないか? と思うほど溜息を洩らしながら外に出た。

 玄関ホールには、こんなにたくさんの使用人がこの屋敷には居たんですね? と確認したくなるほどの人がいた。


 オレはセルジュとマーサにしか会ってなかったから、見送りに出てきた使用人の多さに、まず驚いた。

 豪奢な作りの玄関ホールに生きてる人間を大量に配置したときの迫力。スゴイ。

 そもそもオレ、一度にこんな人数の人間を見たことがなかった。

 実家はもっとこじんまりしているし、外の世界は本と話でしか知らなかったからね。

 うん。反応が子供っぽくても仕方ない。


 外に出れば玄関アプローチに用意された四頭立ての馬車と、それを取り囲む護衛騎士たちの姿。

 白をベースに金のアクセントを効かせた馬車は、お姫さまが乗るような上品で豪奢な雰囲気を湛えていた。

 馬は真っ黒な青毛が一頭に、鼻のあたりに白の入った青鹿毛が一頭。栗毛が一頭に、真っ白な白毛が一頭。

 馬は色で揃えるタイプではないらしい。


 ルノワールは護衛騎士のひとりを手招きした。


 どうしたルノワール。

 シェリング侯爵(バカ)に見えないぞ。

 シェリング侯爵(当主)っぽいぞ。


「ミカエル。紹介しよう。彼はシェリング侯爵家の護衛騎士隊長、ジルベルトだ」

「初めまして。奥さま」


 いや奥さまじゃねーしっ、と心のなかでツッコミつつ見上げた先には、白髪を後ろで一括りにしている背の高い男がいた。

 60歳くらいだろうか。壮年の終わりを迎えた年代に見えるけれど。

 日ごろの鍛錬の賜物か、ぜい肉やたるみを感じさせないスラリとした体をしている。

 重ねてきた実績に裏打ちされた自信を感じさせる柔和な笑みを浮かべたジルベルトは、青地に金のコードの騎士服に身を包んだ男を五人くらい従えて一斉にピシッと礼をした。


「奥さまの安全は我らがお守りしますので、ご安心ください」

「……はぁ」


 オレはとりあえずうなずいてみた。どう反応するのが正しいのか、さっぱり分からない。

 まず奥さま呼びを止めて欲しいが、どうしたものか。オレは戸惑いながら隣を見上げた。

 ブルーのコートを羽織ったルノワールの青い目が、優しい色を浮かべてこちらを見ている。


「ジルベルトは元王宮護衛騎士団長だったんだよ。他の者も凄腕だから頼りにしていい。キミを守ってくれる。強いけれど乱暴者ではないから怖がらなくてもいい。それに彼らは皆、家庭持ちだから安心していいよ。さぁ、出掛けようか」

「……う……ん」


 ルノワールは、オレが襲われることを恐れていると感じているのだろうか。

 あと怖がるってナニ?

 護衛たちを怖がるほど、弱虫じゃないよオレ。

 外に出掛けることそのものへの不安なのではなく、礼儀作法に問題がありすぎると思っているだけなんだが。

 そもそもオレだって男なんだし、魔法も使えるわけで。

 襲撃されたからといって簡単にやられてしまうほどやわじゃない。

 兄たちとそれなりにヤンチャはしてきて鍛えられているから、普通のオメガとは少し事情が違う。

 そっちじゃない感というか、その辺の誤解とも言えないレベルの相互理解の無さが、なんとなくモゾモゾする感じだ。


 とそこまで考えて、ルノワールはオレのことを何も知らないことを思い出した。

 まずは話しをしないと。

 お互いのことを知らないと、何もきめられない。

 そうだそうだ、そうしよう。


 ……などと脳内忙しくしている間に、なんとなく馬車へと誘導されてしまった。


「そういやオレ、馬車も初めてだ」


 侯爵家の馬車は乗り心地が良い。比較対象はないが、なんとなくそう感じた。

 小説のなかに出てくる椅子がフカフカの馬車は良い馬車、という基準を取り入れて判断してみた。

 向かい合って座るルノワールとの距離も、極端には近くない。

 でも逃げ場のない狭い空間は、ちょっと緊張する。

 

 居心地の悪さをごまかすように何とはなしに呟けば、正面に座ったルノワール侯爵の肩がビクンと反応した。


 ……なぜ?


 こちらを見る青い目に、えらく同情的な色が浮かんでいるように感じるが。


 ……なぜ?


「いやいや。なんか勘違いしてない? オレは外に出なくても生活できるようにして貰ってたから……」


 ルノアールの表情が、より同情的になってきたんだが。


 だから、なぜ?


「ミカエルには快適に暮らして貰えるように、色々と整えていくから。心配しないで」

「いや、オレ……心配はしてないよ? 色々と話し合いは、必要だと思ってるけどさ」

「そうだね。話し合わないとね」


 話が合っているような、合っていないような微妙な感じがする。


 なんとなく心配げな、同情心マシマシ風味な空気を醸しだしてくる侯爵さまは、悪いヤツではないのだろう。


 ルノワールは服を着ていれば優しげで整った顔をしているただの美形だ。

 長い睫毛に縁取られた大きな目は、どこを見ているのかはっきりと分かる。


 その視線が向けられた先にいるのはオレだ。

 こちらに向けられた青い瞳は、優しい色をしている。悪いヤツではないのだろう。


 だけどね、可哀想なモノを見るような視線は違うと思うんだ……。


「オレたち、お互いのことを何にも知らないし」

「そうだね。私は、オメガのことを知らなすぎるから……」

「いや、そうじゃなくて」


 一般的な知識も必要だろうけど。

 オレがどんなヤツなのかを、もっと知ったほうがよくない?

 それとも、知りたくない?

 探るような視線でルノワールを見れば、ふにょんと甘い笑みを浮かべた。


「何か希望があるのかい? 出来る範囲で対応するから何でも言って」

「うん」


 でもオレって特殊だからさ。

 出来る範囲を推測するのも、希望を出すのも苦手。

 一番の希望はランバート伯爵家に帰して貰うこと……だと思う。


「それと、屋敷の使用人は殆どベータだから。長年勤めてくれてる者も多いし、安心していいよ」

「うん。そっちの方は、あんまり心配してない。オレも魔法が使えるし魔法道具もあるから」

「ほう」


 興味があるのかないのか、感情の読みにくい表情のルノワールが相槌を打つ。


「ただ、色々と持ってくる余裕がなかったから、実家へ取りに戻りたいんだよね」

「ほう」

「あと、オレ、魔法道具作るのが仕事なんだ。実家のオレの部屋は作業場だったし、全部持ってくるとなると、あの部屋に収まりそうにないしさ。どうしようかと思って。それで、まずは実家との間を魔法陣で繋いで移動が簡単にできるようしたいんだけど」

「ほう」


 崩れない笑顔対応なんだけど、ルノワールの感情は読めない。

 んー、これはオッケーってことでいいのかな?


「一応、転移魔法陣は部屋に設置して貰ったけど。まだ繋げてはないからね。事前にセキュリティをどうするか話し合ってからにしようと思って」

「そうか」


 ルノワールは反応しているけれど、理解できているか分からない、怪しい表情をしていた。


「オレの部屋のセキュリティ……あ、実家のほうね。転移魔法陣は、オレの使ってた部屋に設置してあって。今使ってる奥さま部屋にも、転移魔法陣を設置したんだ。で、その2つを繋げたいわけ」

「ほう」

「でも、実家全体のセキュリティと、こっちの家のセキュリティの兼ね合いがあるでしょ?」

「そうだな」


 ん~、理解できてないよーな気がするぞぉ、ルノワール。


「実家も魔法道具とか使って、侵入への備えはしているけど、警備のレベルが適切でないと不安でしょ? 実家から侯爵家に侵入されたりとか、トラブルがあると困るからさ。その辺をキチンと詰めないと、転移魔法陣の本稼働するのはマズイと思って……」

「んっ。帰ってから、ゆっくり話し合おうか」


 あ、なんかメンドクサイと思われたっぽい。

 そーだよねー。セキュリティって大切だけど、なんか面倒だよねー。

 だから、勝手に転移魔法陣を稼働させなかったんだー。

 そこは正解だったみたい。


「わかった」


 帰ってからゆっくり話し合おう。他の事も含めて。

 忘れないようにしないとな、と思いつつ、オレは馬車の窓から外を眺めた。

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