第6話

3日目


「優人くん、朝だよ。起きて」

 綾佳は寝ていた優人をゆすり起こした。

「んん、おはよう。綾佳ちゃん」

 優人は寝ぼけながら体を起こした。時計には8:00と表示されていた。久々にぐっすりと眠ることができた。

「綾佳ちゃんと一緒に寝たからかな?」

 綾佳に見つけてもらえて本当によかったと優人は思った。

「綾佳ちゃん……本当にこの二日間ありがとう」

 優人は続けて綾佳にそう言った。

「どうしたの? どこかに行っちゃうの?」

 綾佳は不安そうな声で優人に訊いた。

「違うよ。綾佳ちゃんに見つけてもらえてなかったら……今頃どうなってたか分かんなかったから。だからその……これからもよろしくってこと」

 優人は笑いながらそう言った。

「こっちこそ。これからもよろしくね。優人くん」

 綾佳も笑いながらそう言った。


「あっ、そうだ。綾佳ちゃんの今日の予定は?」

 優人は思い出したように口に出した。

「今日は夜からバイトがあるけど。それまでは何もないよ」

 綾佳は優人からのデートの誘いを待つような目で言った。

「じゃあ、どこか行く?」

「そんな誘い方じゃやだ。ちゃんと誘って。あと、優人くんの行きたい場所に行きたいな」

 綾佳は優人の誘いに少し拗ねたふりをした。

「ちゃんとって言われても……。綾佳ちゃん、僕と一緒に抹茶スイーツ巡りデートしてくれませんか」

 綾佳の目を真っ直ぐ見て言った。

「仕方ないなぁー。優人くんとデートしてあげる」

 優人の真っ直ぐな目と、抹茶という意外なチョイスにキュンキュンした。

「朝ご飯ないから、コンビニに買いに行こ」

「分かった」

 そう言って2人はコンビニへ買い物に行った。


***


 10分後、2人はコンビニから帰ってきた。

「優人くん、今日これから抹茶いっぱい食べるのに、今も抹茶プリン食べるの?」

 綾佳は優人の抹茶好きに少し引いていた。

「いつ抹茶が食べられなくなるか分からないから。綾佳ちゃんも好きなものは、食べられるときに食べた方がいいよ」

 優人は普段より少しだけ饒舌になった。綾佳は、好きなものについて話す優人もいいなと思った。

 朝食を食べ終え、出掛ける準備を始めた。準備といっても、優人は1日目の服に着替えるだけだった。しかし綾佳は、ヘアセットや洋服選びとやることが多かった。

「僕、外で待ってようか」

 優人は気を遣ってそう言った。

「別に、全然中で待っててもいいよ。それとも、私の着替えてるとこ見たら興奮しちゃう?」

 綾佳はからかうように言った。

「別に……興奮なんかしないよ」

「うそだ。昨日はあんなに興奮してたのに」

 綾佳は笑いながら、さらに優人をからかった。

「は、早く準備してよ。僕が待ってるんだから。行きたいお店いっぱいあるんだから」

 優人は照れ隠しで少し強い口調で言った。

「分かったよー。ちょっと待っててね。ゆ・う・と・く・ん」

 綾佳は、朝から優人の照れたかわいい顔を見ることができ、上機嫌で準備していた。


 10分後、綾佳の準備が終わり、京都へ電車で向かった。電車内で優人は、さっき綾佳にからかわれた仕返しをしたいと、必死でなにかないかと綾佳のほうを見て考えていた。そして優人は閃いた。

「昨日のパンツスタイルも似合ってたけど、今日のスカートもかわいいね」

 優人は服装を褒めると、綾佳がどんな反応をするのか楽しみだった。

「あり……がとう」

 綾佳の照れている反応に対して、優人は思わずキュンとしてしまった。そして優人はさらに追い打ちをかけた。

「そういえば、綾佳ちゃんのすっぴん姿見たことないかも。いっつも僕が起きる前にメイクしてるから。1回でいいから綾佳ちゃんのかわいいすっぴん姿見て見たいな」

 言っている内に優人自身が恥ずかしくなったが、何とか最後まで平静を装って言うことができた。

「そんなに私のすっぴんみたいなら……」

 そう言いながら優人の耳元に近づいた。

「今日の夜……優人くんに見せてあげるね」

 言い終えた綾佳の顔は赤くなっていた。優人は仕返ししようと思っていたにもかかわらず、逆に綾佳にまたからかわれた。


 優人が綾佳をからかおうとして、逆にやり返されるような攻防をしながら、何度か電車を乗り継ぎ、1時間ほどで京都に着いた。時刻は10時になろうとしていた。残された時間は、帰る時間も含めて7時間を切っていた。


「京都に着いてから聞くのもなんだけど、綾佳ちゃんは抹茶好きなの?」

 優人は、すっかり自分のことだけを考えて抹茶スイーツ巡りを提案したが、綾佳が抹茶が好きかどうかを聞き忘れていた。

「実は……」

 綾佳がうつむきながら気まずそうに言った。それを見た優人は、デートプランのチョイスを失敗したと思った。

「優人くんと同じぐらい好き。だからすごい楽しみ」

 綾佳は笑ってそう言った。

「それならよかった」

 優人はそれを聞いて胸をなで下ろした。


 1店舗目は抹茶ジェラートのお店にやってきた。

「このお店、ずっと前から来たかったんだ」

 優人は早く食べたいとわくわくしていた。

「私もこのお店知ってる。有名だよね。優人くん何味にする? 私買ってくるからあそこで座って待ってて」

 綾佳は近くのベンチを指差して笑顔で言った。

「分かったよ。じゃあ僕はシンプルな抹茶味で」

 優人はなぜ待ってるように指示されたのか分からなかったが、綾佳の言うとおりにした。

「了解。ちょっと待っててね」

 そう言って綾佳は、僕の分も一緒に買いに行ってくれた。


 数分経って綾佳が戻ってきた。

「お待たせ。はい、これ」

 綾佳は僕の分を手渡した。

「ありがとう。綾佳ちゃんは何味買ったの?」

「私は桜もち味にした。」

 そう言って綾佳は優人に見せた。

「あれ、抹茶味にしなかったの」

 優人は、やっぱり綾佳が抹茶を好きではないのでは、と少し疑った。

「1人で来てたら抹茶にしたけど、優人くんが抹茶にするならシェアしてもらおうと思って。だから気になった桜もち味にしたの」

 そう言って優人の持っていたジェラートを、スプーンですくって食べた。

「んーっ。すごく美味しいよ。その抹茶」

 やられたと思った優人は、すかさず綾佳のジェラートをすくって食べた。

「そのジェラートも美味しいよ」

 やり返された綾佳は、また優人のジェラートをすくって食べた。そしてまた優人もやり返した。やられたらやり返してを繰り返している内に、お互いのジェラートは半分になっていた。

「そろそろ自分の、食べよっか」

 綾佳は自分のした行為に少し呆れながら優人に言った。

「そうだね。お互い、相手のジェラートには満足したし」

 優人も綾佳の提案に賛成して、自分の少し溶けた抹茶ジェラートを食べた。


「あそこのお店、評判通りすごい美味しかったね」

 綾佳が満足そうな顔で言った。

「そうだね。でも今日は、他にも美味しいお店いっぱい行こうね」

 優人の楽しそうな顔が見られて、綾佳は嬉しかった。

「ちょっと早いけど、お昼にする?」

 綾佳はお腹がすいてきたが、直接言うのは恥ずかしかったため、優人に質問形式で訊いた。

「そうしよっか。僕行きたいお店あるんだけど、そこにしてもいい?」

「もちろん。今日は優人くんが行きたい場所に行く日なんだから」

 綾佳はよかったと思いながら、優人について行った。


 10分程度歩いて、洋食店に着いた。

「ここだよ」

「オシャレだけど、京都らしい和みたいな感じのする外観だね」

 綾佳のテンションが上がっているところを見て、優人も嬉しくなった。そして2人は店内に入った。

「いらっしゃいませ。お1人様ですか?」

 女性店員が、綾佳を見て話しかけてきた。そう言われた綾佳は優人のほうを見た。優人は無言で頷いた。

「はい」

 少し寂しそうに綾佳は答えた。

「お好きな席へどうぞ」

 そう言って女性店員は店の奥へと去って行った。

「ここでいい?」

「うん」

 2人は店内の奥の方のダイニングテーブルに腰掛けた。

「はぁ」

 綾佳が席に着くと同時にため息をついた。

「どうしたの? 何かあった?」

「あのね、私1人だけが優人くんのこと見えてる、いや、私が優人くんのこと偶然見つけることができて、今こうしてデートできてるのはすっごく嬉しいの」

「うん」

「でもね、他の人にはさ、優人くんが見えてないから、さっきみたいに『お1人様ですか?』って訊かれると嫌なんだよね。2人で来てるのに」

 綾佳は複雑な心情を優人に話した。

「もうなんか慣れちゃったな。見えてないこと。でも、綾佳ちゃんには確実に見えてるからいいかなって。綾佳ちゃんとデートしてからそう思ってる」

 優人は綾佳とは逆に、見えていないことをなんとも思わなくなったことを綾佳に話した。

「ダメ。こんな状況に慣れちゃ絶対にダメ」

 綾佳は急に立ち上がって大きな声で僕にそう言った。すると当然、綾佳に店内の視線が集まった。それに気づき、すみませんとお辞儀をして綾佳はイスに座った。

「失礼いたします。お水をお持ちしました。ご注文はお決まりでしょうか?」

 男性店員がコップ1杯の水を持ってきて、綾佳の前に置いた。

「すみません。もう1杯、お水もらえますか」

 普段より少し強い口調で綾佳は男性店員に言った。男性店員は綾佳の態度と言動に少し困惑した。

「お客様。何かご不満がございましたでしょうか?」

 男性店員のその一言は、少しずつ膨らんでいったストレスの風船を割るには十分すぎる針の鋭さだった。

「もういいです」

 綾佳は泣きながら、風船が飛んでいくかのようにお店を飛び出していった。急に飛び出した綾佳にビックリしたが、すぐに後を追いかけた。店内には、誰も座っていなかったはずのイスがカタンと倒れる音だけが残った。


 優人は綾佳の走って行った方向へと全力で走った。綾佳ちゃんは高校時代、運動神経が良くて足も速いから追いつけなかった、なんて言うとさらに綾佳を怒らせると思い、優人はさらに足を速めた。


 走り続けると公園が見えた。体力が限界に近づいていた優人は公園で一休みして、綾佳に連絡しようとした。するとベンチで泣きじゃくっている綾佳の姿が見えた。優人はなんて声をかければいいか分からなかった。すると優人は、綾佳に見つけてもらった日のことを思い出した。そして綾佳にしてもらったように、優人は綾佳の隣に黙って座り、泣き止むまで何も喋らなかった。


「なんか……優人くんが横にいてくれると安心する……」

 泣き止んだ綾佳はそう言った。

「落ち着いた?」

 そう言って、綾佳の頭を撫でた。

「さっきは……ごめんね。急にお店から飛び出したりして」

「うんん、僕が綾佳ちゃんに迷惑かけてるから。僕のことを想ってくれてるからこそ、我慢できなかったんでしょ。ごめんね」

「本当に……ごめんね。デート台無しに……しちゃって」

 また綾佳の目には涙が溢れてきた。優人は綾佳を優しく抱きしめた。

「大丈夫だよ。綾佳ちゃんと一緒にいるだけで幸せだよ」

 それを聞いて綾佳は、優人の胸の中で声を上げて数分の間泣き続けた。


 泣き止んだ綾佳のお腹からぐぅぅーっと音が鳴った。

「聞こえた……よね」

「うん。ちゃんと」

 2人は一緒に笑った。

「私が訊くのも……あれなんだけど、お昼どうする?」

 綾佳が申し訳なさそうに訊いた。

「本当はあのお店のオムライス食べたかったんだよなー」

 優人は綾佳の罪悪感を煽るように言った。

「本当に……ごめんね」

 綾佳は本当に申し訳なさそうに謝った。それを見て優人は、少しやり過ぎたなと思った。

「ウソウソ。そんなに気にしないで。でも、オムライス食べたいから、綾佳ちゃん家で一緒に作らない?」

 優人は、多分自分が他の人から見えるようにならない限り、外食はしないようにしないと、また綾佳が嫌な思いをすると思ったためそう提案した。

「ありがとう。じゃあ、帰る途中でオムライスの材料買って帰ろ」

 2人は駅に向かう道中で抹茶ソフトを買い、食べながら歩いた。帰りの電車ではたわいもない話で盛り上がった。

 駅に着いた2人はスーパーで買い物をして、仲良く綾佳のアパートへと向かった。


 103号室についた2人は、買ったものを冷蔵庫に入れて、調理の準備をしていた。

「綾佳ちゃんってよく料理とかするの?」

「たまにするけど、得意って程じゃないと思うな」

 綾佳はそう言いながら、黒髪のロングヘアーをポニーテールにして、エプロンを着た。優人はその姿を見て、オムライスを一緒に作る提案をしてよかったと思った。

 そして2人にとって、初めての共同作業が始まった。

「初めに玉ねぎと鶏肉、切らないとね」

 そう言って綾佳は玉ねぎのみじん切りを始めた。

「涙目になってるよ」

 横で見ていた優人が笑顔で言った。

「切ってない優人くんもなってるよ」

 綾佳も笑顔で言い返した。

「ってゆうか、綾佳ちゃんみじん切り上手だね」

 綾佳の包丁さばきを見てそう言った。

「みじん切りぐらいできないと、将来の夫に笑われちゃうかもしれないからね」

「別にできなかったとしても、かわいいなって思うかも」

 優人は自分に対して言われたと思い、そう答えた。

「私は将来の夫のことを言っただけなのに。どうして優人くんが答えるのかな?」

 綾佳は笑顔でいたずらっぽく言った。そして玉ねぎを切り終えて、鶏肉を切っていた。

「別に……。じゃあ僕の将来の奥さんは、寝ている僕を起こすときにすぐに起こすんじゃなくて、寝顔に見とれて起こし忘れる人がいいな」

 優人は綾佳にやり返した。

「私も見とれてないわけじゃなくって……今日はちょっとでも優人くんと、少しでも長くデートしたかったから起こしただけなのに……」

「あれ? 将来の奥さんの理想を語ってただけなのに、どうして綾佳ちゃんが答えるのかな?」

 優人はやり返しに成功して嬉しかった。

「もう」

 綾佳は頬をプクッと膨らませた。

「玉ねぎと鶏肉、切り終わったから炒めるね」

「僕は何をすれば……」

 優人は少しでも手伝いたいと思いつつも、何を手伝えばいいのか分からず戸惑った。

「じゃあ、私の分の卵焼いて。私も優人くんの分焼くから。あっ、あとちゃんとケチャップで文字書いてね」

 綾佳はチキンライスを作りながら言った。

「分かった。じゃあちょっとトイレ行ってくるね」

「うん」

 優人はそう言ってすぐにトイレに駆け込んだ。綾佳は優人がずっと我慢していたと思った。


 優人はトイレで、簡単にできるふわとろ卵のレシピを検索した。できるだけ簡単かつ早く作れるレシピを見つけて、小さくガッツポーズをした。そしてトイレから出た。


 綾佳のところへ戻ると、綾佳は卵を焼いていた。

「もうすぐで優人くんの分、完成するから」

「分かった。じゃあ、あっち座ってるね」

 優人は机の前に座り、見つけたレシピを予習していた。

「よし、できた。次、優人くんの番だよ」

 そう言って完成したオムライスを持ってきた。

「じゃあ、作ってくるね」

 優人は自信に満ちあふれていた。そして、レシピ通りに作り始めた。


 4分ほどして、作る前とはうってかわって、優人が落ち込んでオムライスを持ってきた。綾佳はすぐに落ち込んでいる理由を察した。チキンライスにのっている卵が所々破れていた。

「ごめんね」

 優人が申し訳なさそうに言った。

「全然いいよ。優人くんが私のために作ってくれたってだけで、どんなオムライスよりも嬉しいよ。さっ、ケチャップでお互い書き合おう」

 そう言って綾佳は、優人のオムライスに文字を書き始めた。優人は見ないでいた。

「はい、優人くんも書いて」

 優人も、綾佳のオムライスに文字を書いた。そして、お互いの文字を見合った。優人のオムライスには、これからもよろしくねと書かれていた。綾佳のオムライスには、ごめんねと書いていた。

「ふふっ」

 綾佳は文字を見て思わず笑った。

「本当に優人くんって誠実だね」

「誠実とかじゃないよ……多分。でも綾佳ちゃんには僕のこと、ずっと好きでいて欲しいと思ったから」

「私の気持ちは、オムライスに書いた通りだよ。冷めちゃうから早く食べよ」

 綾佳は手を合わせた。優人もそれを見て手を合わせた。

『いただきます』

 2人はオムライスを食べ始めた。

「美味しいね」

「うん、このチキンライスすごく美味しい」

 綾佳は優人に褒められて嬉しかった。

「この卵も、優人くんの愛情がいっぱいで美味しいよ」

「本当に優しいね。綾佳ちゃんは」

 2人は、お互いを褒め合いながらオムライスを食べた。


 食べ終えた2人は、綾佳のバイトの時間までのんびり過ごした。そして、時間になって綾佳がバイトに行った。

 優人は、何もしないのは申し訳ないと思い、食器やフライパンを洗った。そしてその後は、テレビを見て過ごしていたが、心にぽっかりと穴が開いているような感じがした。優人は、綾佳の存在が自分にとってどれほど大切なのかを改めて認識した。


 そして、綾佳のバイトが終わる1時間前の21時になった。

 優人は腕まくりをして、夕食を作り始めた。材料は昼にスーパーに行ったときに買っていた。作る料理も決まっていた。

「えっと、まずは玉ねぎをみじん切りにして……」

 レシピを見ながら慎重に作り始めた。1つ1つの工程を丁寧に愛情を込めて行った。


 22時過ぎに綾佳がバイトから帰ってきた。

「ただいまー。遅くなってごめんね。今から夕食作るね。って何この匂い」

 そう言って玄関からすぐ優人のほうに駆け寄った。

「おかえり。さっ、食べよ」

 机の上にはハンバーグと添え物のブロッコリー、白米が並んでいた。

「優人くんが作ってくれたの?」

「うん。でも、レシピに書いてた2倍も時間がかかっちゃった」

 優人は照れくさそうに笑った。

「すっごく嬉しいよ。食べていい?」

「もちろん。綾佳ちゃんに食べて欲しくて作ったから」

 綾佳は食べようとしたが異変に気づいた。

「優人くんの分は?」

「綾佳ちゃんが食べてる顔をじっくり見たくて。だから先に食べちゃった」

 優人はそう言って笑った。

「そうだったんだ。じゃあちゃんと見ててね。いただきます」

 綾佳が食べ始めると、優人は机に肘をのせて両手で頬杖をついた。

「そんなにじっくり見られると、緊張して味しなくなっちゃうよ」

「だって、どんな顔で食べてくれるのか楽しみで仕方なかったから」

 綾佳は目の前のハンバーグを1口食べた。

「すっごく美味しいよ。このハンバーグ」

「よかった。僕、味音痴だからあんまり自信なくて」

 綾佳は2口、3口と食べては美味しいと繰り返した。


「ごちそうさまでした」

「綾佳ちゃん、お風呂沸いてるから入ってきなよ」

「でも……食器ぐらいは自分で洗わないと」

 綾佳は申し訳なさそうに言った。

「いいよ。洗うまでが料理だから」

 優人の言葉が綾佳の胸に刺さった。

「分かったよ。じゃあお言葉に甘えてお風呂入るね」

 綾佳はさっさと浴室へと行った。そして優人は洗い物を始めた。


 25分ほどして、綾佳は浴室から出てきた。

「優人くんはもう入ったの?」

「まだだよ、今から入ろうと思ってた」

「分かった。じゃあ……ベッドで待ってるね」

「うん……」

 綾佳はすっぴんだったにもかかわらず、優人が気づかなかったことに少し拗ねた。


 10分後、優人が浴室から出てきて、ベッドに来た。

「あれ?ちょっと雰囲気違う?」

 優人は綾佳の顔を見てそう言った。

「えっ、覚えてないの? 今日、電車の中で優人くんが言ったんじゃん」

 綾佳は拗ね気味で言った。しかし、優人は何のことか思い出せなかった。

「私のすっぴんが見たいって」

 忘れていた優人に対して、綾佳は少し怒ったように言った。

「あっ、そうだった」

 優人は綾佳に言われてはっきりと思い出した。

「もう寝る」

 綾佳は拗ねて優人に背を向けて寝た。

「ごめん。完全に忘れてた。本当にごめん」

 優人は焦って、口からは謝罪の言葉しか出てこなかった。

「感想は?」

「肌が綺麗だな……って思った」

 優人は思ったことを言った。

「はぁーー」

 優人は言っちゃいけないことを言ったと思った

「好き」

 そう言って抱きしめられ、優人はホッとした。

「僕も好きだよ。綾佳」

 そう言ったが、綾佳はもう夢の中だった。しかし、優人の言葉を聞いて少しだけ笑ったように見えた。

「今日もお疲れ様」

 綾佳の寝顔を見て、優人はかわいいと思いながら重くなってきたまぶたを閉じた。

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