第5話
2日目
「ん、眩しい」
優斗は部屋に差し込む朝日で目が覚めた。時計を見ると7:30と表示されていた。
「ちょっとは寝れたのか」
この頃眠れない日が続いていたため、少しだけでも眠れたことに優斗はほっとした。そして、眠ってしまう前に綾佳に言われた告白を思い出して体が熱くなった。
ベッドの隣りを見ると誰もいなかった。部屋中を探しても綾佳がいなかった。
「二宮さん、二宮さん。どこにいるの。聞こえてたら返事して」
優斗は不安と恐怖に心を支配された。
「もしかして僕、二宮さんからも見えなくなって。それで……それで探しに行ったのかも」
「はぁはぁはぁはぁ」
どんどん呼吸が早く浅くなっていく。不安からか冷や汗も出てきて少し寒くなってきた。
すると、玄関からガチャっと音が鳴った。ドアが開くとそこには綾佳の姿があった。そして綾佳は、呼吸が浅く、汗をかいている優人に気づいた。
「大丈夫? 体調崩しちゃったの?」
綾佳はすぐそばに寄ってきた。
「ごめん……ちょっと1人でネガティブな妄想をしちゃって。二宮さんこそ、朝からどこ行ってたの?」
「私はちょっと寝れなかったから。それで散歩に行ってたの」
「そうだったんだ。僕がいたから寝れなかったの?」
「違うよ。ちょっと緊張して。その……水瀬くんがさ、あの後すぐに寝ちゃったから」
綾佳はそう言った。
「水瀬くんの可愛い寝顔が見れたからいいけど」と綾佳は優人に聞こえないぐらいの声で続けて言った。
「あっ、そうだね。あの後僕、すぐに寝ちゃったもんね。ごめんね」
「いいよ、気にしないで。私の感情のままに声に出しちゃっただけだから」
綾佳がそう言い終えると、優人は何も言わずに綾佳を抱きしめた。そして優人は決心した。
「僕も……僕も二宮さんが好き。ずっとずっと忘れられなかった。高校を卒業してからも。告白しなかったこと、ずっと後悔してた」
優人は心の内を明かした。
「本当に嬉しい。私の片思いだったと思ってた」
綾佳は嬉しさと安心感で涙が溢れた。
「僕から告白しようと思ってたのに、二宮さんに先に言われちゃった」
優人は嬉しそうに照れながらそう言った
「先に言っちゃった」
そう言って、綾佳は泣きながら笑った。
「朝ご飯食べよ、お腹すいたでしょ」
「うん」
2人は高校時代の話をしながら朝食を食べた。
「二宮さんはいつから僕のこと好きだったの?」
優人は気になってたことを率直に訊いた。
「うーん、いつからだろ。気づいたら……優人……くんのこと目で追ってたかも。だから、いつからってはっきりは言えないかも。逆に……優人……くんは?」
優人は綾佳が急に下の名前で呼んでくることが気になった。
「答える前にさ、あの……1つ聞きたいんだけどいい?」
「いいよ」
綾佳は何を訊かれるのかドキドキしていた。
「なんで、その……急に下の名前で呼ぶのかなって思って……」
「ずっと下の名前で呼びたかったけどその、恥ずかしかったから。だから、慣れるために優人くんって呼ぼうと思って。優人くんって呼ばれるの嫌だった?」
綾佳は顔を赤くして照れながら訊いた。
「嫌じゃないよ。嬉しい。けど、その……僕も女の子から下の名前で呼ばれるなんて……初めてで。だからちょっとだけ戸惑っちゃって」
照れている綾佳を見て、優人も照れて恥ずかしそうにそう答えた。
「じゃあ私のことも綾佳って呼んで」
綾佳はずっと言いたかった願望を口にした。
「分かったよ……あ、綾佳……ちゃん」
そう呼ぶと、綾佳は顔が赤くなって、近くにあったクッションをぎゅーっと抱きしめた。
「ちゃん付けだけど嬉しいーっ」
そうクッションに向かって叫んだ。そして何事もなかったかのように優人に訊いた。
「それで……いつから……私のこと好きなの?」
綾佳の顔はまだ少し赤かった。
「二宮さんの、あっ、綾佳ちゃん……のことは1年の時に同じクラスになったときから、かわいいな……って思ってた。それで、体育祭の時に一緒に写真撮ったときにはもう綾佳ちゃんのこと……好きになってた」
すると綾佳は笑った。
「なんだ。私達最初から両思いだったんだね。優人くん全然そんなそぶり見せなかったから分かんなかった」
「僕も綾佳ちゃん…が、僕のことなんか好きになるはずないと思ってたから」
優人がそう言うと、綾佳が少し拗ねたように口を開いた。
「私結構アピールしてたよ。優人くんがさっき言ってた体育祭の時もそうだし、文化祭の時も一緒に回ろうって誘ったけど断られたし。あと、卒業式の終わってから私の教室の前で二人で写真撮ったじゃん。一緒にハート作って。でも優人くん素っ気なかったから」
「あれはその……周りに友達もいて恥ずかしかったから。あと今だから言えるけど、僕も綾佳ちゃんと一緒に写真撮りたかったから卒業式の後、綾佳ちゃんのクラスの教室の前で待ってたんだよ?」
優人は言いながら、当時の記憶を思い出して恥ずかしくなった。
「あぁーー、だから教室の前に優人くんいたんだね。友達待ってるのかと思った。なんだ、2人とも鈍感だったんだね」
綾佳は優人の話を聞いて納得した。
「そうみたいだね」
朝の食卓が2人の笑い声と笑顔で包まれていた。
「そういえば、今日二宮さん……じゃなかった。綾佳ちゃん、今日どこか行くの? 授業とかある?」
綾佳はこのアパートの近くにある3年制の短大に通っている。今は3年生で午前中だけ授業を受ける日が多かった。
「うん。今日は2限から授業だけあるから。それが終わったらデートしよ」
綾佳の急な提案に優人は驚いた。
「デ、デートするの」
「何? 水瀬くんはデートしたくないの?」
綾佳は拗ねたふりをして優人の反応を伺った。
「もちろんしたいよ。でもさ僕、他の人からは見えないからさ……。綾佳ちゃんが1人で喋ってる変な人に見えちゃうかもなって思って」
優人は綾佳に迷惑をかけたくなかった。
「別にいいよ。むしろ2人だけの世界みたいで嬉しいよ。ってかもう準備しないと」
綾佳は時計を見てそう言った。
「そっか、多分僕がいたら準備できないだろうから散歩にでも行くよ」
「気遣ってくれてありがとう。あっ、そうだこれ渡しとくね」
綾佳はそう言って、スマホと合鍵と千円札を1枚、部屋を出ようとしている優人に手渡した。
「優人くん何も持ってないでしょ?だから、何かあったら電話して。あっ、それ2台目のスマホだから心配しなくていいよ」
「分かった。ありがとう。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。授業終わったら連絡するね」
「うん」
そう言って優人はアパートを後にした。
***
「はぁー。緊張した」
優人は行く当てもなく、ただボーッとのんびり散歩しながら、昨日の急展開過ぎる出来事を脳内で振り返っていた。
色々ありすぎて、僕にはちょっと刺激の多い一日だったなぁと思っていると、あることに気づいた。それは綾佳の体操服を着たまま出てきたことだった。
「あっ、やばい。変な目で見られてるかも」と一瞬そう思ったが「そうだった……二宮さん、じゃなくて綾佳ちゃん以外には見えてないんだった」と冷静になると同時に、意識しないとすぐに名字呼びしてしまう自分に自己嫌悪していた。
「別にお腹もすいてないし、できることもないし、この千円札は後で返そう」
優人は、近くにあったベンチに座り、のんびりと周りの景色と僕が見えていない人々を眺めていた。
「こうやって見てると、当たり前だけど、僕がいなくても社会は回っているし、みんな毎日必死に生きてるんだな。僕なんて……別に見えなくなってもよかったんだ……」
そんな負の感情が沸いてきたが、両親の泣いている姿が思い浮かんできた。もちろん綾佳のことも。
「とにかく何とか、両親の前にもう一度姿を見せて……生きてるって証明する。そして……」
優人はそう決心した。
***
景色を眺めたり、その辺をウロウロしたりしているうちに、時刻は1時になろうとしていた。するとスマホが振動した。スマホを見ると綾佳からの電話だった。
「いつぶりだろ。電話に出るの。相手が綾佳ちゃんって分かってても緊張するな」
優人はふぅーっと一息ついて電話に出た。
「もしもし」
少し緊張の混じった声でそう言った。
「もしもし、優人くん。出るの遅いから、出てくれないと思った」
「ごめんね……ちょっと電話に出るのが苦手だから」
綾佳は、昨日優人が話してくれたことを思い出した。
「あっそっか。ごめんね」
「うんん、気にしないで。それで授業は終わったの?」
すると綾佳は声色を変えた。
「うん。授業は終わったんだけど、提出期限が今日までの課題を家においてきちゃってさ。優人くん、今どこにいる?」
綾佳は少し焦って優人に訊いた。
「綾佳ちゃんのアパートから10分ぐらいの所にいるよ。大学まで持って行こうか?」
「ごめん。お願いしてもいい。多分机の上に置きっぱなしだと思うの」
綾佳は申し訳なさそうに言った。
「全然気にしないで。綾佳ちゃんには迷惑かけっぱなしだったし。その恩返しだと思って」
「分かった。優人くんは本当に優しいね。じゃあ私、大学の前で待ってるね」
電話が終わると、優人はすぐに走り出してアパートに向かった。
103号室に着いた優人は鍵を開け、部屋に入って、机の上にあった綾佳の課題を持って、またすぐに鍵を閉めて大学へ向かった。
***
優人が大学の前に着くと綾佳の姿が見えた。
「綾佳ちゃん、持ってきたよ」
優人は息を切らしながら、普段より少し大きな声で綾佳を呼んだ。
「走って持ってきてくれたの? ありがとう。でも、そんなに急がなくてもよかったのに」
「だって……早くデートしたかった……から」
優人は顔を赤くしてそう言うと、綾佳も予想外の返答に顔を赤らめた。
「そんなに早く……私とデートしたかったんだ」
照れながら綾佳は小さい声でそう言った。
そんな2人のやり取りはもちろん、優人の存在は周囲には見えていなかった。だから1人で喋って顔を赤らめているように見える綾佳は、頭のおかしい女性のように見えていた。
しかし2人は、周囲の目が気にならない程に2人の世界に入り込んでいた。
「じゃあ私、課題出してくるからちょっと待ってて」
そう言って綾佳は大学の構内へと走って行った。
10分程すると綾佳が向こうから走ってきた。
「ごめんね。お待たせ。じゃあ行こっか」
そう言って綾佳は優人の手を引いた。
「どこ行くのかもう決めてるの?」
急に綾佳に手を握られて緊張しながらそう言った。
「着くまでのお楽しみ」
綾佳はそう言いながら、優人と一緒に駅の方へと歩いた。
***
2人は駅に着いた。
「切符買お」
綾佳は、優人とのデートが楽しみでいつもより楽しそうだった。ニコニコしていた。
「僕、切符なくても改札通れるから」
「あっ……そっか。じゃあ買ってくるね」
綾佳は、優人に嫌な記憶を思い出させてしまったのではないかと思った。
2人は改札を通ってホームで電車を待った。すると綾佳が口を開いた。
「ごめんね。さっきは」
優人は何のことか分からなかった。
「何? 課題のこと?」
「違う、さっき……切符を買うときに。優人くんに嫌な記憶を思い出させてしまったんじゃないかと思って」
優人はそれを聞いて少し自己嫌悪した。好きな人に気を遣わせてることに。
「ごめんを言うのは僕のほうだよ。綾佳ちゃんが僕を見つけてくれたのに……ずっと気を遣わせてて。本当にごめんね」
2人の間には、これから初デートする空気は無く、どんよりとした重い空気が流れていた。すると、この駅を通過する電車が、重い空気を吹き飛ばすかのように通り過ぎていった。
優人は吹っ切れた顔をした。
「綾佳との初デート楽しみだーーーー」
空に向かって優人は大声で叫んだ。もちろん周りには聞こえていない。綾佳だけのために叫んだ。
すると待っていた電車がやってきた。優人が手を出した。綾佳はその手を取って、2人は恋人つなぎをしながら電車に乗り込んだ。
電車内で2人は一言も話さなかったが、お互い考えていることは一緒だった。
『この人が好きだ。大好きだ。出会えて良かった』
次に口を開いたのは綾佳だった。
「降りよ」
そう言って2人は電車を降りて改札を出た。
駅から少し歩くと目の前に遊園地が見えた。
「着いた。私、優人くんと遊園地に来たかったの」
綾佳は笑顔でそう言った。
「僕もさ、綾佳ちゃんとずっと2人で一緒に来たかったんだ。ここの遊園地」
優人が少し恥ずかしそうに言った。
「なんでさっきは『綾佳』って呼び捨てにしたのに今はちゃんって付けたの?」
そう言いながら、綾佳はイタズラっぽく笑った。
「別に……。特に意味とか……無いから。それより早く行こ」
優人は、ごまかすように綾佳の手を引いて遊園地へ向かった。
2人は遊園地に着いた。
「チケット買わなきゃ」
優人がそう言うと綾佳が笑った。そしてバッグからあるものを取り出した。
「じゃーーん。実は……チケット先に買ってたんだよね。はいこれ」
嬉しそうにそう言いながら、優人にチケットを渡した。
「僕たち、同じこと考えてるかも」
「いいよ。言ってみて」
優人のその言葉を聞いて、綾佳は本当に同じことを考えているのか気になって訊いた。
「チケットを2人の初デートの思い出にしたいってこと。合ってる?」
その言葉を聞いて、綾佳は嬉しかったがはっきりとは答えなかった。
「優人くん、そんなこと考えてたんだね。早く中入ろ」
優人は綾佳の答えを聞いて釈然としていたが、綾佳の顔が答えをはっきりと示していた。私も同じこと考えてたと。
遊園地で2人は色々なアトラクションに乗ったり、被り物を被ったり、チュロスやアイスクリームなどの食べ歩きフードを食べたりして遊園地を満喫していた。遊園地というか2人の空間を。2人だけの空間を。
そして楽しい時間はあっという間に過ぎた。日は沈み、遊園地の街灯が人々を照らしている。
「そろそろ帰ろっか」
優人がそう言った。
「待って。最後に1つだけ乗りたいアトラクションがあって……」
綾佳が少し緊張気味に言った。
「いいよ。何に乗りたいの」
「観覧車……」
そう聞いた優人も緊張してきた。
2人でそんなことを話していると、前から歩いてきた男2人組が綾佳に声をかけてきた。
「お姉さん、かわいいね。今、1人? よかったらこの後、俺たちと一緒に遊ばない?」
ナンパされている綾佳を見て、優人は怒りを抑えられなかった。
「僕の彼女だぞ。なんで人の彼女に声かけてんの。ナンパしてんの。くそっ、こんなに叫んでるのに何で聞こえないんだよ」
優人の声は、2人組にはもちろん聞こえていなかった。優人は、自分が近くにいるのに彼女を守れない自分がふがいないと感じた。
「ごめんなさい。彼氏ときてるんで」
綾佳は、優人が必死で自分のことを守ろうとしてくれているの見て嬉しくなった。この人が彼氏で良かったと思った。
だが、2人組は諦めが悪かった。
「どう見ても1人じゃん。彼氏どこにいるの? 俺たちと楽しいことしようよ」
そう言われた綾佳はめんどくさくなってきた。
「彼氏今、私の隣にいるんですけど見えないですか?」
少し怒り気味で言った。それを見た優人は嬉しくなった。そして綾佳のことを惚れ直すと同時に、この子が彼女で良かったと思った。
「おい、関わらない方がやつじゃね?」
「そうだな、行こうぜ」
そう言って2人組はその場を去った。
「はぁーっ。緊張した」
綾佳が疲れたように言った。
「かっこよかったよ、綾佳ちゃん。僕が見えてたら声なんてかけられなかったのに。ごめんね」
優人が悔しそうな顔で言った。
「ううん、優人くんが、あの2人組から私を守ろうとしてくれてるの見て、すごく嬉しかったよ」
綾佳にそう言われて、優人の悔しそうな表情は笑顔に変わった。
そんなことを話していると2人は観覧者の前に着いた。
「行こ」
「うん」
2人は嬉しそうな緊張してそうな表情で観覧車に乗った。最初は向かい合って乗っていた。
「隣……座らないの?」
綾佳に催促された優人は、無言で綾佳の隣に移動した。
2人の乗っていたゴンドラが、ちょうど1番上になったタイミングで綾佳は、優人の頬にそっと口づけをした。優人はビックリして綾佳の方を見ると、綾佳が自分の頬を指さしていた。ここにキスをして欲しいということなのだろう。
優人は綾佳に近づいた。綾佳の白くて綺麗な肌に見とれそうになったが、そこに優しく口づけをした。優人が綾佳の顔を見ると、さっきまで雪のような白さだった肌が、桜色のの肌へと変わっていた。
そして、2人は向かい合い、ゴンドラが下に着くまで唇と唇を重ねた。
***
観覧車を降りた2人は、お互い恥ずかしくて目も合わせられず、遊園地を後にして、恋人つなぎをしながら駅へと歩いた。
そして、綾佳のアパートに着くまで、2人の間には沈黙が続いた。心地よい沈黙が。
2人は部屋に入ると、優人が鍵を閉めた。綾佳はベッドに座っている。そして優人は綾佳の隣に座った。観覧車のときと同じようにお互い見つめ合った。そして、2人はお互いの愛を確かめ合った。
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