第3話

ホームには、日曜日ということもあってか、親子連れが多かった。ただ、田舎の駅なので、普段からこの駅の利用者は、そう多くはなかった。


 そういや1つ、もしも電車が満員だったら試したいことがある。もちろん、見えていないのをいいことに法に触れるようなことはしない。

 試してみたいのは、満員電車の中に僕は乗ることができるかどうかだ? 

 物理的に入ることのできないスペースに入るとどうなるのか? それを試したい。

 それなら、壁と壁の隙間にでも入って試せばいいだって! 恐らくそれはできない……はずだ。僕のことが見えていない人が、触れることができないのであって、物質には触れることができる……ということは、あれは一体どういうことなんだ。


 僕は今朝、包丁で自殺を試みたが、包丁を持った手ごと体をすり抜けた。ただ、僕は僕自身に触れることができる。つまり、僕が持った物や触れているものは、僕と同じで周りには見えていない。だから、その物自体の存在がこの世に有るのか無いのか不明だから、すり抜けてしまうということだろう。


 つまり僕は、満員電車でどれだけスペースがなかったとしても、乗ることができてしまう。しかも、隣の人とぶつかる心配もないからすごく快適に。自由自在に操ることができるなら、多くの人がこの不思議な能力を欲しがることだろう。そんな都合のいい能力なら、僕も欲しい。しかし、現状みたいな能力なら、誰しもがいらないと言うだろう。

 こんなことを考えているうちに、待ちに待った電車がやってきた。しかし、電車はなぜか通り過ぎていった。

「あっ、今の回送電車だ。そりゃ、通り過ぎていくわけだ」

 寂しい独り言を言いながら待つこと5分、次の電車がやってきた。この電車はきちんと止まった。

「良かった……。止まった」

 ボソッとそう言いながら、電車内に乗り込んだが、想像していたよりも電車内はすいていた。いつもなら、ワイヤレスイヤホンをし好きな音楽を聞きながら、ぼーっと窓から外の景色を眺めていたが、今はそうはいかない。そもそもスマホもワイヤレスイヤホンも家に忘れた。

 僕は、僕自身のことが見えている人を探すため、車両を行ったり来たり、たまに乗客をのぞき込んだりしたが、特に電車内で騒ぎになることなく、車掌さんのアナウンスが普段と同じようにされていた。予想していた結果だった。


***


 そして、2回乗り継いで、祖父母の家の最寄り駅についた。


 乗り継いで最寄り駅に着く間も、見えていれば絶対にできないことをした。

 具体的には、高校生が読んでいる本を取ろうとしてみたり、座席に座っているおじいさんの肩を揉もうとしてみたり、すごくタイプな可愛いお姉さんがいたから思い切って抱きつこうとしたりした。けれど、取れなかったし、揉めなかったし、抱きつけなかった。結果は、やはり変わらなかった。


 優人は、最寄り駅から徒歩で10分の祖父母の家を目指した。空は、電車に乗る前よりもさらに曇っていて、少し雨の匂いもしてきて、今にも雨が降りそうだった。だから、優人は駆け足で向かった。


「はぁ、雨が降ってくる前についてよかった」

 祖父母の家に着いた。しかし、鍵が掛かっていた。

「買い物にでも行ってるんだろう」

 祖父母はいつも、ポストの中に家の鍵を入れていることを知っていた。

「ここにあるんでしょ」

 そう言いながらポストを開けると、案の定そこに鍵があった。

「よし」

 優人は小さくガッツポーズをした。

 もちろん、祖父母の家を目的地にした理由は、祖父母には自分が見えているのかを確認するためだった。でももう1つ、腹ごしらえをするためでもあった。

 「まぁ、祖父母が帰ってこないことには確認のしようがないし、カップ麺でも食べて待つか」

 そう独り言をつぶやきながら、ポットに水を入れてお湯を沸かすことにした。お湯が沸くのに6分、カップ麺ができるのに5分、カップ麺を食べ終えるのに猫舌なこともあり10分、計21分経った。しかし、一向に帰ってくる気配はなかった。

「食後のアイスでも食べるか」

 そう言いながら、冷凍庫を開けてアイスを選んでいると、インターフォンが鳴った。家のカメラを見ると、そこには段ボールを持った配達員が立っていた。

「すみません、今の僕には受け取れません。また、再配達に来て下さい」

 もちろんこの声は、配達員には聞こえていないが、申し訳ないという、謎の罪悪感から謝罪の言葉が出た。

「それにしても、じいちゃん、ばあちゃんはどこ行ってるんやろう。もう17時30分なのに」

 そう言いながら、スプーンでアイスをすくっていると、ある物が目に入ったと同時に絶望した。


 カレンダーに、旅行と書いていた。しかも、今日から2泊3日だった。優人はショックのあまり、持っていたスプーンを落とした。

 優人は焦燥感に駆られた。為す術が無く、ただどうすればいいのかパニック状態だった。


「やばい……どうしよう……本当にマジで…………」

 頭が回らなかった。

「考えろ、考えろ……自分」

 必死で考えた。今までで1番考えた。考えて、考えて、考えた。


 この状況で優人が取るべき最善策は、そのまま祖父母の家に泊まり、帰りを待つことだっただろう。食事もあるし、お風呂にも入ることができる。ただ優人は、一刻も早く自分の存在を見つけて欲しかった。だから、優人は考えた末に、すぐに立ち上がり玄関に向かい、靴を履いて外へと飛び出した。


***


 何も考えず、ただひたすらに、見つけて欲しいという一心で町を走り続けた。ぽつりぽつりと雨も降り始めたが、そんなの微塵も気にせず、ゴールのないマラソンを始めた。

 駅前、商店街、ショッピングモールなどとにかく人の多い所へ行って見える人を探して、見える人がいなければまた、次の所へ行ってを繰り返した。

 やがて辺りは暗くなり、雨は本降りとなって、どうすればいいか分からず、自暴自棄になっていた。

「もう……疲れちゃったよ…………。死んだら、見てもらえない孤独や不安から……解放されて楽になれるかな……」

 それでも、疲れた足がまだ動こうと、見える人を探そうと、一歩一歩進んでいる。心で死にたいと思っていても、体は必死に生きたがっている。

「はぁ……やっぱり死ぬのは怖いもんな」

 雨に濡れてびしょびしょになりながら、そう呟いた。

「もう……家に帰るか」

 そう言って駅へと向かった。


***


 時刻は20時を回っていた。日曜日ということもあってか、駅前は人が多く賑わっていた。びしょびしょの優人が見えていれば、周囲の人々の視線は優人に集まっているはずだ。しかし、誰一人として気にせず、明日からまた月曜日が始まる憂鬱を紛らわせるかのように、この日曜日の夜を歓楽していた。


 優人が改札口を通ろうとした時、

「水瀬(みなせ)くん」

 すれ違う人々の中から、聞き覚えのある声が優人を呼んでいる。

「僕じゃないだろう……まず、見えてるはずがない。多分、同性の人を呼んでるんだろう」

 優人は一瞬でも期待した自分が馬鹿馬鹿しく思えた。でもまた、今度はさっきよりも近い距離で、

「水瀬優人くん、そんなにびしょ濡れでどこ行くの?」

 恐らく、びしょ濡れの水瀬優人は、この空間に自分しかいないと思い、後ろを振り返った。

「久しぶりだね。ってか、何でそんなに驚いた顔してるの」

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