01-6.玄家からの贈り物
……誰かが裏から手を回した可能性もある。
蜂貴人が藍洙のように利用されていた可能性は高い。運が悪かったのは、蜂貴人には才能があったことだろう。
そうでなければ、濡れ衣だ。
麒麟の加護を破るというのは相当の実力者であったとして難しい。
「お母上は巻き込まれたのかもしれません」
「なぜ、そう思う。現状、誰よりも疑わしいだろう」
「はい。誰よりも疑わしい立場に立たせることにより、その背に隠れている者こそが先帝の事件と恐らくは今回の事件の犯人でしょう」
香月は確信のない言葉を口にした。
それに対し、俊熙は僅かに目を細ませて笑った。
「いやはや、驚いた」
俊熙はそのことに気づいていた。
気づいていながらも、蜂貴人が犯人であるかのように嘆いていたのだ。すべては香月がどこまで俊熙に忠実であり、率直な意見を述べて来れるのかを調べる為のわざとらしい演技だった。
……嫌な性格をしている。
俊熙に対する好感度は下がった。
試されていたのだと気づいた香月は無表情で俊熙を見上げる。その顔は人形のように美しく、今にも怪奇事件を引き起こしそうなくらいに不気味だった。
「すまない。香月。そこまで言い当てたのは香月だけでな」
「そうですか」
「それで、つい、楽しくなってしまったんだ」
俊熙は自白する。
それに対し、香月はわざとらしく礼の姿勢をとった。
「今宵は他妃の元でお休みくださいませ」
香月の言葉は、さっさと玄武宮から出て行けを意味している。
それに気づいた俊熙は露骨なまでに肩を落とした。
「冗談だろう? 香月。俺の最愛の妃。お前以外のところで眠るなんて笑えない」
「冗談ではありません。後宮はその為の場所です」
「お前以外だと萎えてしまうのだよ? 哀れに思わないのか?」
「思いません」
香月は容赦なく会話を断ち切った。
それに対し、俊熙は諦める様子はなかった。
「素っ気ないことを言うんだな」
俊熙は笑った。
……悪意はないのだろう。
俊熙は純粋すぎる。
皇帝として立つべき人として教育を受けていないからだろうか。
「陛下」
香月は諦めた。
……事情を話せば理解するだろうか。
香月の目には異形のものが視えている。後宮に醜い執着心を見せ、後宮にいる人間を害そうと狙っている怨念の塊だ。
それらは麒麟の加護を持つ俊熙には近づけない。
……話せば居座るだろうな。
どちらにしても居座られる。
それならば、事情を話してしまった方が万が一の事態を防げるだろう。
「黄藍洙の怨霊が後宮を彷徨っております。鎮圧するための舞を行いましたが、失敗しました」
香月は正直に伝えた。
舞を奉納することはできたが、本来ならばいないはずの俊熙が来たことにより、守護結界の修復はできなかった。なにより、後宮を守る為の結界を張ることさえもできなかったのは、途中で俊熙によって邪魔をされたことが大きな要因となっている。
麒麟の加護が強すぎるのだ。
玄武の舞では麒麟には勝てない。
「貴妃、淑妃、徳妃には文を出しました。彼女たちも同様に舞を行ったはずです。その成果により、守護結界の亀裂が広がるのを止めることができました」
香月は淡々と告げる。
その意味を俊熙が理解しているとは思えない。
「玄武宮は安全ですが、他の宮は違うでしょう」
「俺を安全ではない場所に送るというのか?」
「陛下は呪いを弾かれましょう。陛下の安全の為に今宵は後宮を離れた方が良いと思います」
香月は俊熙を拒否したわけではない。
しかし、玄武宮に留めるわけにはいかなかった。
「怨霊の狙いは私です。陛下。陛下を守るのには玄武宮は手薄にございます」
藍洙の怨念は香月を狙っているということを理解しているからこそ、玄武宮を守る為に結界を張ったのだ。
「それこそ俺がいればなんとかなるだろう」
「陛下を危険に晒すわけにはいきません」
「怨霊というのは、それほどに危険なものなのか? 聞いたことはあれど、見たことは一度もないが」
俊熙の言葉に対し、香月は首を縦に振った。
怨霊は危険だ。簡単に人の領域を超え、人の命を奪っていく。
後宮は元々怨霊の溜まりやすい場所だ。
先々代皇后の暴挙により命を奪われた妃たちの亡霊か、それとも、先代皇帝時代の亡くなった妃や御子の亡霊か、数多くの眠りついていたはずの亡霊たちが怨霊の影響を受ける可能性もある。
その場合、真っ先に亡霊たちは生き残りである俊熙を狙うだろう。
その手が麒麟の加護に阻まれ届かないと知りつつも、人の領域を超えた怪奇現象を巻き起こすことだろう。
そうなれば、麒麟の加護に恵まれた呪いを弾き飛ばす英雄から一転、呪いを撒き散らす悪鬼として扱われる。
それを避けなければならなかった。
「怨霊は人の慣れ果てにございます。それは呪術に関わった者ほど酷く、醜く、恐ろしい力を手にするものでございます」
「黄藍洙はその慣れ果てに落ちたと?」
「はい。既に侍女が確認をしております」
香月は昨夜のことを思い出す。
玄武宮に近づこうと地面を這いながら動いていた黒い人影を明明は目撃していた。見つかる前に玄武宮に戻り、香月に報告をあげたから明明は無事だった。
しかし、いつ、被害が出てもおかしくはない。
そのような場所に皇帝を居させたくはなかった。
「さようか」
俊熙は納得したようだ。
そして、香月を優しく抱きしめる。
「やはり、俺は玄武宮に留まろう。他の妃がどのような目に遭ったとしても、香月が危険な目に遭うよりは良い。これは皇帝の命令だ。逆らうことは許さない」
俊熙の出した答えを否定できる者はいない。
皇帝の命令と言われてしまえば、香月も強くはでられなかった。
「かしこまりました。おもてなしの準備をさせましょう」
香月は目を伏せる。
願うのは被害者がでないことだけだった。
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