01-4.玄家からの贈り物
嘉瑞は同時に外が騒がしくなるのを感じており、警戒をする為、体中に身に付けている暗器をすぐに取り出せるように準備していた。
「――何者だ」
玄武宮の門が開けられた。
嘉瑞は素早く戦闘態勢に入る。そして宦官を引き連れ、玄武宮には言ってきたのが俊熙であることに気づくと、慌てて最敬礼の姿勢をとった。
香月は侵入者に気づいていない。
満月に照らされながら、剣舞を優雅に踊る。その姿は月から舞い降りた仙女のようでもあり、勇ましい仙人のようでもあった。
二面性を兼ね備えた玄武の舞を俊熙は見つめていた。
嘉瑞に警戒をされていたことを咎めることもせず、まっすぐに香月を見る。
「我らが太陽、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
「……堅苦しい挨拶は不要だ。俺は香月に会いに来ただけだからな」
「かしこまりました」
嘉瑞は一歩下がる。
香月の舞は氷叡剣を霧のように天に帰すことで終わりを告げた。
そして、ようやく香月は俊熙のことに気づいたようで慌てて駆け寄ってきた。
「陛下。夜分遅くに何用でございましょう」
「夜枷に来た」
「ご冗談を。玄武宮は喪に付している期間でございます」
香月は大慌てて服を整える。
それに対し、俊熙は気にもしていないようだった。
「舞を披露していると聞いてな」
俊熙の言葉に対し、香月は眉を潜めた。
……誰も口外していないはずだ。
玄武宮の裏切り者はもういない。
侍女も宦官も香月の行動を外に流すようなことはしないはずだ。
……守護結界の変化を感じ取った者による誘導か。
香月は答えを導き出す。
俊熙の側近の中に守護結界の変化に気づける者がいたのだろう。そうでなければ、なにも視えない俊熙が守護結界の変化に気づくはずがない。
「玄武の舞の修練を行っておりました」
「修練? 完成されていたではないか」
「いいえ。まだ母上の舞には及びません」
香月は謙虚に答えた。
香月は母の舞を知っている。完成されたものであり、母が氷叡剣を使えれば守護結界の修復も可能だっただろう。
香月の実力では無理だった。
「星空が綺麗に見えるのは、そなたのおかげか?」
俊熙の問いかけに対し、香月は空を見上げた。
空は透き通っている。星空は輝いており、香月の目には守護結界の亀裂が僅かに進行が遅くなったように視えていた。
「どうでしょうか」
香月は首を傾げる。
……綺麗とは思えないな。
故郷の星空と比べてしまう。
標高の高い氷叡山と麒麟省では見える景色が、あまりにも異なっていた。
「舞の修練の効果があれば嬉しいのですが」
「そなたの舞ならば空も晴れるだろう」
「それならば嬉しい限りですね」
香月は俊熙の言葉に軽く頷いた。
「陛下。舞の話はどなたからお聞きになられたのですか?」
香月は問いかける。
その問いに答えをもらえないとは思っていなかった。
……術師を暴ければいいのだが。
守護結界の存在を知っている者は後宮では少なくはない。
その為、少しでも絞ることができればいいと思っていた。
「羅宰相からだが」
俊熙は当然のように答えた。
香月はその名を聞き、眉を潜めた。
……羅宰相。
以前もその名を聞いたことがあった。
俊熙が呪いを受け付けない麒麟の守護の持ち主であると噂を流した張本人であり、守護結界は無傷だと言い張っていたはずである。
……裏があるのか?
羅宰相の娘も後宮妃の一人だ。
しかし、香月と関りはない。
……姉上。あなたを殺した犯人には羅宰相も関わっているのか?
一筋縄では終わらないとわかっていた。
しかし、宰相も関わっている可能性が浮上するのは想定外だった。後宮からは手出しをすることが難しいだろう。
「羅宰相は陛下の味方でしょうか?」
「そうであろう。即位した時からの付き合いだからな」
俊熙は即答した。
そうでなければいけないというかのような言い方だ。
……陛下の周りは敵ばかりなのかもしれない。
俊熙の即位をよく思っていない人は多いが、俊熙以外に皇位を継げる人間はほとんどいない。しかし、先々代の皇后が引き起こした反乱により、散り散りとなって逃げたとされる皇子たちが生存していれば話は変わってくるだろう。
……探りをいれなければ。
香月の役目は俊熙を守ることである。
その為ならば手段を選んではいられなかった。
「陛下。羅宰相の娘が後宮にいらっしゃるのでしょう?」
「そうだが。会ったことはないのか?」
「ありません。しかし、陛下の側近である宰相の娘ならば、今後のことを考えて関りを得るべきかと思います」
香月の言葉に俊熙は納得したようだ。
「羅昭儀に文を出してみるとよい」
俊熙は羅宰相の娘と認識をしているのだろう。
九嬪の中でももっとも位の高い地位を与えたのは、父親が重要視されているからだろう。それをわかっているからこそ、俊熙は羅宰相を警戒していなかった。
「昭儀ならば香月の良き話し相手になるだろう」
「それほどの方なのですか?」
「あれは知識欲の塊のような人だ。香月とは話が合うだろう」
俊熙の言葉に対し、香月は頷いた。
「後宮妃にするのがもったいないほどの人だ。その点も香月と同じだな」
俊熙はそう言いながら香月の頭に手を伸ばし、髪に触れた。
「香月。嫉妬をしてくれないのか?」
「嫉妬ですか?」
「そうだ。他の女の話をするなと思ってはくれないだろうか」
俊熙の言葉に対し、香月は考える。
……嫉妬。
嫉妬心というものが香月には欠けていた。
今まで恵まれた環境にいたからだろうか。嫉妬をするような対象と出会ったことがなかった。
それ故に、嫉妬をするという感覚がよくわからなかった。
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