1.ひょっとして私、いきなり天涯孤独の身になっちゃった!?
『世の中、きびしい試練はいつも突然やってくる』
お母さんの口癖だった。
とはいえ、これはいきなりきびしすぎるよ、お母さん。
母一人子一人の母子家庭で、中学一年生の娘を残して交通事故で死んじゃうなんてさ。
私、これからどうしたらいいのよ。
お母さんのお葬式終了後、私は家の中でぼーぜんとしていた。
うちの地区では遺族に小中学生しかいない場合、葬儀費用は役所の補助がでるらしい。
そのための細かい手続きはアパートの大家のおばさんがなんとかしてくれた。
一応、形式上の喪主は私だったらしいけど特に何もしていない。
それは、もちろんありがたいことで、感謝するしかないんだけど。
一通りお葬式や手続きが終わったら、重たい現実がのしかかってくるわけで。
こまったなぁ。これからどうなっちゃうんだろう。
祖父母をはじめ、親戚なんて会ったことも聞いたこともない。
あんまり実感がわかないけど、今の私って天涯孤独の身の上なのかも。
まさかの現代版『家なき子』?
やっぱり孤児院とかに行くしかないかなぁ?
今の日本だと、孤児院じゃなくて児童養護施設っていうんだっけ?
お母さんが亡くなったことを悲しむよりも、今後の不安ばかり考えている私って、ひどい子かもしれない。
でも、しょうがないよね。こういう娘に育てたのは、私のお母さんなんだから。
お母さんはいつも言っていた。
『人生、いつどこでどんな試練があるかわからない。辛いときは過去を振り返らず、未来を向いて自分の力で歩みなさい』
そう、過去なんて振り返っちゃいられないのだ。
私はお母さんの遺影をみた。
写真の中のお母さんはピースしてニッカリ笑っていた。
遺影にはあんまりふさわしくないかもだけど、お母さんらしい明るい表情の写真だ。
お母さん、私は負けないよ。自分の力で生きてみせるからね!
だから悪いけど、涙は流さないよ。
だって。ひとたび涙を流したら、悲しくて立ち上がれなくなっちゃいそうだもん。
泣く代わりに拳を強く握っていると、アパートの大家さんが話しかけてきた。
「晴香ちゃん、お母さんのこと、お悔やみするわ」
「いいえ。お葬式の手続きとか助かりました。ありがとうございます」
「それはいいのよ。ただ、そのね……今後のことなんだけど……」
「?」
「今晩だけならともかくとして、このままここで暮らしてもらうわけには……ねぇ?」
つまり、児童養護施設でもどこでも、早く行き先を決めてアパートから出て行ってほしいと言いたいらしい。
当たり前だ。私にはアパートのお家賃を払う収入なんてないのだから。
「ごめんなさいね。ウチもあんまり余裕がないのよ。それに、やっぱり子どもだけで一人暮らしさせるのは色々と問題になっちゃうし」
大家さんは申し訳なさそうだ。
私はますます困っちゃうけど、彼女が言っていることが正論だって言うのは分かる。
「いえ、大家さんがいなかったら、お葬式だってできなかったと思うし感謝しています。でも、すぐに行き先を決めるのは難しいと思うし、今晩だけはここでお母さんと一緒に寝かせてください」
「もちろん、それは大丈夫よ。それで、これなんだけど……」
大家さんは、私に白い封筒を渡してくれた。
「晴香ちゃんのお母さんが、もしもの時に晴香ちゃんに渡してくれって」
どうやら遺書ってやつらしい。私は封筒を開けて読んでみた。
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ヤッホー晴香!
ママだよん♪
これを晴香が読んでいるってことは、私は死んじゃったってことかな?
いやー、残念無念!
でも気落ちしないでね♪
ママは天国でパパとイチャイチャララブラブしちゃうから♪
きゃー、パパと何しちゃおうかなぁ。
出会った頃みたいに海辺でデートしちゃったり? いやん♪
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私はそこまで読んで、愕然となった。
どんなノリの遺書なのよ!?
私の様子を心配したのだろう。大家さんが声をかけてくれた。
「大丈夫? なんか、すごくふるえているみたいだけど。何が書いてあったの?」
「い、いえ、大丈夫です……」
私はあわてて大家さんから遺書を隠した。
こんな恥ずかしい手紙、他人に見せられるわけがないもん!
大体、なんなのよ、ママって。そんな呼び方、幼稚園の頃だってしたおぼえがないよ!
とはいえ、ママ……じゃなくて、お母さんが残してくれた遺書だ。
続きを読まないわけにもいかない。
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でさでさ、ママより晴香の方がこまってるよねぇ。
晴香の性格だと、ママの死を悲しむよりも今後の生活の心配しちゃってるでしょ。
ママ、悲しいよー
でも、そう育てたのは私だからしょーがないか。
そんでね。ここからが重要ポイントね。
ママが死んだら朝日野って家に行きなさい。
で、同封した手紙を
きっと、晴香を助けてくれるわ。
たぶん、きっと、うん、一応。
助けてくれないかもしれないケド……
……その場合はしょうがないから、自分でなんとかして!
あ、私の遺産は期待するだけ無駄だよん♪
自分の力でがんばって生きてね。
晴香は学校の先生になりたいんでしょう?
天国から晴香の夢を応援しているよ♪
働かざる者食うべからず!
PS.今月のアパートのお家賃は晴香がなんとかしてくれると、ママうれしいな♪
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なんなのよ、これ……
そりゃ、遺産なんて期待してなかったけどさっ!
遺書だっていうなら、もうちょっと、なんていうかさぁ……
「晴香ちゃん、大丈夫? なんか放心状態みたいだけど……そんなにすごいことが書いてあったの?」
ええ、ええ。書いてありましたとも!
ある意味ものすっごいことがっ!
こんな遺書、この世に他にないわよ!
ともあれ、最後の一行はたしかに気にするべきかな。
「あの、大家さん、今月のお家賃なんですけど……」
「それは諦めているわよ。さすがに晴香ちゃんに払えとは言えないもの」
「ごめんなさい。いつか必ずお支払いします」
「期待しないで待っておくわ。でも、お金があるならお家賃よりも、晴香ちゃんの将来のために使ってね」
そう言ってくれた大家さんは、やっぱりいい人なんだと思う。
翌日のお昼過ぎ。
迷った末に、私はお母さんの遺書に書かれていた朝日野家を訪ねてみることにした。
まさに『溺れる者は藁をもつかむ』ってやつだ。
それに遺書であんな書き方をされて無視なんてできるわけもない。
朝日野家の住所はお母さんの遺書の裏に書かれていた。アパートから電車で一時間ほどの場所だ。
お小遣いを貯めておいたおかげで、なんとか往復の電車賃はあった。
でも、私の全財産はそれでほぼおしまいだ。
はっきり言って、前途多難すぎる。
朝日野家はすぐに見つかった。
そりゃあ、もうあっさりと。
だってさぁ、こんな大きなお家、探すまでもないよ! 家と言うよりもお屋敷だ。
私は朝日野家の正門前でボーゼンとつぶやいた。
「何よ、このお屋敷……」
お母さんはどういうつもりで、ここに行けって遺書に書いたんだろう?
どうみても、お母さんや私とは縁もゆかりもなさそうな大豪邸じゃん。
一体どんな大富豪が住んでいるというのだろうか。
私はひたすらぼーぜんと、自分の身長より高い門と、それよりもはるかにでっかいお屋敷を見上げ続けた。
しばらくそうしていると、お屋敷の中から燕尾服姿の初老の男性が出てきた。
「お嬢さん、当家に何かご用ですか?」
私はちょっとドギマギしてしまった。
ご用といえばご用だけど、どう説明したら良いんだろう。
お母さんの遺書に従ってやって来たけど、その後のことはあんまり考えていなかった。
「えっと……こ、これ!」
私はお母さんの残してくれた手紙を、門越しに手渡した。
「ふむ……なんでしょうか、これは?」
「えっと、お母さんの遺書の封筒に入っていた……っていうか、私、星音晴香っていうんですけど、お母さんが死んじゃって……」
うわぁ、我ながら言っていることがめちゃくちゃだ!
ハズカシー。
これじゃあ、ただの頭が残念な中学生じゃん。
だが、燕尾服のおじさんは私に確認した。
「……星音と仰いましたか?」
「はい」
「それで、お母様が亡くなられたと」
「そうです」
私が頷くと、おじさんは少し考え込むように小首をかしげた。
「そして、遺書と共にこの手紙が……ふむ」
「お母さんはその手紙を朝日野守明さん方に渡すようにと。あなたが守明さんですか?」
「いいえ、守明様はこの家の主人です。私は屋敷の管理を任されている
保さんはそう言ってから、少し困った表情になった。
「しかし、困りましたね。ご主人様は現在外出中です」
「そうなんですか」
考えてみれば当たり前だ。
今は平日の真っ昼間。
大人は仕事、中学生は学校に行っている時間だ。
私はお葬式の翌日なので、今日は学校を休んでもいいって先生に言われたんだけど。
「ともあれ、門前で立ち話もなんです。お屋敷にお入りください」
「いいんですか?」
「このまま追い返すわけにもまいりませんから」
保さんはそう言って、門を開けてくれた。
私は保さんに案内されるまま、お屋敷の方へと向かった。
門からお屋敷まで、二十メートルくらいあるんじゃないかな。
「守明さんはいつお帰りになるんですか?」
なんとなく聞いた私に、保さんは答えてくれた。
「三ヶ月後と聞いています。現在主人はアメリカで暮らしておりますから」
「ええぇ……」
いきなり頼る人がいなくなったような気分だ。
「現在、お屋敷には主人の長男の健希様と次男の光太様がお住まいです」
健希さんは中学二年生で、光太くんは小学四年生だという。ちなみに、長女で中学一年生の
「ということは、中学生と小学生だけで暮らしているんですか?」
「いいえ、私とメイド数名が住み込みでお二人のお世話をしております」
そんな話をしていると、お屋敷の玄関にたどり着いた。
保さんが大きな扉を開けると、見えたのは広い玄関ホールだった。
うわぁ、大きいだけでなく内装も豪華だ。
シャンデリアが明るく照らす絨毯は、ふかふかで見るからに高そう。
あの大きな壺や何枚もある絵画なんていくらするのか想像もできない。
何より驚かされたのはお屋敷の中なのに、ホールの中央に噴水があることだ。もちろん本物のお水が流れている。よく絨毯が濡れないなぁ。
すごすぎるでしょ、これ。
保さんは革靴のままスタスタとお屋敷の中に入って行った。
靴を脱がないで絨毯を踏んでもいいのかな?
私は脱いだ方がいい?
スリッパはどこかな?
私が辺りを見回していると、保さんが言った。
「ご心配なく。ホールは土足のままで大丈夫ですよ」
「そうなんですね」
一応靴についた砂を払ってから、私はお屋敷のホールへと足を踏み入れた。
すると、噴水の右横に一人の少年がたたずんでいるのに気がついた。
少年を見た瞬間、私の胸がキュンと高鳴った。
彼がかなりの美少年だったからだ。
もしも渋谷や原宿あたりを歩いていたらしたら、アイドルとしてスカウトされてもおかしくないと思うほどのイケメンだ。
……って、何を考えているのよ、私は!
今は美少年にドキドキしている場合じゃないでしょ!
私は首をブルンブルンと振り回して頭を切り替えた。
保さんが少年に言った。
「健希様、お体は大丈夫ですか?」
「ああ、今日は調子が良いからね。僕はお父様から留守を任されているんだ。お客様なら出迎えるべきだろう」
そう言った健希さんは声も綺麗だった。ただの会話なのに聞き惚れてしまいそうなほどに美しい。
一方で顔は青白い。今にも消えてしまいそうな儚さがある。
「かしこまりました。ですが、ご無理はなさいませんように」
「ありがとう。それで、彼女は?」
「はい、実は……」
保さんは健希さんに、私のことを説明した。
「星音? それってたしか……」
「はい。健希様のお母様の従姉妹のお子様にあたる方です」
え? それってどういうこと?
びっくりしている私に、健希さんが言った。
「晴香ちゃんのお母さんは、僕の母の従姉妹ってことだよ」
「えええ!?」
「つまり、僕と晴香ちゃんは
まさに衝撃の事実だった。
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