第34話:それぞれの考えと進む道・前篇
クロルソン公爵は、そのまま枢機卿に近づき手を伸ばそうとするが。
「お、お待ちください!」
と傍にいた聖職者より静止を受ける。
「なんだ?」
「く、口の中に、それは、その」
「なんだ、そんなことか、気にする必要はないよ」
と枢機卿の口に手を入れてエンブレムカードを手に取る。
「……ほう、やはり厄災の鳥か」
「こ、公爵閣下」
「なんだ?」
「恐れながら申し上げます、ク、クラスSを騙る者は多く、現にガクツチ・ミナトは失踪中、エンブレムカードがあると言えど」
クロルソンは言葉で答えず視線を送る。
「ひっ、そ、その!」
「クラスSのエンブレムカードには偽造防止の最高技術が使われている、この1枚で家一軒買える程高価なものだ。ほう、しかもこの直筆サインも本物ではないか、ガクツチはサイン嫌いで有名だからな、これは更に珍しい」
すっとエンブレムカードを机に置く。
「君は、さっき、どうして私がここにいると聞いたな」
「い、いえ、それは! 口を注いででたというが他意は!」
「もちろんガクツチ・ミナトのファンだからだよ」
すっとクロルソンは懐からカードを取り出す。
それは、そう、エンブレムカード。
机の上に置いてあったものと寸分たがわず一緒のカードだ。
「見てのとおり私も同じものを持っているから本物だと分かる。是非とお願いして彼から貰ったんだ、嫌そうな顔をしながらサインをしていた姿もまた、ふふっ」
「……は、はい」
「さて、目的を果たすとしよう」
と後ろで控えていたお供に命じると枢機卿に対して回復魔法をかける。
「…………」
ぼんやりと覚醒する枢機卿、そして視線が点を結び、誰と知れた瞬間。
「ク、クロルソン公爵閣下!」
「…………」
静かに見下ろすクロルソンに枢機卿は
「私は嵌められたのです!」
と訴える。
「私はこの件について一切存じません! それをガクツチ・ミナトが一方的に! これはフェノー教総本山にも通達をする必要があるかと! なんせ、公爵閣下の温情を無視する放蕩癖のあるクラスS! ご意向に沿い、世界手配を! その、、、私は公国民としてフェノー教徒として長年尽くしてまいりました!! ですから」
空々しい言い訳なのは百も承知。
ギギギギとそんな音を立てて吊り上がっていく口元。
「ひっ」
息を飲む枢機卿。
「この公国の面汚しが」
縋りつく枢機卿は、他の高位聖職者たちにも視線を送るが、皆視線を合わそうとしない。
その視線は自然とエンブレムカードに視線がいく。
クラスSのエンブレムはその全てが余りにも有名だ。
アマテラスのエンブレムカードに描かれているのは鳥。
それはガクツチの所業から死と破滅をもたらす厄災の鳥と称される。
そのデザインは。
――翼を大きく広げた三本足の鳥
――名をヤタガラス!!
●
「しかしヤタガラスが厄災の鳥ってのは不本意なんなんだよなぁ、日本では太陽の化身とされていて、祖国のメジャースポーツの国家代表のエンブレムになるぐらい縁起がいい鳥なんだが」
「そんなこと知りませんよ」
と魔法機械を見ながらクォイラが答える。
「そういえば、アレどうしてんだろうなぁ」
「? どうしたんです急に、アレって?」
「いや、エンブレムカード久々に使っただろ、そういえばクロルソン公爵にも渡したなって思ってさ、サイン入りで」
「サイン? 良く入れましたね、サイン嫌いの貴方が」
「いや、嫌いじゃないんだけど、悪用されるのが嫌なだけだから確実に自分の足跡残したいときにだけ使うようにしたら、そうなっただけで」
確か社交だっけ、エンブレムカード欲しいとか突然言われて、まあ公爵ならいいかと思って渡したらサインねだられたんだっけ。
こっちのサインする意図を分かった上で要求されたから、ええーっと思って、理由聞いたら「ファンだから」とか言われた、絶対嘘だろと思ったけど、しないのもまた変かなと思ってサインしたんだよな。
「って、捨ててるよな、俺は公国の裏切り者だからな、公爵は愛国心は人一倍強い人だったから」
「……どうでしょう、愛国心が人一倍強いからこそ、大事にしているかもしれませんね」
「あー、あの閣下殿ならさもありなん」
「ガクツチは社交を嫌がる割には公爵に対しては悪感情は無いんですね」
「ああいう悪魔みたいな奴はいい仕事するんだよ」
「……悪魔ですか」
公爵は間違いなく一流の政治家だ。
政治家。
言葉のイメージは良くない方が大半だろうし、それは異世界でも変わらなかった。
という俺も御多分に漏れず、学生時代は「政治家は国民の方を向いていない」なんて思っていたっけ。
だけど経験を重ねていく上で、自分の見方が狭かったことを思い知らされた。
お互いの足の引っ張り合いなんて日常茶飯事、責任のなりつけあいなんて日常茶飯事、テレビに出てくるような責任逃れの上司と同僚もゴロゴロいる、それこそ政治家も裸足で逃げ出すようなことをやってのける奴なんていくらでもいる。
だからちょっとしたことで素直に世間に公表して裁きを受けなければならない政治家を大変だと思うようになった。
それこそ今回の枢機卿、ジウノアと犬猿の仲である首座主教だって、彼らは政治家ではないが、そこらの政治家よりも余程あくどいことをしている。
でもそれが分かっても何処か自分達の中にある根源的な政治家への嫌悪感、それがどうして残るのか。
それはテレビを見ている政治家の人間性も実生活は、私達と変わらないからだ。
だが、稀にそういった綺麗事では進まない世界において絶対に必要な「嫌われ役」が天職である人間が出てくる。
「その嫌われ役は無能ではできない、有能でなければならない、精神力も強くなければならない」
俺は異世界転移して無敵の戦闘能力というチートを得た。
そして冒険者としてアマテラスのメンバーを仲間にして名を上げて、あれはクラスAに昇格した時だったかな、初めてクロルソン公爵に会った時に思った事だ。
アレは悪魔だ、極上の、ね。
「とはいえ、敵にも味方にもしたくないというのが本音だけどね、クォイラはあまりよく思っていないみたいだな」
「まあ、公爵のせいで何人の貴族が首をくくったか、文字どおりにね、それにしても凄い騒ぎになっていますよ、私宛の問い合わせが凄まじい数来てますね、捌くのが大変です」
と魔法機械の横では。
「し、しんじゃうよう」
とファルが、問い合わせの度に情報を探し、クタクタのヘロヘロになっている。
「あ、あの、クォイラ、いくら深淵にアクセスできるからってね、ほら、水を泳ぐのは気持ちいいとは言ったよ? だけどずっと泳いでいると、当然凄い疲れて身体もふやけて」
「いいから、やりなさい、後始末も大事な仕事でしょう、そもそも論として、アクセスレベルを復権できたのは」
「あああ~、説教いや~~」
とゴーグルを被らされてブスっとコードを指される。
「あぐぅ、いやぁ~」
と無理矢理潜らされる、南無南無。
「しくしく………って、あらら、これって」
と、何かを見つけて少し無言の後に。
「対処が滅茶苦茶早いね、流石だね」
「? 急に何の話?」
「ガクツチのファンの話」
「え?」
「枢機卿の後始末をしたそうだ、現場に現れて、処断指示を出したと」
「……マジか、俺の動きは見透かされていたわけか」
つまり俺達が動き出した時、最終的なオチがこうなることを分かった上で、自ら直接出向いて枢機卿を処断したってことか。
「処断内容は?」
「既に判決が下っているね、公爵閣下殿は今回の騒動に関わっていた枢機卿以下23名が都市外放置処分を要求し、それが通る事となり、今日執行される」
刑罰。
秩序を乱した人物に対して課せられる制裁、平和と言われる日本でも当然に必要とされるもの。
当然にルザアット公国にも暴力装置である軍と憲兵、人を裁くための裁判所が設置されている。
様々な刑罰があるが、都市外放置処分とは、その名のとおり、凶悪な魔物が跋扈する危険地域に放置する事。
人類は魔物は脅威にさらされており、外界で何の助けもなく人は生きられないのだ。
「ま、罪の重さからすれば相応と言ったところだが、、、、しかし枢機卿相手にも容赦がないパフォーマンスは流石といったところ、ファル、おそらく枢機卿は俺たちの功績として喧伝しているだろ?」
「流石だね、えーっと「失踪中と言えど我が国のクラスSは貢献してくれた」と公式に声明を出しているね」
「つまりかの件の事件、クロルソン伯爵も探られたくない腹があるってことさ」
「……へ? そうなるのかい?」
「勘だがな」
「ガクツチの勘は当たるからね、その腹ってのは?」
「さあな、というか、分からないってことは誘われているっぽい」
「誘われる?」
「その探られたくない腹を探れってね」
「へ!? どうして!?」
「これも勘、理由を付ければ明らか過ぎるから、だからこの事件はこれで終わりだ。いいか、動くなよ、クォイラとファルはそのまま対応を続けてくれればいいさ、いやぁ、困ったなぁ、本当に」
「何がそんなにおかしいんですか?」
「要はアマテラスの名前、まんまと使われたという事だよ、参ったね、本当に今も昔も、アマテラスはロクな使われ方をしない」
といった横でファルが呟く。
「ジウノアは大丈夫なのかなぁ」
俺達は黙りこくる。
結局ロザリオ以外で見つかったのは衣服だけだった。
そして彼はクラスBの魔物に狙われて命を落とした殉教者として聖人として叙されることなった。
驚いたのは、あのゴマすり首座主教殿、実は今回の事とは全く無関係であり直接的な刑罰は下されることは無かったが「上級幹部として職責を果たせなかった」という公爵への忖度として大主教へ「自主降格」となり、めげずに今は保身に奔走している。
だから、殉教者の送り出しはジウノアがやることになった。
「そろそろ戻ってくるだろうよ、何も言わずに出迎えてやればいいさ」
そんな時に。
「身に宿り地に還り天に還る、そしてその魂は、再び神の血へ交じり、滴り落ちる摘は、再び身に宿る」
祝詞を唱えてジウノアが現れた。
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