第33話:黒幕とその悪魔は


――フェノー・教ルザアット公国本山



「まずいまずいまずい!!」


 ルザアット公国の最高位聖職者である枢機卿は急ぎ足で本山を歩く。


(あの馬鹿魔物め! アマテラスに手を出すとは!! あの使えない首座主教め!!)


 それは先日、首座主教の話の会話の中でたまたま出てきたクォイラ嬢の手紙、内容は不明とのことで胸騒ぎがしてあの内容が何なのか調べさせたら、教え子の為に調査に出るという話を聞いた。


 しかも3人で向かっており、そして既に公国に討伐報告が上がっている。公国の領地内でクラスBであるマントガレの活動して、1名の犠牲者が出たと大騒ぎになっているのだ。


 クラスBは、通常では太刀打ちできない化け物共、ただマントガレは派手に活動するタイプではなく「寄生型」であるが故に、完全に油断していた。


 あの女好きのクラスSはもちろん、その他の公国の高位冒険者共は、あんな辺境の異変なんて気にも留めない。


 仮に気が付いたところで、クラスB冒険者と言えど容易に太刀打ちできない。


 だがアマテラスは別だ、アイツらはクラスSでありながら、公国の利益については気まぐれでしか協力しない。


 上流の爪弾きにされている嫌われた者達だ。


 だが実力は本物、アマテラスはガクツチ・ミナトが失踪した状態とはいえ、ジウノアを含めた3人はクラスBだが、それは「便宜上」のものに過ぎない。



(早く証拠隠滅をしないと!!)



 と枢機卿座に入った時だった。




「お世話になっておりますよ、枢機卿猊下、先に一杯やっています、ごちそうさまです」


 とジウノア達が入って酒を飲んでいた。





「お、お前らは! おい!! 無礼だろう!! ここを何処だと心得る!! これは不法侵入だ!! 問題にしてやるからな!!」


 と備え付けの緊急ボタンを押すが。


「誰も来ませんよ、私が全員眠らせていますので」


 とクォイラの言葉。


「ぎ、ぎ、貴様!!」


 歯ぎしりする枢機卿に素知らぬ顔をするクォイラにジウノアは続ける。


「声が震えていますよ猊下、まあ折角なので落ち着きましょうよ」


 足を組み替えて枢機卿を見据える。


「さて、既に報告が上がっていると思いますが、前途洋々たる修道士が1人犠牲になりました、ご存知ですか?」


「それが、どうした!?」


「猊下が組んでいたマントガレ、そいつに殺されました」


「ふざけるな! 魔物と手を組む!? そんなことをしているか!!」


 といった時だった。


 枢機卿の足元に資料が散らばる。


 それはファルが資料を床に放ったからだ。


 バサッと資料をばらまかれた資料を見て表情が凍り付く。


「君の「今回の実験記録」さ、おや、何故こんなものがという顔だね、2人以上知っている秘密は存在しないんだ、知らなかったかい?」


「…………」


 魔物は人を害する存在である。



 だがクラスBともなると魔物は知性を持ち社交性を持つ。



 その時に何が生まれるのか。



 それは魔物が提供する対価が莫大となるということだ。



 例えばだ、一番わかりやすい例えを使るのならば、クラスBが縄張りをしている場所にレアメタルがあり、そのレアメタルの採掘を黙認する代わりに「対価」を提供するといった具合に。



 だがどの国も魔物との取引は極刑をもって処断される。



 繰り返すが異世界において人族は、強いが最強の種族ではない。知恵と工夫で今日の立場を築いていた。


 そんな人族にとって魔物は利用する存在とはしてあまりにも危険すぎる。


 だが数多の失敗事例があっても、その対価の凄まじさに手を出し破滅する事例は後を絶たない。


 なれば、今回の対価はなんなのか。



 マントガレは、人の魔力を吸収し肉を養分として。



 エリクシールを作ることができる。



 エリクシール、ファンタジー世界では説明不要レベルの霊薬、万能薬に近い効能を持ち、人間の世界では未だに偶然以外の要素で作り出す事は出来ない。


「お前達は何もわかっていない!!」


 枢機卿が怒鳴る。


「エリクシールがどれほど人類の利益になるか分かっていない! その為には多少の犠牲はやむを得ない!! そうやって人類は今日の強さを築いてきたんだ!! 私は回復魔法の限界を超えた、霊薬を作り出そうとする!! 教義に反することは何もしていない!!」



「その口ぶりだと、エリクシールの実物を見たね?」



 ジウノアの指摘にキョトンとする。


「当たり前だ! そうでなければ取引になど!!」


「エリクシールを作り出すために、どれぐらいの犠牲が必要か知ってるの?」


「? 初級魔法使いが10人いればという話だったが」


「1000人」


「……な、なに?」


「アンタが養分として吸収として見せられたのは最後の10人ってだけだよ、実際にあのマントガレは、アンタに会う前に魔法を使うクラスCの魔物37匹と私達人類の三つの国にまたがって初級魔法使い150人を既に食っていた」


「…………」


「とんでもない凶悪な魔物だったのさ、クラスBってのは、そういう魔物だよ」




「何より知恵のまわる魔物はね、そういう人間の一人一人の「欲の急所」ってのを良く心得ている。そしてその弱みを付け込むのさ」




「でもね、マントガレはまだ真っ当な方法だよ、魔物を利用としようとして正直この程度の被害で良かったななんて、クソな事を考えている自分がいることにまた腹が立つけどね」


「は! ははは! この資料がなんだ!!」


 と枢機卿は資料を拾い上げてビリビリと破る。


「私は長年フェノー教に尽くしてきた公国最高位の教徒だ! こんな資料誰が信用する!! お前達のようなどこの誰と寝ているかもわからない阿婆擦れに!!」


 とここで枢機卿の周囲から音が消える。



 重厚な執務机が文字通り吹っ飛んできたからだ。



「……ぇ」



 凄まじい音ともに壁に執務机が叩きこまれる。


「…………」


 枢機卿は、へなへなとへたり込む。


「あぁ、よくない、よくないですね、猊下」


 なぜ今まで気が付かなったのだろう。


「まあでも、今後の猊下の運命を考えれば、今の失言はこれでチャラにしてあげましょうか」


 世界最高位のクラスS。


「ガクツチ・ミナト、、」


「お久しぶりですね猊下、公爵閣下主催の社交以来ですか、さて話の続きといっても、もう終わっている話なんですよ、そう、もう、終わっている話、、、」


 俺は懐からあるものを取り出しつかつかと近づく。


 虹色に光り輝く名刺大の大きさ。



 これはエンブレムカードだ。



 俺はさらさらとエンブレムカードにサインをすると。


「はい、あーん」


 顎を掌で押す形で強引に口を開けさせて、ねじ込む。


「がっ、がっ!!」


「おっと、吐き出さないくださいよ、吐きだしたら何度でも入れる、俺のサインが入った本物のエンブレムカード、貴重ですよ」


 ここで俺はジウノアに目配せをして彼女は枢機卿に手をかざし


「おやすみなさい、枢機卿猊下、良い夢を」


 と睡眠魔法をかけて、そのまま眠りについた。


 それを見届けたアマテラスのメンバーは。


「それでは、ごきげんよう」


 と誰に挨拶するまでもなく、4人ともにテラスに立ちすっとそのまま飛び降りる形で100メートル下の闇へ消えていった。





 クォイラがかけた睡眠魔法が解けた本山、全員が目が覚め枢機卿座は大騒ぎになっていた。



「はやく憲兵を!!」

「医者はまだか!?」

「息はあるのか!?」



 修道士たちは辞退の把握に慌てふためき、大騒ぎになっている横で。



「お、おい、これ、クラスBの魔物と通じていたって」

「しかも数十人単位で共謀していたって」

「これが本当なら大変なことに」



 資料を読んで顔面蒼白になっている下位聖職者。



 そして責任者である高位聖職者たちは釘付けになっている。



 それは失神した状態の枢機卿の口にねじ込まれていたエンブレムカードだ。



「このエンブレムカード、、、!!」

「まさか!!」

「まちがいない!! これは!!!」



 と口々に話している時に高位聖職者たちは、いつの間にか誰も口が開かず静まり返っていることに気が付く。



 どうしたのだろうと思い、視線を移し。



 とある中年男性をみて、凍り付く。



「ど、どうして?」



 誰が言った分からない。




 そう「どうして?」が正しい。




 誰かなんて問いかける必要はない。




 彼は公国運営においてのありとあらゆる汚れ役を天職とまで言い放ち、恨みは数えきれないほど買い、誰に殺されても不思議に思われないどころか「死んで当然」「報い」と言われる。




 そんな彼を「讃える言葉」は枚挙に暇がない。





――悪魔





 それは彼の讃える言葉の代名詞。




 名前はクロルソン・アーロッド





 ルザアット公国の最高位貴族であるアーロッド公爵家当主。





 ルザアット公国の頂点だ。





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