第26話:クォイラと社交界と日常へ・後篇


――大家さんがいなくなった直後



「ってクォイラもタイミングよく来てくれたのよな、ちょっとびっくり、確か社交じゃなかったっけ?」


「早めに切り上げてきました、貴方の顔が見たくなったので」


 トゥンク ←ガクツチ


 やだ! 男前!


「ふっ、そこまで言われちゃあ、このまま帰したのでは男が廃る、ちょっと待ちたまえよ~♪ 久しぶりの異世界ベルムス巻、からの~」


 ささっと目玉焼きを焼いて乗せる。


「完成! 異世界ベルムス巻、ラピュタバージョン ~あれは反則だと思うの!~」


「ラピュタ食いでしたか、パンに目玉焼き乗せただけじゃないですか」


「お前は何もわかってない! これだけで浪漫が分かるのが日本人なの!!」


「日本人じゃないので」


「まあ細かいことはどうでもいい、さあパズーのように、いっきに口の中に放りこんで食べるもよし! シータのように少しづつ食べるのも良し! もぐもぐ、美味い! 涙が出るほどに!!」


「パンが、固いですね」


 と文句を言いつつも食べているクォイラ。


「よっしゃ! もう一個作ろう!! クォイラも食べたければ言ってくれよ! いやぁ素晴らしい、家賃が一ヶ月浮いたおかげで、豪華飯を食べることができるのだ!」


「豪華飯ですか……」


「うまうま! うまうま!」


「…………」


「うまうま! クォイラ」


「なんです?」



「何回でも言うぞ、何があっても、俺はお前の味方だからな」



「っ、なんです急に」


「嫌な事があったんだろう、社交で」


「……社交で嫌な目にあうのは、いつもの事ですし、セシルに絡まれただけです」


「アイツか、全くアマテラスに手を出すなというのに」


 もぐもぐと食べていると。


「お疲れサマンサ~、やっと終わった~」


 とティンパファルラが帰ってきてひょいとベルムス巻を取り上げて口に放り込む。


「あ! お前! 折角ラピュタ食いしようと思ったのに!」


「もぐもぐ、まあまあだね」


 とどかっと座ると話を続ける。


「ガクツチさ、ちょっと聞こえたんだけど、君はセシルの話題が出てもそんなに興味を示さないんだね」


「? そんなことはないぞ、お前らが手を出されないかどうかはヒヤヒヤしていたぞ」


「…………」


「…………」


「いや、だから示してないじゃないか」


「へ? そう? ああ、冒険者としてってこと? うーーん、クエストを通じての活動も被ることが無かったし、思えば競ったことは無かったなぁ、あ~でも、向こうは俺のこと嫌ってるかも」


「どうしてそう思うんです?」


「ほら、お前らも知ってのとおりさ、社交やら何やら上流の繋がりを全部アイツに押し付けただろ? クラスBの時に無視し続けたら、ま~面倒だったよな? だからだったんだけどさ、俺は凄い助かったんだけど、思えば悪いことしたなと」


「ガクツチ、それは貴方が考える逆の意味で恨みを買っているかもしれませんね」


「逆?」


「本来なら、皆それを欲するんですよ、クラスBになり有力者と関係を築き、クラスAで貴族の下地を作り、クラスSで貴族として世界を相手にして、地位と名誉を得たいと」


「別にそれ、あんまり必要じゃなかったからなぁ」


「それは貴方だからですよ、セシルからすれば、手柄を譲られたと解釈してますよ」


「というか、アイツは確か財閥の御曹司かなんかだろ? だったらいらないじゃないか、地位とか名誉とか金とか、最初から持っているじゃん、しかも女も多数いるし」


「我が公国が貴族で統治されている社会なのは知っていますね?」


「ああ、もちろん知っているけど」


「どんな財閥だろうと、貴族ではない以上は被支配者階級なんです」


「…………」


「爵位を与えられて初めて支配者階級だと認められるのですよ。だからこそセシルがクラスSに昇格して男爵として爵位を得た事は財閥の長年の悲願だと言われていました」


「はーー、でも成り上がり貴族ってめっちゃ馬鹿にされそう」


「ま、そういう風習はありますね」


「そういえば俺も一応男爵なんだよな」


「ふふっ、そうですね、それもどうしようもないですね」


「ってあれ? 今の俺の爵位って剥奪されていないの?」


「されていませんよ、ガクツチ卿」


「い、いやな呼び方。ほーん、本当に俺にとっては不必要な物だったな、ま、多額の報酬は本当に助かったけど、これだけはクラスSでマジでよかった点だよなぁ」


 金。


 これがあれば出来ないことがほぼ無くなる。


 世知辛いと思うし、不潔感を感じる方も多いかもしれないが、金は力だ。


 金持ちってのは、御馳走を食ったり、豪華な衣服や貴金属や豪邸を構えるって訳じゃない、まあハッタリをかますうえでは必要だし俗な願いだってもちろんあるから、これも立派な力ではあるけれど。


 その部分もまた機会があれば語っていくことにするとして、俺にとって冒険者の強さは冒険者のクラスの信用と金の力だと思う。


 でもそんな考えは少数派で、確かに浮いていたなぁ。


 まぁ、俺の場合はチートを持っていたし、仲間にも恵まれていた部分もあったけど。


「ガクツチ」


 今度はファルが問いかけてくる。


「なに?」


「さっきセシルがアマテラスに手を出されてないかとヒヤヒヤしたとか言っていたけどさ、もしボクたちがセシルになびこうとしていたらどうする?」


「全力で止めるし絶対に許さない」


「え!? そうなの!?」


「当たり前だろーが、俺にはお前らが絶対に必要だ、絶対に失いたくない。言っておくがマジだからな? まあアマテラスに入ったのが運の尽きさ、イケメンに縁遠くなろうが知ったことではない、けっけっけ」


「……本当にガクツチってボクたちの事大好きだよね?」


「当たり前だろーが」


「…………」


 ファルは呆れたような目でクォイラを見る。


「どうする、この浮気者を」


「度し難いのは今に始まったことではありませんよ」


「う、浮気者って」


「さて、クォイラさ、これからボクは潜ろうと思っているけど、例のブツは?」


「はいはい、貴方の部屋は用意しています。思う存分どうぞ」


「いやぁ、久しぶりに知恵の樹の深淵へもぐることができるなぁ」


「というよりもよく平気ですね? 私も少し体験しましたが頭がパンクしそうになりましたよ、深淵なんて考えられません」


「まあ、そこは才能かな、はっはっは」


 知恵の樹。


 こちらの世界で例えるとインターネットと訳するのが一番近い。この世界の魔法技術については機会があれば語るとして、情報の坩堝と言われ、アクセスレベルが高ければ高い程、得られる情報も多くなる。


 その代わり、アクセスレベルが高くなれば脳への負担が大きく、クォイラじゃないが、俺も一度体験したけど頭がパンクするとは本当にそう思った。


 んで先ほど会話に出てきている「深淵」とは最高位アクセス権の意味。


 だがほぼ全ての人間にとって無用の長物だ、原則使えない。だけどファルは、深淵が心地よいそうだ、だからまあ、確かに才能なんだろうな。


 ちなみに、深淵にアクセスできる才能がどれだけ凄い事かというと、深淵レベルにアクセスできるだけで世界の頭脳集団、賢人会に入会が認められるほどだ。


 そんなファルは、アマテラスの中では情報担当だった。


 情報。


 一言で表現できても、質や範囲が広大すぎて定義は出来ない。


 だが俺が上流を頼らずに活動できたのはファルの功績が大きい。


 例えばとある有力者絡みの事案が発生した時、極端な話性癖ですら把握することが可能だ、公式データ以外の情報は生命線になりうるのだ。


 ちなみに知恵の樹のアクセスは何処からでもできる訳じゃない、原則として学術機関にアクセス装置はあるが、クォイラが取り寄せたらしい。


「~♪ てなわけで、思う存分楽しむか、じゃあねガグツチ」


「はいよ」


 と言いながら2人は事務所を後にした。


「…………」


 なんだかんだでアイツラといると本当に落ち着く、いい仲間に恵まれたものだ。


 仲間、仲間か。


「アイツは元気してるかな」


 と言いつつ俺は冒険者新聞を広げる。


「ほーん、今度はセシルは人妻冒険者に手を出したのか~、日本なら大炎上だね~」



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