第12話:はじめてのくえすと・前篇
それは穏やかな日々。
ここは、場末のギルド、ジョー・ギリアン、そこには珍しく女の客が来ていた。
「ストーカーということは、つまりは、あのー、護衛クエストと解釈して、よろしいでしょうか」
「違います! 何度言ったら分かるんですか! 私は嫌がらせされているんです! これは立派な殺人未遂でしょう!?」
「はあ、その、実害はあるんですか?」
「憲兵みたいなことを言うな!! あの税金泥棒みたいな奴と冒険者は違うだろう! だからきたのよ!」
「あー、そうですねー、でもですね、狙われているのなら、そのまずは誰なのかをまず~」
「それを調べるのはお前の仕事だろう!」
「あ~、となるとウチでは扱えないですね~」
「ちっ、貧相なギルドくせに」
と立ち去った。
「うっさいブス!! ストーカーもお前をストーカーするほど暇じゃねえよブス!! そんなんで憲兵動かそうとするお前が税金泥棒だブス!!」
まったく、この場末だとロクな奴が来ないな。
前にも触れたが、冒険者にクエストは個人で依頼することはできる。
個人の依頼は報酬の中抜きがないため美味しいけど、信頼関係がないと個人の依頼なんて来ないし、あんな勘違いした輩も多い。
ギルド経営は、成功すれば滅茶苦茶儲かるのは確かだ。だけど大半は今みたいに武家の商法みたいな感じで貧乏経営だし、廃業も多い。
それなのに冒険者に加えてギルド経営なんて手を出したのか理由は、冒険者の界隈について情報が入ってくる点にある。世界ギルドから発行される日報だったりで情勢をいち早く知ることができるのだ。
更に世界ギルドの指示さえ聞いていれば、初回登録料及び日報、つまり冒険者新聞代だけ払えば、後は維持費は事務所の家賃で終わるから住居を兼ねている俺にとってはそんなに悪くないのだ。
それにこの新聞は会費代わりとはいえ質が高い。冒険者情報だけではなく世界情勢だって記載されているし色々と役に立つ。
更にクランの募集だったり、クエストの募集だって掲載されている。
俺が前回の護衛クエストで応募したのは、地方版のクエスト募集の欄を見たからだ。
「ふむ、セシルは今、ここの都市に来ているのか」
冒険者新聞は、元いた世界の新聞と構成が一緒、一面を飾る大きな記事はクラスSを始めとした有力冒険者が主役だ。
セシル・ノバルティス。
ルザアット公国に存在する俺と同じ最高位のクラスS冒険者、ちょっとしたことで常に衆目に晒される。
ふむふむ、この都市への来訪目的は不明か、まあそうか、動きは派手でも秘匿だらけがクラスSだ。
「ほーん、セシルさんは相変わらず女好きやなぁ」
続いて俺が読んでいるのは3面記事、つまり下世話な話題を扱う記事だ。
ちなみにセシルは1面でも3面でも常連さんだ。
しょっちゅう女絡みのスキャンダルで賑わせるイケメンヤリチン君、今回のお相手は、おおう、40代の中堅女優とはまた、この間は10代の美少女吟遊詩人だったよな。
セシルは、自らのクランを募集することもたまにあるけど、仲間は女限定で、更に全員自分の女にしているのは周知の事実。
んで見てのとおりそれでも飽き足らず数々のスキャンダルを起こすも女性人気が衰える様子はない、女って好きだよなぁ、イケメンヤリチン。
とはいえただの女好きじゃない。
冒険者としての腕は、次元を超えたと称されるクラスSに違わぬ腕を持っている。しかも俺とは違い政治手腕も持っており、公国の頂点に君臨する公爵閣下殿のお気に入りであり後ろ盾、だから公国ナンバー1の冒険者は彼を推す声が大きい。
同じクラスSだから俺とも絡むことがあったけど、仲は良くも悪くもない感じかなぁ。それこそ下世話に色々と騒がれたけど別に敵対しているつもりはなかった。
ただ俺は政治が本気で嫌だったから、政治的面倒事が発生するとセシルに全部押し付けていたんだよね。
だからセシルは俺のことを余りよく思っていない、そりゃそうだ、いや、悪いとは思っていますよ、ごめんねセシル。
ふむふむ、スキャンダルの他は公国の各有力クランの動向とかも、ほほう、あのクラスAのクランが新入団募集試験開催か、これは倍率が高そうだな。
「む!」
ほほう、そのクランの新入団の応募に冒険者一美少女と名高いリメイちゃんが応募するのか。
ふひひ、この腰の細さがなんとも。
「ねーねー、おじさん、この女冒険者の人、おっぱい大きいね」
「甘いな坊主、俺の仲間が言っていたが、こういう外側から見るおっぱいって好きなだけ盛れるから余りアテにならない、というか俺はおじさんじゃなくてお兄さん、、、」
と新聞を覗き込んでいる10歳ぐらいの男の子がいた。
「って果物屋の坊主か、どうした? というかここは子供の遊び場じゃないぞ」
「誰もいないじゃん、オジサンが働いているところ見たことない」
「ぐっ、誰もいないが働いていない訳じゃない、遊び場じゃないの!」
「遊びに来たんじゃないの! 冒険者になりに来たの!」
「冒険者?」
「なれるんでしょ? ギルドに行けばなれるって!」
冒険者の登録条件。
特に条件は無く、ギルドマスターの裁量に委ねられるが。
「駄目」
「なんで!? どこもそういう!」
「冒険者は危険な職業なんだ、知ってるか? この間も護送クエスト中にコボルトに襲われて冒険者が食われたんだ」
「…………」
「ま、自由とやりがいは認めるがな、ちゃんと飯食って勉強して体大きくしろ、そしたらもう一度来なさい」
「やだ!!」
「あのね」
まったく、本当にロクな客が来ないなと思った時だった。
ギルドのドアが開いて、今度は同じぐらいの女の子が入ってきた。
「ねー、冒険者になれたの?」
「も、もちろんだよ! もうすぐなれるよ!!」
「ホント? 危険な男の人ってかっこいいからね!」
「うん!」
と胸を張る男の子。
(ふーーーーん)
なるほど、なるほど、そういうことか。
「坊主、話だけ聞く、冒険者になってどうするんだ?」
「クリコの花! それを取ってくるの!」
「クリコの花か」
薔薇に似た花で縁結びの花でもあるから、女性人気が高い。
ただ過酷な環境にしか生えないから栽培が出来ない花、群生地はいくつか知っているが、一番近い場所なら子供の足でも行けるがその代わり魔物が割と出没する。採取クエストとしての難易度はクラスD、つまり1人前じゃないと駄目だ。
本来なら、入門クエストに採用できるレベルじゃない。
うーーーーん、まあ、好きな女の子の前でカッコつけて強く見せたい男の子の気持ちは十分すぎる程わかる。
「なあ坊主、冒険者は1人でやるのはあまりお勧めしないが」
「1人じゃない! 一緒に冒険して花を摘みに行くの!」
「一緒か~」
つまり、好きな女の子を連れてのクエストにかこつけた、デートの様なものか。
(うーーーーーーーーーーん)
まあ、となると~。
「わかった、冒険者にしてやる」
「ホント!?」
「だが冒険者になるには入門クエストをクリアしなければならない。しかも入門クエストは無報酬、何故なら適性のない人物は振り落とす事と契約の乱用を防ぐためにな、それでもやるか?」
「やる!」
「わかった、なら今回入門クエストにはクリコの花の採取にしようか」
「クリコの花は貰えるの?」
「先ほど無報酬と言ったが、金銭的に無報酬というだけで、クリコの花自体は、副報酬として認めよう」
「わかった! ありがとう!」
「それと坊主、危険な男ってのは、危険について臆病で慎重であることだ、わが身を顧みず、何てのはタダの馬鹿だぜ」
「えー、ださいよ」
まあ、そうだよなぁ。
「なら、通信魔法道具を貸してやる、何かあった時、必ず俺に連絡しろ。冒険者とギルドの関係は一対、安全確認は義務だ、高位冒険者程、そこをちゃんと守るぞ。これもダメなら冒険者の話は無しだ」
「わかった! 頑張る!!」
と意気揚々と女の子に自分が冒険者になったことを報告して、次のデートの約束を取り付ける。
(しょうがいなぁ、もう)
そんな訳で「はじめてのくえすと」がスタートしたのであった。
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