第11話:クラスD冒険者の日常・後篇
ピグは急いで正門の外へ出ると、そこには殿班がいた。
「……班長、被害状況は?」
「まずクランの1名が逃走、同様に1名、例の追放したアイツの2名が逃走」
「…………」
「そして交戦のさなか、数は増え続けてコボルトは60体にまで膨れ上がった」
「ろ、ろくじゅうだと、だ、だが」
「ああ、我が班の損耗状況だが」
班長が報告する、結果、俺が所属する殿班の損耗状況は以下のようになった。
班長:D級冒険者(所属ネンゼ)・生存・重傷(命に別状なし)・
副班長:E級冒険者(所属ネンゼ)・生存・無傷
班員:E級冒険者(所属ネンゼ)・逃走・生死不明
班員:E級冒険者(ソロ)・逃走・生死不明
班員:E級冒険者(ソロ)・生存・重傷(命に別状なし)
俺:D級冒険者(ソロ)・生存・無傷
「逃走した2名にコボルトの1部隊が追いかけて行った、おそらく生け捕りにされて食料にされると思われる。すまない、それと副班長は、魔力の限界を超えて使わせて気絶したが命に別状はない」
「いや、よくやってくれた。まあ、コボルトの異常行動やらで色々根掘り葉掘り聞かれると思うし、作る報告書も大量になるけどな、早速資料を作る、班長と副班長は俺と来い」
ピグは、そのまま俺達に話しかける。
「お前らもよくやってくれた、怪我のある冒険者は病院に行き手当てを受けてくれ、問題ない冒険者は宿屋に部屋を用意するからゆっくりと休んで欲しい」
「おい!!!」
会話を遮る形で生き残った冒険者の1人が掴みかかる。
「なんなんだよ! なんなんだよ! お前は!! 仲間を見捨てるような真似をしやがって!! それでも人間かよ!!!」
「なんだ? 俺の判断に文句があるのか?」
「当たり前だ!! 生け捕りにあった1人は俺の友人だったんだ! 早く助けにいくぞ!! それがお前の責任だろうが!!」
「助けにはいかない、素人は黙ってろ」
「て、てめえぇ!!」
「辞めておけ、お前じゃ俺には勝てない。それにお前の横にいる、ギリアンといったか、コイツは納得している様子だが」
「な!?」
勢いよく俺を見る、まったく、こっちに振るなよ。
「納得というか、一つだけ確認だ、護衛対象は大丈夫なのか?」
「もちろんだ、傷一つなく無事到着、クエストは成功だ」
「ならよかった、後は特にねえよ」
「良かったってなんだよ! 俺達は死にかけたんだ! 見捨てられた!! そして仲間も捕まった! しかも助けない! これは問題だ! ギルド裁定所に訴えてやる!!!」
叫びながら涙を流す冒険者。
俺はため息をつくとピグに話しかける。
「ピグさんよ、こういうフォローは俺じゃなくて今回の依頼の頭でありクラスC冒険者として、クラン長としてアンタの仕事だと思うが」
俺の言葉にピグは舌打ちをすると冒険者に問いかける。
「おい、あの時、コボルトの異常行動に気付いたか?」
「え? あ、ああ、なんかそういう話だと」
「そうだ、アレは「異常行動」だ、意味は自分で調べろ。コボルト自身はクラスEだがクラスに関係なく異常行動をする群体だと分かれば危険度は跳ね上がる、となれば最善の策は何だ?」
「そ、それは! 効率的に撃退を!」
「馬鹿かお前は? 護衛対象を100%安全に送り届けることだ、忘れたのか? 俺達が請け負ったのは討伐クエストじゃない、護衛のクエストだぜ」
「っ! な、なら、その「異常行動」が確認できたのなら原因を!」
「それは異常行動の確認がクエスト攻略の必須であった場合だ。あの時分かったのは人間を食料としてみなす事、なら護衛対象もまた危険だという事だ。そして異常行動の原因は現場ではわからなかった」
「じゃあどうするんだよ!! まさか放置するのか!!」
「だから今から班長と副班長と俺で緊急合議を開き、ギルドに報告するんだよ。早くあの道は封鎖した方がいい、後のことは、それこそ公国の仕事だ。その為に早く報告に行かなければならないのに、お前のせいで現在進行形で遅れている。それこそ知らない奴が道に出てコボルトに捕まったらお前は責任取れるのか?」
「そ! そんな!」
「それでも気に食わないならギルド裁定所でも何処にでも訴えるがいいさ。とはいえ我がクランから逃走者を出したとしてどの道俺は責任を問われることになる。その賠償責任は発生する、その権利はもちろんアンタにある。対応については契約している法律家が対応する」
「……うう、ううぅぅ~」
がっくりと項垂れ嗚咽を漏らす冒険者。
言い方はともかく、内容はピグが全面的に正しい。
冒険者の殉職。
まず初めに言うが滅多にない、でも必ず発生する、それが殉職。
もちろん冒険者は危険な職業だ。
だから死ぬことも日常なのかといえば、全く違う。死んで冒険者を終える人物よりも生きて冒険者を終える人物の方が圧倒的に多い。
みんな勘違いしがちだが、危険な職業に就く人物は、危険をよく理解しているからこそ危険に対して他の人物よりも慎重で臆病だ、だからこそ「滅多にない」のだ。
それに護衛クエストについては冒頭でも述べたとおり、多数応募して抽選になるぐらい「危険は少ない」クエストなのだ。
(だから、その危険をつい、忘れてしまいそうになる)
これが班長が言っていた冒険者の心構えだ。
逃げた冒険者にかける言葉は、その心構えが足らなかったということだけだ。
だからピグのやり方はともかく、心構えが出来てない冒険者をちゃんとクビにすることは正しいことだ、その温情措置に自分を顧みないアイツが悪い。
俺自身、何も語ることはない。
折角だからホヴァンとパーッとやるか、と思ってその場を立ち去ろうとした時だった。
「ちょっと待った、お前は何かないのか?」
今度はピグが俺を引きとめる。
「何かないのかってのは、どういう意味だ?」
「言っただろ? 逃げたウチの1人は、俺のクランだと言っただろう?」
「……あぁ、なるほど」
信用失墜行為。
先ほどの賠償云々の話だ。
冒険者登録をするにあたり、誓い、つまり服務宣誓を課せられ、法的義務を負う。
よく異世界物である「ならず者の冒険者」の存在は、世界冒険者ギルドが結成されても長年の悩みの種であった。
護衛クエストを依頼したはいいが、その冒険者自身に襲われたりと本末転倒な事態を引き起こすようでは話にならない。
だから冒険者登録をすることで法的義務と「楔」を打たれるのだ。
逃走は、もっとも重い罪の一つ、裁定所に報告されて、鉱山での労働といったそれこそ危険な労働に従事させられる。
今回は逃走した冒険者はおそらく食料にされて食われるから個人の責任の話はそれで終わる。
そしてもちろん逃走する冒険者を出したクランも責任が問われる、この場合の被害者は同じチームを組んでいた俺という事になるのだ。
「俺は報酬さえ受け取れば文句はないさ」
多くは語ることはないと俺は帰ろうとした時。
「お、おい、あんた、本当にそれでいいのか? 納得しているのか?」
今度は生き残った冒険者が話しかけてくる。
「納得? そんなものはどうでもいいさ、アンタも好きにしたらいいのさ、それが冒険者だよ」
「それが、冒険者? こんなのが? 生け捕りにされた俺の友人はどうなる? 見捨てるのか?」
「そうだよ、これが冒険者だ。しかも今回は危険手当と交戦手当の査定も入る、最も危険な場所にいた俺達の手当の査定結果はかなり良い筈だぜ、がっぽり報酬が入る」
「金で解決するのかよ!」
「プロとアマチュアの違いはなんだ?」
「え?」
「だからプロとアマチュアの違い」
「そ、それは、能力や覚悟とか」
「違う、正解は金が発生するかしないかだ。それだけだよ」
「…………」
っとちょっと、やばい、俺も言葉がきつくなった。
「すまん、俺も少し気が立っている。じゃあな、冒険者を続けるのなら、ギルド・ジョー・ギリアンを選択肢の一つによろしく、クエストの手厚いサポート、冒険者登録をするのなら今なら洗剤をつけるぜ!」
と踵を返そうとした時だった。
「ギリアン、もう一度いいか?」
再度ピグに呼び止められる。
「なんだよもう、何度も言ったとおり別に俺は賠償金は」
「副班長が無傷なのは、アイツが回復魔法使いであることを知っていたからだな?」
「……ああ、なるほど、ピグさんよ。あのタイミングで副班長を回復魔法使いだとクラン情報を提示ししたのはナイス判断だったと思う。あの場ですぐに生存優先順位を明らかにしてくれたのは凄く助かったよ、それに別に言いふらしたりはしねえよ」
「そうじゃない、班長の判断は最良の判断だよ。俺が言いたいのは、班長が重傷で副班長が無傷なのはアンタの手柄じゃないかってことを聞きたいのさ」
「手柄でも何でもない、あの場で回復魔法使いはレアな上に生命線だからな」
「なるほど、なら質問を変える、班長が重傷を負いながらも、アンタは班長の助けに入らなかったじゃんないか?」
「当たり前だ」
「それを当たり前と認識し実行できる冒険者は本当に少ない、更に守りながら戦うってのは、相当な力量だ」
「何が言いたい?」
「スカウトだよ、口説いているのさ、俺のクランに入らないか?」
スカウト。
クランの入り方は色々ある。自分で結成したり、金で雇ったり、今みたいにスカウトでもいい。
有力クランになる場合は、入団資格が必要だったり、入団試験なんてのも存在する。もちろん引き抜きだってある。
まあ、高く評価してくれるのは分かったが、このスカウトには。
「能力の評価は素直に感謝しよう、だが俺は都市周辺でのんびりやるソロに向いている。また何かあったら声をかけてくれ」
「わかった、それと今後、俺が主体で今回みたいなクジ抽選になった時、アンタが参加するなら別枠を用意するようにギルドマスターに伝えておく」
「それはマジで助かるな、こちとらは年中素寒貧なんでね」
と言い残し今度こそ、その場を後にした。
●
査定終了の報告を受けて、ギルドから証書と代わりに現金を受け取る。
「お、ギリアン!! なんだそりゃ!」
隣にいた、ホヴァンが話しかけてくる。
今回は、それこそ殉職者が出た危険なクエスト手当、結果的に安全な班にいたホヴァンの倍出た。
一見して大金だが、、、。
「これが俺の命の値段か、そう考えると安いよなぁ」
俺の言葉に神妙な表情になるホヴァン、当然に俺の班のことは知っている。
「……まあな、でも、やりがいというか、充実感というか、達成感が、いいんだけどな、だから冒険者は辞められない、だろ?」
「ま、おっしゃるとおり、さーて、何か食いに行こうぜ!」
「当然お前の奢りだよな!?」
「ざけんな!! 割り勘だよ!!」
とわいわい騒ぎながら喧騒の中へと消えていく。
これがクラスD冒険者の日常だ。
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