第5話:冒険(あそび)の誘い
「今回の依頼は国境付近に出る、クラスC魔物の討伐ですね」
「国境付近? 軍人たちがいるだろう? そいつらにやらせればいいんじゃないか?」
「隣国との緊張状態が続いているとかで、人手が全く割けないそうです、いつもの建前ですよ」
「なるほど、だから冒険者に依頼するわけか」
国の仕事に当然、治安維持の仕事が含まれる。
魔物討伐は、国から依頼されるメジャーな依頼の一つで、冒険者と聞いて想像するのはまずこの討伐依頼だ。
だが国境付近の魔物となれば、どちらの国も討伐しなければならない義務があり、状況に応じて協力しなければならない。
だが緊張状態お互いにそんなことはしたくないし、とはいえ他国に追っ払ってもらったなんて借りも作りたくない、じゃあ自国だけで討伐すれば今後も押し付けられる。
だから中立である冒険者にやらせる、クォイラの建前とは、そういう意味だ。
「クォイラ、この依頼、公国からの秘匿指定が来てるか?」
「はい、3級秘匿指定が来ています」
秘匿指定依頼は、上記の建前を守るための他言無用の制約が課せられる。
まあ言うても、3級秘匿指定は「公然の秘密」というレベルだけど。
「討伐に伴う副収入は?」
副収入、クラスC以上は高難易度のカテゴリーに入る。
んで今回のような高難易度魔物は、大体が高く売れる部位を持っている。討伐に際して売り捌き利益を得ることを「役得」として認められるかという問いだ。
「もちろん認められます、お好きにどうぞ」
「この魔物は牙と角と肉が高く売れる! 金と腹を満たす依頼! これは儲け依頼だ、うっしっし! さあ行こう! 俺の戦いはこれからだ!」
と準備を始める。
「あそこの街の山の幸が美味いんだよな~、クォイラ、今回の礼に土産は買って帰るぞ~」
「私も同行しますよ」
「え? まあいてくれた方がめっちゃ助かるけど、となると報酬は山分けだな、いやぁ懐かしいなぁ、こんな報酬どうするかって話は」
「いりませんよ」
「い、いや、それは」
ここでこれ見よがしにため息をつくクォイラ。
「まだわかりませんか? 私は貴方を冒険(あそび)に誘いに来たんですよ」
「…………」
遊びか、、、。
「確かに冒険ってのは準備も楽しいからな」
「アマテラス時代は、楽しかったですから」
アマテラス。
俺が異世界に来て、クラスCに昇格して、結成したクラン。
クォイラの仲間ってのはそういう意味、俺がクラスSに昇格した事で知らない人はいなくなってしまって、現在は俺が失踪したことによる活動停止、この名前で動けば大変なことになる。
「アイツら、元気しているのかな」
アイツらとは元のアマテラスのメンバーの事だ。
「元気にしていますよ、連絡は頻繁に取り合っていますので」
「そっか」
元クラスSのクランのメンバーとなれば、働き口にも困らないだろう。それに逞しい奴らばっかりだし。
「……すまんな」
「別に好きでやっているので構いません、それよりもガクツチ、本当にクラスSに未練はないのですか?」
「…………」
「クラスS時代の貴方は全てを持っていたじゃないですか。男にとって地位と名誉と金は望むものではないのですか?」
「……地位も名誉も金も、そりゃあ望むものではあったさ、冒険者を続けていく上で、全てを手に入れた自分って奴に憧れていたのは認める、だけどそれは憧れだったて話だったんだよ」
「え?」
「与えられた爵位もしがらみとしか感じない、与えられた領地経営なんて自分の都合のいいようになるわけない、名誉なんてもただの紙切れ、得たところで何かかが変わったわけでもない。贅沢な暮らしもすぐに飽きたし、そもそも金なんて使う必要すら感じなくなった。まあ金は便利な道具ではあったから、そこは不便しているかな」
「…………」
「誤解すんなよ、クォイラ達と冒険は本当に楽しかった。そういう意味においては未練は凄くある。だからこんな失踪なんて勝手やっても、こうやって遊びに誘ってくれるクォイラのことはマジで大事だと思っている、だからお前に何かがあった時、万難を排するとまではいかないが、守ってやるよ」
俺の言葉にクォイラはおかしそうに笑う。
「まあ、そんな貴方だから、なんでしょうね、今はヒモですが」
「ヒモじゃない!」
「まあ、そんなに私のことが大好きなら仕方がありません。いつものとおり「カミムスビ」で受けますよ」
カミムスビ、アマテラス活動停止後、クォイラが結成したクラン。
クォイラ自身もクラスBとして冒険者登録をしている。
そして、今の俺はジョー・ギリアンとしてクラスD冒険者として活動しているとは繰り返し述べたが、もう一つの顔にクォイラが結成しているクラン「カミムスビ」の「非公式メンバー」として活動していることだ。
ちなみにこんな感じで顔と名前を変えたからと言って、複数の冒険者籍を持ったり、自分のクランメンバーじゃない人間と一緒に冒険者活動をするというのは、信用失墜行為として重罪である。
不正を防ぐための身辺調査は行われる、上位ランクであればなおさらだ。
そこはクォイラに子爵家の令嬢という地位を利用して、色々と裏技も使ってもらった。
とまぁ、こんな感じでアマテラスの中で唯一の貴族であるクォイラにはこんな感じで世話になりっぱなしだ。
だからクォイラは表向きは「冒険(あそび)」のためと言っているが。
(まあ、何となく俺の為じゃないかなと勝手に自惚れている)
クォイラは周りは「冷たい」とか言う奴もいるけど、優しい女だ。
「お前は本当にいい女だよな、ありがとな、よろしく頼む」
「はいはい、それでは、いきましょう、私の家に」
「家に? 今から? それに男の俺が来るのは問題があるんじゃ」
「大丈夫です、友人として伝えていますから」
「うーん、それでもまずいと思うぞ。女は馬鹿にするけど、貞淑って男にとっては軽くは見れないぞ」
「私に求婚するような物好きはいませんよ」
「見る目がないだけだと思うがな」
「…………」
「なんだよ」
「いや、ヒモ養ってる貴族令嬢とか無理でしょう?」
「それはお前が勝手にやっていることで(#^ω^)ピキピキ」
とまあ断りすぎるのもあれか、四の五の言ってもしょうがない「わかったよ」と立ち上がったところでじっと俺を見る。
「え? なに?」
「何してるんですか?」
「?? 何してるんですかって、お前の家に」
と遮るようにクォイラはすっと大家さんが持ってきた荷物を指さす。
「荷物」
――アルスフェルド子爵家・別邸
王国貴族は、直轄領を公爵より管理を命じられる。
本邸は、公国首都にあるが、貴族としての活動の為に別邸をいくつも持っている。
クォイラは、俺が住んでいる都市の別邸を拠点にしている。
思えばクォイラとは仲間だけどクラスS時代は、クォイラの貴族令嬢という地位を利用した事がなかったから、別邸に来ることも余りなかった。
上流との繋がりか、今も昔も頓着しないなと思いながら別邸に入ったものの。
「ヒモだって」
「え? 全然イケメンじゃない」
女性使用人からは蔑まれ。
「男として終わっているな」
「財産目当てか、クズめ」
男性使用人からも蔑まれる。
「プルプル」←必死に屈辱に耐えている。
我慢、我慢だ、マジでヒモだった時なんてない、俺は自立自活している男、ヒモじゃない、マジでヒモじゃない、だが、ヒモじゃないなんて台詞はここでは無意味だ、我慢我慢我慢我慢我慢。
そんな俺を尻目にクォイラは、近くにいる使用人を呼び止めると。
「ガクツチ、野菜を渡してください」
「我慢我慢我慢、え? ああ」
と渡すとクォイラはメイドに命じる。
「下ごしらえをお願いします、間もなく冒険に出かけてきますので」
「畏まりました、クォイラお嬢様」
とゴミを見るような目で俺を見るメイド。
「さて、部屋に行きましょうか」
とクォイラの部屋に入った。
「はー」
それにしても広い豪華な部屋だ、クォイラは「着替えるので待っていてください」と衝立の向こうに消える。
来ている服が上にかけられ、衣擦れの音が聞こえる。
「…………」←ガクツチ
ふん! 別に想像なんてしていないもん! クォイラは仲間だからな!
そして冒険服、機能性重視の服に着替えてきた。
「あ、お前それ、まだ使ってたのか?」
それはアマテラス時代に俺が買ってあげた奴だ。
「ボロですけど、とにかく丈夫ですし、何よりこれを着れば、貴族とは分からないですからね」
「そっか~、俺は、別荘にほとんど置いてきたからなぁ」
「さて、後は下ごしらえが済んだ野菜を受け取り、出かけましょうか」
と何処か楽しそうなクォイラ。
こんな感じはアマテラス時代を思い出す、、、、。
「ってちょっと待った、あのさ、お前さっき、家の者は友人が来るとか認識されているとか言っていたなかったか? どう考えてもヒモ扱いされていたし、そもそも論として、この場で俺がいる必要性ってそんなにないような気が、荷物持ちにしてもなんで?」
俺の問いかけにクォイラはくすっと笑う。
「それですか、ほら、この部屋までに来るまでの間、ガクツチはヒモとして軽蔑されていたじゃないですか?」
「……ああ、それで?」
「その屈辱的に震えている姿を見ると、どうしようもなく興奮するんです、こんなどうしようもない男でも、私は良い所を分かっているんですよ、的な」
「なんでやねーん(自棄)」
繰り返す。
俺はクラスS冒険者として地位も名誉も金も手に入った。
だが異世界ヒロインが不在だった。
ほらさ、くどいようだけど、清楚で可憐で男に尽くしてくれて。
「思うんですが、ガグツチの好きな清楚で可憐なヒロインって、実際はイケメン大好きでイケメンにのみそんな顔をするぶりっこ女にしか聞こえないのですが」
「あーあーきこえなーい」
:用語解説:
アマテラス
ガクツチが結成したクラン。
最速記録を更新し続けた世界に名を轟かせる伝説のクラスSクラン。
ガクツチが失踪したことにより、現在は活動停止中。
メンバーは、全員健在。
名前は残っているが、その活動には数々の真偽不明の陰謀が囁かれている。
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