第9話 復讐の宴《スイカズラの呪縛--幻覚の森の悪夢》

アリエルはシェルターの中で、シャンブル家に関する情報を整理していた。夜が訪れ、空は深い紺色に染まっていく。星々が輝き、夜の静けさが包み込む。闇の中のわずかな光が神秘的な物語を広げ、思考が深まっていく。


集めた情報の中には、2ヶ月後にシャンブル家で開かれるアンドロフの貴族学校への入学祝いパーティーが含まれていた。貴族の子供たちは12歳になると、国の定めで貴族学校に入学する義務がある。アリエルは、自分だけその義務がねじ曲げられ、軽視されていたことに苦い思いを抱いていた。


その思いは、まるで心の奥底で燃え続ける黒い炎のようだった。過去のトラウマや孤独感が、彼女の心を焼き尽くそうとしている。アリエルは目を閉じ、唇を噛んだ。ふと、スイカズラから強い甘い香りが漂ってきた。昼間はほとんど香りがしないが、夜には夜行性の昆虫を誘うために、香りが強くなる。これが彼女の心に安らぎをもたらしてくれるのだと感じた。


精神安定にも良いせいか、アリエルは徐々に落ち着きを取り戻していった。明かりに照らされ、スイカズラの花影が揺れる中、アリエルはスイカズラの種に魔法をかけ、「シャンブル家の屋敷まで飛んで行って、根を張って状況を報告してね」と命じ、そのままばら撒いた。


そして2ヶ月が経過した。その間に、アリエルは「植物育成魔法」を駆使して、計画を練り上げていた。スイカズラのツルを巧みに絡ませ、鋭いバラの棘と組み合わせていく。青黒い茎が絡み合って、山を囲むようにぎっしりとした檻が形成されていった。バラの棘は鋭く、周囲には警戒心をかき立てるような威圧感をもたらした。森を変化させ、伯爵家の人間たちを罠にかけるための特殊な構造を作り上げていった。


アリエルはついに当日の夜を迎えた。シェルターからシャンブル家の館の上空へと向かう。


アリエルは静かに立ち上がり、屋敷全体に根付いたスイカズラに手をかざした。植物たちに新たな命令を下す時が来た。今度の標的は、伯爵夫妻とアンドロフ、そして一族全員だ。アンドロフは悲しいことに両親と同じ道を歩んでいた。そして、集まった貴族たちも皆、アリエルの敵だった。彼らにとっての「地獄」を作り上げる準備は整っている。


アリエルはまず、伯爵家の周囲に潜ませたスイカズラを一気に成長させ、敷地全体を覆い尽くした。ツタ植物が絡まり合い、高い壁を作り、バラの棘がその隙間を完全に塞いでいった。音も光も外に漏れず、中の様子も外には伝わらない――完全な隔絶空間が完成した。


「さあ、次のステップに進もう。」


アリエルの指示で、植物たちが屋敷全体を持ち上げ、森の中へと移動を始めた。


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夜空には星が瞬き、シャンブル家のパーティーが華やかに始まろうとしていた。煌びやかなシャンデリアが輝き、色とりどりのドレスに身を包んだゲストたちが、笑い声を上げながら優雅に踊り続けていた。


しかし、その瞬間、華やかなパーティーの喧騒を破るように、大地が揺れ始めた。テーブルが大きく揺れ、上に置かれた豪華な料理が次々と横滑りする。グラスが震え、ついに床へと落ちて砕け散る音が響き渡る。美しい皿や装飾品も同じ運命を辿り、部屋は混乱の渦に飲み込まれていった。


招かれた貴族たちは驚きと恐怖に包まれ、一瞬の静けさの後、逃げ惑う声が響いた。外では、ツタが屋敷全体に隙間なく絡みつき、まるでこの華やかなパーティーを嘲笑うかのように、自然の力がその存在感を誇示していた。


「何が起こっているのだ?」と、一人の貴族が声を震わせながら言うと、他の者たちも不安そうに頷いた。


「数年前にも同じことがあった!」


「大地の怒りに触れたのだと皆が言っていた!」貴族たちが騒ぎだした。


「これは呪いなのか?それとも他の家からの復讐かもしれない!」と、冷静さを失った貴族が叫んだ。彼の言葉に、他の者たちも恐れを抱き始めた。


今夜の祝宴は、一瞬にして悪夢へと変わり果ててしまった。


ツタが何十本も屋敷の中を這い回り、悲鳴が轟く中、使用人だけを綺麗に巻いて移動させ、外に優しく置いていった。2ヶ月でスイカズラはシャンブル家の使用人を覚えていた。魔法植物となったスイカズラは、根を触手のように器用に操り、驚異的なスピードで山へと向かっていた。


スイカズラに覆われた異様な山の森で、伯爵夫妻やその一族はアリエルの“感情の共鳴スキル”によって、かつてアリエルが感じていた恐怖や空腹感を倍増され、それぞれ別々の区域に放り出される。スイカズラが生み出す魔力で、彼らは完全に音も光も遮断された状態になり、それぞれが自分以外の存在を感知できない孤独な世界に放置された。


森では、生き残るためには植物や動物を利用しなければならない。しかし、アリエルが仕掛けた罠により、森の中の動物も植物も異常な振る舞いを見せる。


森には恵みの果実がたわわになっていた。目の前の果実を食べれば、幻覚が見えるようになる。それもアリエルの植物育成魔法の一環だ。


かすかに水の流れる音がする。近くに水場があるのだが、水に触れると植物が絡みつき、動きを封じられてしまう。


森の外に逃げ出そうとすると、ツタが絡みつき、その場に引き戻される。外の音も声も聞こえず、晴れているのか雨が降っているのかもわからない。孤独と恐怖に苛まれながら、彼らは次第に自分たちの罪と向き合わざるを得なくなる。スイカズラはアリエルの意志を受け、彼らに幻覚を見せることができた。


「私が誰だかわかるかしら?――」


幻覚の中で、アリエルは“死を望まれた子供”として現れ、彼らを非難する。恐怖が深まり、人としての尊厳が失われていき、彼らの心は崩壊していく。


アリエルは単に伯爵家を滅ぼすだけでなく、彼らが自らの罪を理解し、償いのない地獄を味わうことを望んでいた。森の中での孤独なサバイバルは、彼らが生き残る希望を完全に絶ち、自らの過ちを反芻させるものであった。


「私は、生まれたての赤ん坊だった。何も知らない、何も出来ない、ただの赤ん坊だったのよ。あなたたちは、自分が作り出した地獄を最後まで生き抜くのよ。」


アリエルの目には、冷たい決意の光が宿っていた。


シャンブル伯爵や夫人は幻覚の中でも変わらなかった。逆に夫人は幻覚のアリエルにくってかかった。


「なんなの!おまえなど知らないわ!忌々しい。お前のせいでどれだけ私が苦しんだと思ってるの?なんで生まれてきたのよ!死んでくれればよかったのに。」


アリエルは、その言葉に驚くばかりだった。勝手に子供を作っておいてこの言葉か!彼女の心の中で沸き起こる怒りは、自己中心的な言動に対する呆れを超えていた。別の場所ではシャンブル伯爵が怒鳴り散らしていた。


「たわけたことを!我が一族の色も、ろくなスキルもないものなど不良品ではないか!処分して何が悪いのだ!は?人としての愛情?尊厳?そんなものがお前たちにあるわけがなかろう?必要なのは優れた跡取りだけだ。それ以外はただの物よ。それを恨み?復讐?笑わせるわ」


動物ですら子を育てるのに!余りにも身勝手すぎる言葉に、アリエルは聞いているのも嫌になり、様子見を早々にやめてしまった。


このまま放置すればすぐに滅んでしまうだろう。アリエルはそれでも構わないと思った。


(ただの害虫駆除よ。)そう思って苦笑いしたつもりだった。しかし、アリエルは自分が泣いていることに初めて気がついた。


(なぜ……?)胸に手を当てて暫く考えていた。アリエルは孤独や苦しみ、憎しみを理解し、愛情を求める気持ちも芽生えたのだ。(ただ、愛してほしかった。甘えたかった)その思いが憎しみの中でも消えなかった。


前世の記憶の私が目覚めてよかったのだろうか?ふとそんなことを思う。目覚めなければアリエルは死んでいたかもしれない。それともローデンに囲われてしまったか?いや、あの状態ではもうもたなかった。けれども、自分の境遇を知らずに済んだ?(いえ、決して無慈悲に殺されていいはずはないわ。)


私はこの復讐に後悔はしていない。あいつらは人ではないわ。これからアリエルの思いと私の思いを重ね、新しい自分として生きていこうと決心した。


スイカズラの山に新たな魔法をかけていった。「500年経てば、すべてが朽ちて土へと還る時が訪れるでしょう。その時には、あなたたちも種となり、地中深くで静かに眠りなさい。」


そう言って、アリエルはシェルターと共に遥か先に飛び去っていった。

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