第8話 復讐の序章
アルカディアのリゼルの屋敷。ローデンは自分の部屋で、リゼルが見たというアリエル様の北へ向かう夢について考えていた。リゼルが確信を持っているのとは裏腹に、ローデンの直感には何か引っかかるものがあった。
場所を特定するにはリゼルの夢見に頼るしかないが、今回はそれが間違っている気がしていた。直感がそう訴えている。一体どうしてだろう?今までこんなことはなかった。リゼルに何が起こっているのか――。
そんな時、ドアが開き、青ざめた表情のリゼルが飛び込んできた。「お兄様!アリエル様の夢が見れません!」
リゼルによると、何度試みてもアリエル様の姿が現れないそうだ。強制的にターゲットの夢見が出来る秘中の香「誘香」を使っても効果がないらしい。この香は強力なだけにからだへの負担も大きい。
ローデンは目を閉じ、直感を集中させた。しかし、アリエルの存在が感じられない。――アリエル様は亡くなられたのだろう――。
ローデンはそのことを受け入れざるを得なかった。「リゼルも気づいたのか?」
「はい、お兄様。アリエル様はもう……」
ローデンは静かに頷いた。「アリエル様は空中に舞い上がり、落下して亡くなられたのだろう。」
深い溜息をつき、ローデンは探索を中止することを告げた。「リゼル、君の夢見は十分に役立っていた。今回、間違ったのは私だ。アリエル様が開花する前に、もっと早くアリエル様をこちらに連れてくるべきだった。」
ローデンは窓の外を眺め、遠くを見つめた。「残念だ。アリエル様のスキルは、結局のところはっきりしなかった。私たちにとっての脅威になったのか、それとも未来の発展につながったのか……今となっては分からない。」
それから部下たちに退却を命じ、アリエルのことは心の片隅に消えていった。
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アリエルは四季の遺跡からシェルターに戻ると、空中を漂いながら考え込んでいた。遺跡での試練は、これから何をすべきかを明確に示してくれた。
復讐――決して許せない。
当時は何も感じなかった。ただ、空腹と寒さが恐ろしかっただけ。それが普通だと思っていたから、痛みや苦しみすら、特別なものではなかった。
心が麻痺していた。ただ生きることだけに集中していた。ずっと“それが普通”だと思っていた。でも、私が前世を思い出して、私の人生は誰かの手で奪われていたと気づいた。
奪われたものを返してもらうだけよ。
遺跡での経験が、彼女の決意を固めた。
まず、何から始めようか。ターゲットははっきりしている。両親、屋敷の使用人たち、そして国の貴族たち。彼女への態度、なぜ誰も咎めなかったのか。
出生の時に神官から祝福を受けている。良くも悪くも、アリエルは長子として貴族録に載っているはずだ。しかし、何年も監禁されていても何の問題も起こらなかった。
アリエルは呟いた。「やるべきことは、使用人たちの考えと国の対応を見極めることね。それを理解しないと、本当の復讐はできないわ。」
アリエルはアグリシアに戻り、情報を集め始めた。そして数日後、飛び立った山へと再び足を運んだ。5年の歳月が流れたが、山は変わっていなかった。
かつて何も知らなかった少女だった彼女は、今ではスキルを身につけ、お金の価値や一般的な生活水準も学んでいた。
日が昇ると、アリエルは山を下り、かつて自分が崩壊させた屋敷へと向かった。そこには新しい屋敷が建っていた。
アリエルは屋敷の前に立ち、心に複雑な思いを抱えながら、その巨大な建物を見上げた。かつて自分が監禁されていたのは、屋敷の裏にある山の小屋だった。立て直した後、私はどうなった事になっているのだろう?
暗く狭い小屋の壁と、そこで感じた本能的感覚しか思い出せなかった。
新しい屋敷は、重厚な石造りで、装飾的なアイアンワークが施された門が印象的だった。しかし、アリエルにとって、その豪華さはどうでもよかった。心の中にはかつての苦しみと怒りが渦巻いていた。
彼女は無知の指輪を撫でながら、気配を消し、新しい屋敷へと足を踏み入れた。この指輪の能力は、たとえ見えていたとしても、認識させない力だ。
屋敷の内部は、まるで見知らぬ世界のように豪華な調度品が並んでいた。しかし、アリエルにとっては他人の屋敷で、その美しさの裏に潜む冷酷さを知っていた。彼女は、屋敷の中を探索することができなかった。
内部の様子を知ることは一度もなかったため、貴族の屋敷の作りを知らない。思案にくれていると、大きなタライに洗濯物を入れたメイドが目の前を横切り、横の扉に消えていった。
そっと扉を覗くと、そこは洗濯専門の部屋だった。何人かのメイドが洗濯をしており、「今日は晴れて良かったわ〜」「本当よね〜」「やっぱり、天気が良いと気持ちいいわよね〜」と軽口を叩きながら、一生懸命に手を動かしていた。
アリエルはそっと部屋に入り、一番若いメイドに近づくと“スキル感情の共鳴”を使った。《もう一人お嬢様がいるはず?いたはず?あれ?》
疑問が膨らむ中、若いメイドが何気なく口にした。「ねぇ…確かお嬢様がいたのよね?」
その場が一瞬で静まり返った。年配のメイドが周囲をキョロキョロしながら、小さな声で若いメイドを叱った。「余計なことを言うんじゃないよ。」
「ご、ごめんなさい!なんか急に気になって…」「確かにいらしたらしいよ」「?らしい?」「そうさ。私たちは一度も見たことがなかったんだよ」「え?一度もなの?」
メイドたちが聞くと、年配のメイドは「ここだけの話だからね」と前置きしながら話し始めた。
この屋敷の子息アンドロフには一つ年上の姉がいたらしい。しかし、その子供は伯爵様にも奥様にもまったく似ておらず、伯爵家の一族ではあり得ない色見をしていた。
一時は奥様の不貞も疑われた。しかし、常に伯爵家のメイドが数人側についていたため、不貞はないと判断された。それでも、生まれた子供は呪われた子供として扱われた。
そのまま殺すのは憚られ、自然死を装ったという。ちょうど地震で屋敷が崩壊した際、その子供が亡くなったと届け出たが、実際はとっくに亡くなっており、遺体も放置されて骨がどこにあるかもわからないという話だった。
「へぇ〜自分が産んだ子供なのに、奥様は気にならなかったのかしら?」
「だから、余計なことを言わないの!ともかく、ここではその話は禁句よ!」
「ねぇねぇ、だけどさ〜貴族の出生って届けを出して祝福を受けるよね?それで貴族館に登録されるんじゃなかった?」「そうそう」「国王陛下に謁見もするんだよね?」
「何言ってるのよ、そんなの建前に決まってるでしょ。」
「こんなことは大きな声では言えないけどね、国王陛下はただ居るだけなんですって。ホントは宰相様がすべて取り仕切っているらしいわよ。だから、宰相様にお金を渡せば大抵のことは何とかなるらしいのよ。」
そう言って、年配のメイドは話を終えた。
アリエルはそっとその場を離れ、外に出た。頭の中で先ほどの話を繰り返す。復讐相手は絞れた。シェルターに帰り計画を練らなければならない。
アリエルはそう考えながら、静かに戻った。
シェルターで先ほど聞いた話を思い出してみる。
"生まれた子供は呪われた子供として扱われた"。この言葉が、彼女の心に重く響いた。アリエルは、自らの存在がどれほど軽視されていたのか、そしてその影響でどれほど孤独で苦しんできたのかを思い知らされていた。
彼女は両親や一族、さらには宰相に至るまで、すべての人々に自分の存在を思い出させ、彼らの行動に後悔をもたらすことを誓った。
「まずは両親。彼らが私をどれほど苦しめたのか、その代償を払わせる必要がある」とアリエルはつぶやいた。監禁された日々の記憶が、今になって心を締め付ける。しかし、彼女はその痛みを力に変えようとしていた。
「次は一族、そして祖父母。彼らが私を見捨てたのも同じ。許せない。この復讐は、私にとって必要なことだから」と心の中で決意を固める。
「宰相も忘れてはならない。彼が裏で操り、国を支配して私の両親から賄賂を受け取って見逃したのよ。彼がこのままでは私の復讐は完結しない」とアリエルは考えを進める。国王陛下?皇后?ただの傀儡だ。論外だ。
5年前、屋敷を出るときは怒りのままに屋敷を崩壊させた。今回は使用人たちにまで復讐を考え無くても良いだろう。使用人たちには、何も言えなかったし、何もできなかっただろうから。今回は彼女は彼らの安全を考えなければならない。
アリエルは「うん、うん」と一人頷いた。そして………子息アンドロフ……彼は私を知っているのだろうか?彼のことは直接会った時に決めようと思った。
「私の復讐は必ず実現する。彼らに私の存在を思い出させてやる。そして後悔させてやるわ」とアリエルは自分に言い聞かせた。
彼女は心の中で復讐の時が来たと黒い炎を燃え上がらせた。
灰色の令嬢〜眠る力と蘇る記憶〜 夢花音 @svz
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