灰色の令嬢〜眠る力と蘇る記憶〜

第4話 静寂の中の決意

アリエルは確保したシェルターの中で、ほっとしていた。快適な環境のおかげで、彼女は外部の脅威から守られつつ、自らのスキルに専念できる。

夜の静けさが周囲を包む中、アリエルはもう一度ステータスを広げた。防御も大切だが、攻撃も必要だろう。どちらも育成魔法で植物を動かせば、なんとかなると思った。問題はスキルの訓練だ。

ステータスのスキルの説明をタップすると、次つぎとそれぞれの訓練方法が表示された。アリエルは真剣にそれを見ながら、一番最初に訓練が必要なのはどれだろうと考えていた。

最初は【感情の共鳴スキル】と同時に【マルチタスク·スキル】の訓練を始めることにした。アリエルはシェルターの中のツルで作られたハンモックに座り、そっと目を閉じた。

アリエルは、心の奥底に湧き上がる感情と向き合った。『恐れ』『不安』『喜び』――それぞれの感情が顔を出すたびに、彼女はその名前を心の中でつぶやいた。彼女にとって、それは簡単ことではなかった。

以前の彼女は、感情を体で表現したり、自分を取り巻く周囲の出来事に反応する事しか出来なかった。アリエルが前世の記憶を取り戻す中で、今まで感じてきた思いが、何なのか少しずつその感情に名前をつけ、理解しようとしていた。

私が彼女の中で目を覚ましたことで、なんとか整理がついたが、彼女は物に名前があることや、感情を表現することを知らなかったのだ。

次に、その感情の源を探り始める。なぜこの感情が湧いてきたのか、心の奥にある記憶や思い出が浮かび上がる。あの時の出来事か、それともいつもの思考パターンが原因なのか。

アリエルは静かに問いかけ、自分を深く見つめる。やがて、彼女はその感情を否定することなく、ただそのまま受け入れることにした。感情は一時的なものであり、やがて変わっていくことを理解しながら。

瞑想が終わると、アリエルはゆっくりと目を開け、現実へと戻ってきた。心が落ち着いたことを感じながら、彼女は覚書に今感じたことを書き留めた。そして、感情の共鳴スキルが開花したことを理解した。

「追いつかれるまでに、もっと強くならなければ。」

「今の私には、逃げるだけじゃなく、彼らに立ち向かう力がある。」

彼女は自身のスキルの成長を確信し、さらなる訓練に励むことを決意して、マルチタスク訓練を始めた。まずは、限られた空間の中でスキルをどのように組み合わせられるかを考える。

シェルター内に小さな植物を置き、「植物魔法」で動かしつつ、「感情の共鳴」を使って自分の意識を集中させる。普段は広い場所で試す魔法も、ここでは小さな空間に制約があるため、精密な制御が必要だ。

アリエルは一つ一つの動作に集中し、魔法が互いに干渉しないように細心の注意を払った。次に、時間とリズムの調整だ。彼女は森の中に響く自然の音を合図に、魔法を発動するタイミングを調整する訓練を始めた。

木々が風に揺れる音、鳥のさえずり、そして自分の鼓動——自然のリズムに魔法を合わせることで、まるで森全体と一体化したような感覚を覚える。

『やったわ！私、できたわ！』と心の中で叫び、達成感が全身に広がった。シェルターの中での訓練は、彼女に新たな集中力と洞察を与えてくれる。

アリエルは、マルチタスクスキルが開花したことを感じながら、さらなる訓練を続けた。彼女は、植物魔法と感情の共鳴を駆使し、どのようにスキルを発揮できるかを探していた。

訓練を重ねる中で、彼女は自分の限界を少しずつ広げていった。まず、シェルター内に置いた小さな植物たちを一つ一つ観察し、それぞれの特性を理解することから始めた。それぞれの植物が持つ力を知ることで、アリエルはより効果的に魔法を使うための基盤を築いていった。

次に、彼女はそれぞれの植物に対して異なる感情を注ぎ込む訓練を行った。バラには「勇気」を、つる植物には「希望」を、それぞれの感情を込めることで、植物の反応を確認する。アリエルは、自身の感情が植物に与える影響を実感し、感情の共鳴がいかに強力な力となるかを学んでいった。

その過程で、彼女は「植物魔法」を使って、複数の植物を同時に動かすことにも挑戦した。思い通りに植物が動いてくれず、うまくいかないことに苛立ち、『どうしてこんなに難しいの？』と思わずつぶやいてしまった。

集中力を高め、「大丈夫、私はできる。失敗しても、次はもっと上手くいくはず。」と心の中で自分に言い聞かせた。感情をしっかりと植物に伝えることで、彼女はついに一度に3つの植物を自由に操ることに成功した。

これまでの訓練が実を結び、彼女のスキルが確実に成長していることを実感する。2日目の訓練に入ると、アリエルはさらに難易度を上げ、植物を使ったより複雑な戦術を考えることにした。

彼女は、シェルターの周囲に植物の防御網を張ることを思いついた。つる植物を使って、敵が近づいてきた際に阻むための罠を仕掛けることを想定し、実際にシェルター内で模擬戦を行うことにした。

アリエルは心を集中させ、訓練を繰り返した。植物たちが彼女の意志に従い、動き出す様子を見ながら、彼女は自分の成長を実感した。心の中には、これまでの努力が無駄ではないという確信があった。

訓練が進むにつれ、アリエルは自分の感情を管理することができるようになり、冷静さを保ちつつ戦略を考える力も身につけた。周囲の環境に対する感受性も高まり、自然の音や風の流れに耳を傾けることで、より良い判断ができるようになった。

アリエルは自分の力に自信を持ち始めていた。彼女は、これまで、ただ両親や一族の者と髪の色や瞳の色が違うだけで虐げられ、謂れなき雑言や罵倒を受けてきた。文字化けしたスキルだっただけで、蔑まれた。

けれど、もうそれも終わりだ。心の中には、これから待ち受けるどんな困難にも立ち向かう力があるという確信が芽生えていた。

その日、アリエルはシェルターの外で自然の音に耳を傾け、さらなるスキルの向上を図るために瞑想していた。しかし、そんな静寂を打ち破るように、遠くから足音が近づいてくるのを感じた。それはローデンの命令を再び受けたメイドたちだった。

アリエルは、メイドたちがシェルターの周囲を探っているのを見て、緊張感が走った。メイドたちが近づいてきて、彼女はメイドたちが何かに気づき、ローデンに連絡する可能性があることに不安を感じた。時間はない。自分の身を守るためには、行動を起こさなければならない。

素早く指を動かし、アリエルは育成魔法で葉を動かし、メイドたちに気づかれないように隠れた。彼女は静かに心を集中させ、周囲の植物たちに意識を向ける。つる植物が瞬時に反応し、地面から伸び上がり、メイドたちの足元に絡みついていく。

アリエルは全力を尽くす覚悟を決めた。ー今だ！アリエルは心の中で叫び、植物に力を込めた。つる植物がメイドたちの足を捕らえ、彼女たちを動けなくさせる。

驚いたメイドたちは、何が起こったのか理解できずに周囲を見回した。しかし、メイドの中の一人がアリエルの存在に気づいてしまった。「あれはアリエル様だわ！」と叫ぶ声が響く。

その瞬間、アリエルは一瞬の迷いもなく、さらに強く植物を操った。彼女はつる植物を使って、メイドたちに向かって攻撃を仕掛ける。植物がアリエルの意志に従い、メイドたちを包み込む。

彼女は“感情の共鳴”を通じて、増幅させた恐れや不安をメイドたちに伝えた。メイドたちはパニックに陥っていた。周囲の植物たちが生き生きと動き回り、つる植物はメイドたちに次々と絡みついて捉えていく。

アリエルは心の中で冷静さを保ちながら、状況を見守った。彼女はいままでの訓練が無駄ではなかったと実感し、力が湧いてくるように感じた。けれど、まだスキルは全て開花していない。

アリエルは復讐という目的がある。そのためにもスキルの開花は必要だ。ローデンたちはそれを邪魔しようとしている。意図的ではないことはわかる。しかし、アリエルはアルカディアに連れていかれ、屋敷に閉じ込められたら、二度と戻ってこれない気がする。

両親に復讐できず、両親はぬくぬくとここで暮らしていくなんて許せるはずがない。ローデンたちは邪魔だ。だが、今ここでローデンたちと対峙するのはまだ早い。スキル開花が先だ。アリエルは考えた。そして一つの結論にたどり着いた。

シェルターに籠城しよう。「急がなければ…」彼女は心の中でつぶやき、次なる行動を考えた。メイドたちが完全に動けなくなり、恐れに怯えているのを見て、アリエルはその隙に籠城の準備をすることを決意した。

シェルターの周りの果実の木に魔法をかけ、種に戻してシェルターの奥へと駆け込むと、周囲の植物たちが彼女の動きに呼応するかのようにざわめく。彼女は手をかざし、植物たちに指示を出す。「お願い、私を守って！」その言葉が響くと、シェルターを構成する植物たちが反応し始めた。

瞬く間に、彼女の周りで蔦が絡み合い、彼女を包み込むように成長していく。アリエルはその感触を感じながら、まるで温かい繭に包まれるようだった。柔らかな葉が彼女の体を優しく包み込み、外部からの攻撃を防ぐバリアのように形成されていく。

彼女はその安心感に一瞬心を落ち着けた。「これで、少しは安全だわ…」彼女はそう思ったが、時間がないことを再認識する。メイドたちが恐れに怯えながらも、まだこちらを探している気配が感じられた。

その瞬間、繭は風に乗ってふわりと浮き上がり、周囲の空気の流れに身を任せて移動を始めた。アリエルは驚きと興奮が入り混じる感情を抱きながら、繭の中で浮遊する感覚を味わった。

周囲の風が柔らかくシェルターを包み込んだ。空に舞い上がる心地よい感覚が広がる。彼女は繭の中で身を任せ、自然の力を感じながら高く昇っていく。

空中に浮かぶことで、アリエルは地上の景色を見下ろすことができた。森の木々や道を行き交うメイドたちの姿が小さく見える。その瞬間、彼女の心には新たな決意が芽生えた。「残りのスキルを開花させなくては。」

冷静さを取り戻し、彼女は次の行動を考え始める。アリエルはシェルターに指示を出した。「できるだけ高く、そして一定の場所を決めないで、主に空中を移動しましょう。」その間にスキルを開花させる。

繭は彼女を優しく包み込みながら、周囲の植物が風を受けて彼女を導く。シェルターはそのまま空中で軽やかに移動し、敵の目を逃れながら新たな場所へと向かっていった