第3話 逃げるアリエルと追う者∶自由を求めスキルの訓練

 恐怖の渦の中で、屋敷は崩れ落ち、悲鳴と共にその姿を消した。騒音が広がる中、逃げる間もなくその場にいた人々は、無言で残された痕跡が悲惨さを物語っているのを目の当たりにした。


 屋敷の住人たちは混乱とパニックに包まれ、必死に逃げようとした。心臓の鼓動は早まり、息を呑むような状況の中で、声を上げる者もいれば、言葉を失って立ち尽くす者もいた。目の前の光景に圧倒された彼らは冷静さを失い、逃げ道を探しながらも恐怖から逃れられず、絶望を感じていた。


***********************************


 ローデンは数人のメイドと共に、屋敷からすでに逃げ出していた。崩壊の直前、彼の直感が危険を察知したのだ。草木が屋敷を崩していく様子を目にし、これはアリエルの力だと確信する。そして、アリエルが自分もアルカディアも拒絶したことを悟った。


「どうしてなのでしょうか。お嬢様に不自由な思いはさせませんのに……。もう一度話し合う必要がありますね」


 そう呟くと、彼らは姿を消した。


***********************************


 アリエルは山中を彷徨っていた。そこはアグリシアの辺境に近い場所だった。温暖な気候のため、野生動物が多いアグリシアでも特にこの山には群れの野生動物がいて、足を踏み入れる人間はほとんどいない。


 アリエルが探しているのはウツボカズラや薔薇、さらには果実の木だ。本来ならば絶対に共存しない植物たちだが、アリエルの育成促進魔法を使えば可能になる。この育成促進魔法は少し言いにくいので、アリエルは「育成魔法」と呼ぶことにした。


 その魔法を使って屋敷を崩壊させたおかげで、アリエルのレベルは一気に上昇し、現在はレベル10に達していた。多分、これで最強になったと思う。あり得ない植物たちの群生する光景が、彼女の手によってこれから実現するのだ。


***********************************


 ローデンはアルカディアに戻り、妹リゼルの住む館を訪ねた。応接室で待っていると、ドアが静かに開き、家令が姿を現した。彼は丁寧に挨拶し、ローデンに告げた。


「お待たせいたしました。ご主人様がお待ちです。」


 ローデンは微笑み、妹との再会を楽しみにしながら、家令に案内されて館の奥へと進んでいった。


 ローデンは静かに扉を開け、妹リゼルのもとへ足を進めた。彼女の前に立つと、自然と貴族としての礼を取ってしまった。しかし、それを見たリゼルの表情は悲しみに染まり、軽く首を振る。


「兄さま、公式の場じゃないのだから、普通に兄妹として接してほしいの……お願い。」


 その言葉に一瞬ためらったローデンだったが、次の瞬間には彼女の願いを受け入れて、肩の力を抜いた。


「わかったよ、リゼル。」


 一瞬の柔らかな空気が流れた後、ローデンの表情が真剣さを帯びる。彼はリゼルに向き直り、アリエルの失踪について口を開いた。


「アリエル様が館から消えた。」


 リゼルはすぐに答えた。


「それは夢を見て知っていたわ。」


 ローデンは頷き、アリエルの行き先について訊ねる。


「アリエル様はどこにいるんだ?」


 リゼルは目を閉じ、瞑想をはじめた。夢見を詳細に思い出そうとしている。


「森の中を彷徨っているわ。何かを探しているみたい……でも、場所の特定までは難しいの。」


 夢では全体の流れや背景を理解しやすいが、夢から覚めた後にその意味を解釈するのが難しく、また場所の特定がしづらいことがある。


 少し肩を落としつつも、ローデンは更に質問を続けた。


「アグリシアから出た可能性はあるか?」


 リゼルは首を横に振った。


「それはないわ。アリエル様の周りに見える山の植物は、アグリシアでしか生息しないものだから。」


 ローデンは頷き、リゼルの見通しを頼りにしながら、自分の直感でアリエルの手がかりを探す覚悟を新たにした。


 アグリシアの山で隠れられる場所は数えるほどしかない。しらみつぶしに探せば必ず見つけ出せるとローデンは確信していた。


 しかし、「アリエル様はなぜ逃げたのだろう?」とローデンは真剣にリゼルに聞いた。


 リゼルも首をかしげている。


「アリエル様の能力を解明するため、豪華な館を用意して、スキルの解明には“魔法の賢者“と呼ばれる者を手配したわ。」


「アリエル様が屋敷の外に出る事は外界の煩わしさから隔離するために許されないけど、健康を考慮して屋敷内に散歩道を作ったのよ。」


「孤独を感じさせないように友人も用意し、スキルの研究に必要な果樹園まで設けたのよ。」


 すべてはアリエルのために整えられた環境だ。実際には、自分たちが与えた「至れり尽くせり」が彼女の自由を奪うものとなるとは考えてもおらず、用意した屋敷こそが彼女にとって最良の場所だと信じている。だから、どうして彼女は逃げ出したのか、理解できないままだった。この兄妹は似たもの同士だ。リゼルもまた「何かご不満があったのかしら?それとも、私たちの用意したものがお気に召さなかったのかしら?」と真剣に悩んでいた。


***********************************


 アリエルは育成魔法を酷使していた。ぼやぼやしている時間はない。自分が逃げ出したことはローデンにはすぐにわかるだろう。必ず追ってくる! とアリエルは思った。


 崩壊した屋敷のことは何も心配していない。アリエルの魔法で屋敷が崩壊したとは誰も考えないだろう。


彼女が居なくなったことにも、いつ気づくのだろうか。気づいても、死亡届けを嬉々として届けて終わるだろう。


「屋敷の崩壊だけでは終わらせないわ」アリエルの胸の中で黒い炎が燃え上がった。


 アリエルはこの山で植物の鑑定をひたすら続けてきた。


 その結果、鑑定スキルのレベルも10に上がった。この鑑定スキルは、単なる優れものだけでは無い。今まで未解明のスキルにはスキルの説明しかなかった。


 ところが、レベルアップした今、なんと訓練方法まで表示されるようになっている。


 例えば未来予知の能力の場合、瞑想を通じて心を落ち着け、集中力を高めることで、未来のビジョンを受け取りやすくなる。また、リラックスした状態で自分の内面に意識を向ける練習も効果的。


【未来予知のトレーニング方法:】


⑴ 予測練習:日常の選択肢を考えて、どうなるか予測する。


⑵ 振り返り:自分の予測と実際の結果を比べて学ぶ。


 このように、それぞれの訓練方法が鑑定スキルによって示されるようになった。これをタップすれば更に詳しい説明が表示される。


 飛び出してきたのはいいが実際は、何をして良いのかわからなかった為に、これは本当にありがたい。


 だからこそ、落ち着いて訓練できる場所を探していたのだが、どこに行ってもすぐに見つかってしまうだろう。夢見能力は厄介だし、ローデンの直感も侮れない。


 そこで、アリエルは考えに考え抜いた。見つからないのが無理なら、いっそのこと手が届かないようにすればいい。そう考えた。


 結果、日常のための「生活魔法」でどうにかなると気づいたのだ。日本で一人キャンプに憧れていた時期があって、まぁ、1回か2回の贅沢なキャンプだったけれど。


 しかし今の状況は、まさにサバイバル状態。わずかなキャンプの知識を引っ張り出して、準備に取りかかることにした。


 まずは安全な場所の確保。これが何よりも大事だ。


植物育成魔法で、周囲の植物を強化し、頑丈なシェルターを築く材料を集める。


 照明魔法を駆使し、夜の闇の中でも安心して動ける環境を整える。


 水魔法を使い、必要なときに清らかな水を生み出して浄化し、飲料水を確保する。


 次に、食料の調達だ。植物で罠を仕掛けて小動物を捕らえ、料理魔法で一瞬にして調理する。また、育成魔法を使えば、果実をすぐに育てることも可能だ。


 清浄魔法で周囲を浄め、邪気や病の元を取り除き、健康を守る。


 健康促進魔法で栄養を高め、体力と免疫力を強化する。


 さらに、万が一の怪我や病にはフルヒールで完全に治療できる。


 掃除魔法で空間を自動的に清掃・整理し、常に快適な居住環境を保つ。


 鑑定魔法を使って周囲の資源や状況を分析し、最適な行動を判断する。


 これらの魔法を駆使して、アリエルは安全に生活しながら、スキルの訓練ができると思った。


アリエルは簡単な住居をとりあえず作り、森を散策していた。誰も来ないはずなのに、メイド姿の二人の女性が森の入り口に立って森の中を伺っていた。

一人のメイドが「アリエル様はこの森にいらっしゃるの?」と聞いた。もう一人のメイドは「多分いらっしゃるはずよ。ローデン様の直感が指示していらっしゃるわ」と答えた。


アリエルはハッとした。まだこの森についてから2日、3日だ。もう見つかった!アリエルは静かにそっと、素早くその場を離れた。離れながら考えた。


これからどうするべきか。逃げる?いや、あの能力ならすぐに捕まる。ローデン達の能力を甘く見ていた。警戒はしていたが、それを上回っていた。


アリエルは考えた。強力なシェルターを作らなければ。心を落ち着け、アリエルは「植物育成促進魔法」の力を使い、この森の豊かな植物たちを利用して防衛の拠点を築くことを決意した。


彼女はまず、ウツボカズラの茂みを見つけた。その独特な形状は、まるで自然のトンネルのように成長する。アリエルはその場で魔法を唱え、ウツボカズラを瞬時に成長させた。


彼女の周囲に広がるウツボカズラは、まるで天然の壁のように彼女を守る役割を果たす。さらに、彼女はその葉を利用して、外からの視界を遮るように配置した。


次に、彼女は薔薇の茂みを探し出した。赤や白、ピンクの色鮮やかな薔薇が咲き誇り、そのトゲはローデン達を遠ざける防御の役割を果たす。


アリエルはこれらの薔薇に魔法をかけ、急速に成長させた。薔薇の茂みがシェルターの外周を囲み、あの者達が近づくことを許さない防壁を築いた。


「この森には、私を守ってくれる植物がたくさんいる」とアリエルは心の中で呟いた。彼女はさらに強力なシェルターを作るため、周囲の植物に目を向けた。ここには、トマトやバジル、キュウリが自然に育っている。アリエルはそれらもシェルターの一部として利用することにした。彼女は魔法をかけ、これらの植物が成長する中で、食料を確保しつつ、あの者達を引き寄せることのないような配置を考えた。


さらに、果樹も見逃すことはできなかった。森の奥には、桃や林檎の木があった。アリエルはそれらをシェルターの近くに植え、魔法をかけた。


果実を食料源として確保した。これにより、食料を得ながらあの者達に対抗するための準備を整えた。


シェルターが完成する頃、アリエルはその強力さに自信を持った。ウツボカズラと薔薇の茂みが、彼女を守る天然の防壁となり、周囲には食料が豊富にある。彼女は安心感を抱きつつ、シェルターの中で休息を取ることができた。


しかし、誰かが近づいている気配を感じた瞬間、アリエルは目を覚ました。彼女はすぐに魔法を使い、周囲の植物たちに指示を出した。


ウツボカズラはその葉を揺らし、相手の視界を遮り、薔薇のトゲは警告の役割を果たす。アリエルは隠れながら、誰かが通り過ぎるのを待った。


「このシェルターは私を守るためにある」と彼女は心に誓った。自然の力と魔法の力が融合したこの場所で、スキルの訓練を早急にはじめなければと決意を固めた。


森の中を探索していたメイド二人はアリエルのシェルターには気が付かなかった。普通ではあり得ない植物たちの群生にも何の疑問をもたなかった。アリエルにはそれも幸いした。


「いらっしゃらないわよね?」

「そうね、一度戻って報告しましょう。」


と言うと、二人は森の外に向かっていった。


アリエルは深い息を吐いた。知らず知らず緊張していたらしい。

「一度戻りましょう」と言ったメイドの声が耳に残る。アリエルは、彼女たちが諦めるのを待ちつつ、心の中で自分の選択を再確認していた。


彼女はこの森の中で自分の力を見つけ、自由を手に入れたいと思っている。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る