第10話 目覚めた朝は3

「えっと・・・お肉がおいしかったとか・・・ワインがおいしいとか・・・お店を出た記憶は・・・・ない感じ・・・です」

「そっか」

「何があったのでしょうか?」


コウさんはローテーブルに右肘を付け、口元に手をやり、少し考えているようだった。



この沈黙がいたたまれない・・・。

そう思いながら、コウさんがしゃべり始めるのをじっと待った。

 


コウさんは視線を戻し、再び美琴の顔をしっかり見て、にっこりと営業スマイルを見せた。


「ざっくり言うと、駅の近くで寝ちゃってここに連れてきて、一緒に寝た」

「ざっくり過ぎ!」

つい秒で突っ込んでしまった。



コウさんはごめんごめんと謝ると、昨夜のことを話し始めた。



「最初、美琴をソファに寝かせて俺は風呂に入ったんだ。

戻った時には、美琴は床に落ちてて。そのまま寝てて」

コウさんは思い出してくすくすと笑っている。


「その後、ベッドまで運んだら美琴が起きたんだ。

俺を見てくる美琴は、すごくかわいくて・・・。

で、キスして、服を脱がせて。

さあこれからいろいろしようって時に、寝ちゃった」

「い・・・いろいろ・・・?」


「そ。いろいろ。でも俺がいろいろする前に美琴、いびきかいて寝ちゃった。ぷっはははははは!」

「ちょっと!なんで爆笑してるんですか!?」


「はっはっはっはっ!ごめんごめん思い出しちゃってー!」

「思い出し笑いの種、何一つないですけど?」


「いやいや」

言いながら鼻をすっと擦ってこっちを見るコウさんが、少し色っぽくててドキッとしてしまった。


「ベッドに運んだら美琴は起きちゃってね。

俺と見つめあっちゃって。

なんだか、もうかなり色っぽかったんだよ。

Tシャツを少し摘まむとことかかわいいし。

あーこれって誘われてるよなーて思ったらさあ・・・・あはははは!『ぐーぐー』いびきかき始めちゃって!はははは!」


「えええええ!いびき!?しかも「ぐーぐー」?本当に?!」


「本当、本当。こんなかわされ方初めて!」

「もうやだ!恥ずかしすぎる!」


「いや、もう。本当にかわいかったよ!あははははは!」

「かわいいって言いながら笑ってるじゃん!」


からから笑っているコウさんを見ていたら、こっちまでおかしくなってきて、二人で笑いが止まらなくなってしまった。


「「ふうー」」


二人で一通り笑い終わった後。


私はいろいろは・・・しなかったんだと寂しく思った。

ん?なんかちょっと残念って思っちゃった?


いやいや。まずいでしょ、私。

なに考えてるんだー!

と一人頭の中はヒートアップしていた。



「ねえ美琴」

コウさんが優しく呼んだ。

美琴を見つめながら少し近づいた。

 

「?」

小首をかしげる。


「俺と付き合わない?」


コウさんが真剣な顔で見つめている。

美琴は動揺して目を逸らした。



「俺、美琴が好きだよ」

そういうと、コウさんは美琴を抱き寄せた。


「コ、コウさん!」

驚く美琴を抱きしめたまま、

「だめ?」

と尋ねてくる。


美琴は自分の心臓の音がどきどきしているのが分かった。


そして抱きしめるコウさんの腕に手を添え、落ち着けと思いながら話し始めた。



「コウさん・・・コウさんかっこいいから・・・私じゃなくてもコウさんと付き合いたいっていう子、たくさんいるでしょ」

「うん。いる」

「いるんかい!」


抱きしめられている胸を叩いた。

しっとりとしたムードがぶっ飛んでしまった。


「ははっ」

コウさんの笑い声を聞いて、冗談だったのかとイラっとした。


「もう!適当に口説こうとしてるの?緊張して損した」

離してという意味を込めて、肩のあたりをトントンと叩く。


コウさんは抱きしめる腕に再び力を込めた。

そして


「でもこうやって抱きしめたいと思うのも、一緒にいたいって思うのも美琴だけだよ」

と囁いた。


「・・・」

何も言えなくなる。


「俺のこと嫌い?」

「・・・嫌い・・・・・・・ではない」


「おい!その長い間、やめろよ。焦るだろ」  

抱きしめられながら「おりゃっ」と体を左右に振られる。 

その勢いにつられて、反射的にコウさんの背中に手をまわしてしがみつく。

「うわっ!危ないっ!きゃあ!あははは!ごめんごめん」


「反省した?」

「したした」


「俺と付き合う?」

「いや。それは無理」


「即答」

「すみません」


コウさんは頭をよしよしと撫でて、体を離した。

コウさんと目が合う。

その優しい瞳にドキッと心臓が強く打つのを感じた。


慌てて、目を逸らしてテーブルに並んだ朝食を見る。




「ねえ、さっきからいい匂いがする。お腹すいちゃった。さっき作ってたのって卵焼き?」

「明太子オムレツ」


「おいしそ~」

「おいしいよ。コーヒーと牛乳、どっちがいい?」


「カフェオレ!」

「ふふっ。了解」

立ち上がって二人でキッチンにコーヒーを取りに行った。



コウさんの作った朝食はどれもおいしくて、食べている間、ずっと楽しかった。



二人で並んでお皿を洗っていると


「美琴、今日なんか予定ある?」

「え?」


「どこか買い物でも行かない?

「あ。ごめん。今日予定がある」


コウさんはじ―――――っと私を見つめた。

しかも無言で。


「え?なに?」


「それは遠回しのお断り?それとも本当に用事がある?」

「なにそれ!?」

「大人な断り方をされているのかなあと思いまして」


「今日、フットサルの予約入れてるのよ」

「フットサルの予約?」


「うん。いろんなフットサル施設がいろんなイベントを開催してるのよ。チームに入ってなくても個人で予約できるの」

「へー」


お皿を拭いて片付けた後、スマホで予約の方法を教える。


「これが、今日参加する『みんなで楽しくフットサル講座』で、ここで予約情報が出てきて・・・」

説明しながら、コウさんの頭と私のおでこがすぐ近くにあるのを感じた。

ひとつのスマホを覗き込んでいるから距離が近くなっていたのだ。


ちらっとコウさんを見ると、コウさんはまっすぐにスマホを見ていて、その横顔がきれいだなと思ってどきりとしてしまった。


ドキッとしたことに気付いたのか、黙ってしまったことを不審に思ったのか、コウさんが私に顔を向ける。


・・・目が、合う。・・・・


「それ!」


突然、コウさんが大きな声を出した。


びくっとして、

「何?」と問う。


「やばい。それ、キスするタイミングだった!」

「してないじゃん!」

コウさんは自分の口元を片手で覆った。


「俺が我慢したの!」

「何それ?」


「美琴にキスするの我慢したんだよ」

「もう!無駄にドキドキするから言うのやめて」


「意識してくれたってこと?」」

「もう!ちょっとめんどくさい」

「面倒とか言うのやめろ」


ぎゃいのぎゃいの言いつつ、コウさんも私が予約した「みんなで楽しくフットサル講座」に当日予約を入れるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「逢いたい」がいっぱいになったら~私の長い片想いが終わる時 大町凛 @rin-O-machi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ