第7話 目覚めたら隣に誰かいる!?


「どういうこと?」


自分の置かれている状況に驚きすぎて、頭が回らない。


見たことのない天井にシーツ。


しかも隣には誰かいる。


そっと動かないように目だけを隣に向けると、そこにあるのは筋肉のついた広い背中。


しかも上半身、裸。


なんで裸!?

この人の下半身を見る勇気は・・・ない!!!


と、ととっ、とりあえず自分の姿を確認しよう、うん。


寝ているこの人が起きないようにゆっくりと布団を持ち上げると、私はぶかぶかなTシャツを着ていた。

この人のTシャツに間違いないだろう。

ゆっくりとお尻を触ってパンツを履いていることを確認し、安堵する。


「ほっ」

って!

ほっじゃない!!

ここどこ!?

そして、この人誰!?


昨夜のことを必死で思い出す。


駅でコウさんとばったり会って・・・そのまま近くの居酒屋で飲んで・・・飲んで・・・今。この状態。


‥‥‥‥‥。


記憶がない!!

この状態は・・・お持ち帰り?!


それでもって、この隣で寝てるのは・・・顔が見えないが、たぶん・・・コウさん?



しちゃって・・・る?



いや、でも服着てるし・・・。

コウさんだし・・・コウさんならしないとも限らないし・・・。


・・・・。とりあえず、トイレに行きたい。


そっとベッドから降り・・・・れない。

壁とコウさんらしき人物の間で眠っているので、ベッドから降りるためにはコウさんらしき人物を乗り越えていかなければならない。

でも一度トイレに行きたいと思うと、もう行かないわけにはいかない。

そっと布団から出て、なるべく気付かれないようにハイハイをするように足元の方から降りようと試みる。


「ん・・・起きた?」


コウさんの声に驚き体が固まる。

布団についた手の下で、コウさんがもぞもぞと動き、止まったのを感じた。


「あ!」


自分が四つん這いになり、おしりをコウさんに向ける形で止まっていてパンツを見られていることに気が付き、慌ててペタッと座り込んだ。


「ちょ・・・ちょっと御手洗、借ります!!」

あたふたと這い、「いてっ」と言うコウさんを乗り越え、ベッドから降りて寝室のドアを開け、それらしきドアを開ける・・・とそこは脱衣所だった。


慌ててドアを閉めると

「こっちだよ」

起きてきたコウさんが隣のドアを指さす。


「着替え出しておくから、シャワーも浴びておいで」

そういうと、ポンポンと優しく頭を撫で、コウさんはにこにこしながらもう一つのドアへ行った。


「・・・はい・・・」


シャワーから出るとたたまれた洋服が置いてあった。

Tシャツにパーカーとひざ丈のジャージ。

一番上にはまだ開封していない新品のボクサーパンツがあった。

脱いだパンツの代わりにこれを履けということなのだろう。

だぼっとした黒のパーカーだからブラは付けなくてもいいかな。

ずれ落ちてしまうので、ジャージの紐を固く結ぶ。

一緒に置かれた紙袋に私が着ていた服が入っていた。


鏡の前で濡れた髪を乾かす。

さっきシャワーを浴びながら、自分の体を観察して、しっかりと体を洗った。

キスマーク的な跡もついていなかった。

でも付けられてないだけかもしれないし。

でも、服着てたし。

でも、コウさんが上半身裸だったってことは着てた服をそのまま私に着せたってことでそれって…いやいやいやいや。さすがに何かあったら気が付くだろうし。


…でも、私一回寝たら起きないし。


「『でも』だらけだなあ」

とつぶやいた。

頭の中はぐるぐるしてしまっているとはいえ、随分とご迷惑をかけてしまったに違いない。

「申し訳ないなあ・・・」

ざっくりと髪を乾かして、脱衣所のドアをスライドさせた。 


出るとそこはダイニングになっていて、コウさんがキッチンに立っていた。


「コウさん?」

お伺いを立てるように呼ぶ。

コウさんはフライパンの中の卵をくるっと返すところだった。

「っと。おはよ」

コウさんの優しい目が合ってドキッとする。

「おはよう…ございます」

コウさんはお皿に卵を移し、

「昨日のこと、覚えてる?」

と聞いてきた。

「・・・すみません。あまり覚えてないです」

「そうかなーって思った。まあ、とりあえず朝ご飯を食べよ?昨日のこと聞きたいでしょ?」

「う・・・。はい」

「はははっ。めちゃくちゃ神妙な顔してんなぁ」


二人でソファの前にあるローテーブルに朝食を置いた。

そのまま、美琴は正座をし、深々と頭を下げた。

 

「昨日はご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」

「ちょちょちょ、土下座とかなし!土下座するのは俺の方だし」

と慌てるコウさんに、

「それは・・・つまり・・・コウさんが土下座しなくてはならないようなことをしたということ・・・?」

と美琴は頭を上げながら恐々と尋ねた。


「美琴は全く覚えてないの?それとも少しは覚えてるの?」

コウさんに呼び捨てにされ、どきりとした。

呼び捨てにされるような間柄になったということなのだろうか?

とりあえず、そこはスルーして昨夜のことを思い出す。

「えっと・・・お肉がおいしかったとか・・・ワインがおいしいとか・・・お店を出た記憶は・・・・ない感じ・・・です」

「そっか」

「何があったのでしょうか?」

コウさんはローテーブルに右肘を付け、口元に手をやり、少し考えているようだった。


この沈黙がいたたまれない・・・。

そう思いながら、コウさんがしゃべり始めるのをじっと待った。

 

コウさんは視線を戻し、再び美琴の顔をしっかり見て、にっこりと営業スマイルを見せた。

「ざっくり言うと、駅の近くで寝ちゃってここに連れてきて、一緒に寝た」

「ざっくり過ぎ!」

つい秒で突っ込んでしまった。

コウさんはごめんごめんと謝ると、昨夜のことを話し始めた。


「最初、美琴をソファに寝かせて俺は風呂に入ったんだ。

戻った時には、美琴は床に落ちてて。そのまま寝てて」

コウさんは思い出してくすくすと笑っている。

「その後、ベッドまで運んだら美琴が起きたんだ。

俺を見てくる美琴は、すごくかわいくて・・・。

で、キスして、服を脱がせて。

さあこれからいろいろしようって時に、寝ちゃった」

「い・・・いろいろ・・・?」

「そ。いろいろ。でも俺がいろいろする前に美琴、いびきかいて寝ちゃった。ぷっはははははは!」

「ちょっと!なんで爆笑してるんですか!?」

「はっはっはっはっ!ごめんごめん思い出しちゃってー!」

「思い出し笑いできるようなネタ、何一つないですけど?」

「いやいや」

言いながら鼻をすっと擦ってこっちを見るコウさんが、少し色っぽくててドキッとしてしまった。


「ベッドに運んだら美琴は起きちゃってね。

俺と見つめあっちゃって。

なんだか、もうかなり色っぽかったんだよ。

Tシャツを少し摘まむとことかかわいいし。

あーこれって誘われてるよなーて思ったらさあ・・・・」


あ‥‥。これ、やっちゃった、私…。凹む…。


「あはははは!『ぐーぐー』いびきかき始めちゃって!はははは!」


はあ!?!?

思い出し爆笑のコウさんにいろいろ驚きが止まらない!


「いびき!?しかも「ぐーぐー」?本当に?!」

「本当、本当。こんなかわされ方初めて!」

「もうやだ!恥ずかしすぎる!」

「いや、もう。本当にかわいかったよ!あははははは!」

「かわいいって言いながら笑ってるじゃん!」

からから笑っているコウさんを見ていたら、こっちまでおかしくなってきて、二人で笑いが止まらなくなってしまった。


「「ふうー」」

二人で一通り笑い終わって、息を吐いた。


私は、いろいろはしなかったんだと寂しく思った。

…‥…ん?

んんん!?

なんかちょっと今、残念って思っちゃった?


いやいや。まずいでしょ、私。

なに考えてるんだー!

と一人頭の中はヒートアップしていた。


「ねえ美琴」

コウさんが優しく呼んだ。

そして、私を見つめながら少しずつ近づいた。

 

「?」

私は小首をかしげた。


「俺と付き合わない?」


コウさんが真剣な顔で見つめている。

えええ!?

動揺して目を逸らしてしまった。


「俺、美琴が好きだよ」

そういうと、コウさんに抱き寄せられた。


「コ、コウさん!」

驚く私を抱きしめたまま、

「だめ?」

と尋ねてくる。

甘いあまえた声に自分の心臓がバクバクいうぅぅぅぅ!

何、この人!こ、声がエロイ!!

落ち着け、自分!!落ち着け!!


「あの・・・コウさん・・・コウさんかっこいいから・・・私じゃなくてもコウさんと付き合いたいっていう子、たくさんいるでしょ」

「うん。いる」

「いるんかい!」


抱きしめられている胸を叩いた。

しっとりとしたムードがぶっ飛んでしまった。


「ははっ」

コウさんの笑い声を聞いて、冗談だったのかとイラっとした。


「もう!適当に口説こうとしてるの?緊張して損した」

離してという意味を込めて、肩のあたりを強めにトントンと叩いた。


コウさんは抱きしめる腕に再び力を込めた。

そして

「でもこうやって抱きしめたいと思うのも、一緒にいたいって思うのも美琴だけだよ」

と囁いた。


「・・・」

何も言えなくなる。


「俺のこと嫌い?」

「・・・嫌い・・・・・・・ではない」


「おい!その長い間、やめろよ。焦るだろ」  

抱きしめられながら「おりゃっ」と体を左右に振られる。 

その勢いにつられて、反射的にコウさんの背中に手をまわしてしがみつく。

「うわっ!危ないっ!きゃあ!あはは!ごめんごめん」

「反省した?」

抱きしめたまま、私の顔を覗き込むようにして、耳元で話すから、ぞわりと背中が震える。その感触に堪え、明るい声で答える。

「反省した!」

「じゃ、俺と付き合う?」

「いや。それは無理」

「即答」

「すみません」

コウさんは頭をよしよしと撫でて、体を離した。

体は離されたけど、まだ近い距離でコウさんと目が合う。

その優しくて甘い瞳に色気を感じて、ドキッと心臓が強く打つのを感じた。

慌てて、目を逸らしてテーブルに並んだ朝食を見る。


「ねえ、さっきからいい匂いがする。お腹すいちゃった。さっき作ってたのって卵焼き?」

「明太子オムレツ」

「おいしそ~」

「おいしいよ。コーヒーと牛乳、どっちがいい?」

「カフェオレ!」

「ふふっ。了解」

立ち上がって二人でキッチンにコーヒーを取りに行った。

さっきまでの甘いオーラがなくなったことにほっとする。


コウさんの作った朝食はどれもおいしくて、食べている間、ずっと楽しかった。


二人で並んでお皿を洗っていると、

「美琴、今日なんか予定ある?」

と尋ねられた。

「どこか買い物でも行かない?」

「あ。ごめん。今日予定がある」

と答えた私をコウさんはじ―――――っと見つめた。

しかも無言で。


「え?なに?」

何でそんな目で見つめる?

「それは遠回しのお断り?それとも本当に用事がある?」

「なにそれ!?」

「大人な断り方をされているのかなあと思いまして」


「今日、フットサルの予約入れてるのよ」

「フットサルの予約?」

「うん。いろんなフットサル施設がいろんなイベントを開催してるのよ。チームに入ってなくても個人で予約できるの」

「へー」


お皿を拭いて片付けた後、スマホで予約の方法を教える。


「これが、今日参加する『みんなで楽しくフットサル講座』で、ここで予約情報が出てきて・・・」

説明しながら、コウさんの頭と私のおでこがすぐ近くにあるのを感じた。

ひとつのスマホを覗き込んでいるから距離が近くなっていたのだ。


ちらっとコウさんを見ると、コウさんはまっすぐにスマホを見ていて、その横顔がきれいだなと思ってどきりとしてしまった。

ドキッとしたことに気付いたのか、黙ってしまったことを不審に思ったのか、コウさんが私に顔を向ける。


・・・目が、合う。・・・・


「それ!」


突然、コウさんが大きな声を出した。


びくっとして、「何?」と問う。


「やばい。それ、キスするタイミングだった!」

「してないじゃん!」

コウさんは自分の口元を片手で覆った。


「俺が我慢したの!」

「何それ?」

「美琴にキスするの我慢したんだよ」

「もう!無駄にドキドキするから言うのやめて」

「意識してくれたってこと?」」

「もう!ちょっとめんどくさい」

「面倒とか言うのやめろ」


ぎゃいのぎゃいの言いつつ、コウさんも私が予約した「みんなで楽しくフットサル講座」に当日予約を入れるのだった。


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「逢いたい」がいっぱいになったら~私の長い片想いが終わる時 大町凛 @rin-O-machi

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