第5話 再々会は最寄り駅で

2週間後の金曜日の夜。

明日が休みだっていうのに、就業後になんの予定もない。


健から食事のお誘いは受けた。

花ちゃんとごはんに行くから一緒に行かないかって。


「花が久しぶりに美琴にも会いたいって」

と言われたが、健と花ちゃんのデートに行くなんてできない。

忘れかけていた胸の痛みにまだ健が好きだと気付かされる。

お酒でも飲んで帰ろうかなあ・・・なんてことを思いつつ改札を通る。


すると目の前に背の高い男性がいた。

「あ。コウさんだ」

反射的につい呟いてしまったのだが、その声がコウさんに届いていたようで、コウさんが振り返った。

すぐに私を見つけ、にっこりと笑って軽く手を上げる。


「美琴ちゃん!驚いた!家近くなの?」

と歩み寄ってきた。

「こんなところで会うなんて驚いたね」

「本当にびっくりです」

話しながら二人で並んで歩き始める。


「あ!」

「?」

いいことを思いついた!

そう思うとコウさんを見上げた。

コウさんも「?」という顔で見下ろしている。

「ね、コウさんは明日はお休みですか?」

と言って営業用の微笑みを浮かべる。

「うん。土日は基本休みだよ」

「やった!じゃ、ちょっと一杯行きません?」

微笑みを通り越して、にやりと笑ったという方が正しいような笑みを浮かべた。


コウさんはははっと笑って

「なんでそんな悪そうな顔してるの?」

「えー?そんな悪かったかな?」

「うん。悪代官みたいな顔」

「ひどいっ!どっちかと言えばかわいい町娘でしょ」

「うん。確かにかわいいけど、美琴ちゃんは自分でかわいいとか言っちゃうタイプなんだ」

「えーーー!ちょっと待って!本気にしないで!

そこは『はいはい、かわいいかわいい』と雑な扱いをされてって流れが主です」

「そうなの?」

「そうですよ、でなきゃ自分をかわいいと思っちゃってるイタイ子みたいじゃないですか」

「イタい子なとかと、、、」

「ひどっ!!」

などと、わちゃわちゃと話していると、


「とりあえずここでいい?」

とコウさんは一軒のお店を親指でさした。

どうやら話しているうちに到着したらしい。


駅のいつもの降りる側とは反対側に来ていた。

指す店先には、ブラックボードに【TESORO】と書かれている、イタリアンバルだった。

木製のドアを開けるとおいしそうな香りとざわざわとする話し声に、ジャズが流れている。ダークブラウンで統一されたその店内は、見るからにおしゃれで、その雰囲気は『ちょっと一杯』ではなく、デート感を出していた。

店員さんに「二人」と言っているコウさんを見上げて、この人はやはモテる人なんだろうなぁと思った。

そんな人を金曜の夜にしれっと誘うとか、なんか申し訳なくなってくるなあ・・・なんてことを思いつつ席に着く。

お酒といくつかの食事を注文して乾杯をする。


「おいしいい~」

コウさんおススメのワインはフルーティで甘口だった。

お酒と一緒に持ってきてくれたカプレーゼと生ハムの盛り合わせも食べていると、

「明石さんも呼ぼうか?」

とコウさんが言った。


一瞬で健と花ちゃんが笑っている風景が脳裏に浮かぶ。

きっと今頃二人は……。


ワインを一口飲んで口角を上げる。

「今日、健デートなんですよ」

早くなる心臓と動揺を気付かれないように、返事をした。

「え?美琴ちゃんと明石さんって付き合ってるんじゃないの?」

「いやいやいやいや」

驚き、前屈みになるコウさんの誤解に慌てて首を振る。


「健には大学時代から付き合っているそれはそれは美しい彼女さんがいるんですよ」

「そうなんだ。大学時代ってことは、明石さんとはその頃からの知り合いなの?」

「はい。大学に入ってすぐにあった新歓イベントで、フットサルサークルに勧誘してきたのが健だったんです」



   ***


私が入ったフットサルサークルはみんな仲よしだった。


練習だけでなく、キャンプに行ったりごはんに行ったりした。

なぜかバスケットや卓球をしてみたりすることもあったり、男女年齢関係なく仲の良いこのサークルはとても楽しかった。



社会人になり、偶然にも健と同じ職場になった。

健が同じ会社にいることは知っていたが、大きな会社だから仕事で関わってくることになるとは思ってもみなかった。

始めはお互い驚きつつも、アッという間に昔のように仲良く話すようになった。



「王子様」と呼ばれる健と仲が良かった新入社員の私は、何人かの女性社員からちょっとした嫌がらせを受けるようになった。

健はすぐにそのことに気がついた。


健は

「美琴はサークルの後輩で、妹みたいなものだから心配なんですよ。いろいろ教えてやってください」

ぺこりとお辞儀をした。


王子のお願いによって、私は仕事を教えてもらえるよっになった。




  ***


「でー、嫌がらせどころかかわいがってもらえるようになったんですよ・・・ってなんの話でしたっけ?」


「明石さんの男前な話」

「えー!なんか、すみません!こんなイケメン目の前にして、他の人の男前話とか」

「さらりとイケメンいただきましたー!うれしいなあ。美琴ちゃん、誉め上手だねぇ」

「いえいえ、ウソがつけないだけですよ」


「お待たせいたしましたー」


「あ、アヒージョ来たよ。美琴ちゃん好きなんでしょ、これ」

「はい!大好物です!」


そう言って店員さんが持ってきてくれたばかりの熱々のきのこをフーフーしてぱくりと食べる。


「アフッ!アッ・・ハアッ」

オリーブオイルで熱せられたきのこが思いのほか熱くて慌てる。


「わあ!大丈夫?これ飲んで」

慌てツコウさんに渡されたワインを飲んで、

「熱かったあ!でもおいしかったあ!」

と言うと笑われた。

「食い意地半端ない!」


食べては飲んでお喋りして。飲んでは食べて笑う。



熟成ハラミのソテーは岩塩とわさびを少しつけて・・・口の中でとろけるとか。

お代わりした赤ワインベースのカクテルにもとても合うとか。

ラクレットチーズがたっぷりと乗ったトマトベースのペンネは幸せの極みといって過言ではないとか。


料理のおいしさとコウさんとの楽しいおしゃべりに、お酒が進んだ。

だんだんとふわふわしてきた。

多分私は飲み過ぎてしまっていたのだ。

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