第3話 小悪魔な男
「磯ヶ谷紘一です。名字も名前も長いので『コウ』と呼んでください。
普段はサッカーチームでMFをしています。
フットサルは初めてですのでいろいろ教えてください」
「コウ」と名乗った彼、磯ヶ谷紘一に見覚えがあった。
正確には聞き覚えがあった。
低くて色気のある甘い声。
癖のある『ら』の発音。
間違いない。取引先の『磯ヶ谷さん』だ。
つい先日。
私は彼からの電話に出た。
健宛の電話だったのだが、商品に関する問い合わせだったので不在の健に代わって私が対応したのだ。
物凄くいい声だなあと思ったので覚えていた。
実際に目の前にいる磯ヶ谷さんは声だけでなく、見た目も甘かった。
まず、印象的な黒い瞳。
すっと上がった眉と切れ長の目にくっきりとした二重。
シャープな顎のラインに薄めの唇。
身長は健より少し高いから185㎝くらいか?
広い肩幅に長い足。
少し左右に分けた前髪は黒く、黒い瞳がちらっと見える様も美しかった。
つまり、モデルか?と思うくらいの外見。
あまりに整い過ぎたその容姿を少しかわいそうに思ってしまう。
なぜなら、会場にいる女の子たちがチラチラとコウさんを見ているから。
こんなに見られていたら疲れてしまいそうだし、いろいろめんどくさそうだ。
コウさんは、「初めてフットサルをする」と言っていたけれど、とても上手かった。
サッカーボールより小さくて重いフットサルボールに「扱うのが難しかった」と言いつつも、そのトラップも、パスも、ドリブルも抜群に上手かった。
フットサルはサッカーより人数が少なく、展開が早い。
コウさんのパスは欲しいところにドンピシャで来る。
トラップでボールを置く位置も抜群だし、ドリブルのスピードは速く相手に取られる気がしない。
誰が見ても「うまい!」し「かっこいい!」と言えるプレイヤーだった。
試合の結果は3位。
試合自体もとても楽しくて、試合後の飲み会は盛り上がった。
たくさん食べて飲んで、おしゃべりして。楽しい時間だった。
飲み会が終わるといつものように健に送ってもらう。
フットサルをする時はいつも、荷物があるからと健は車で来る。
家が通り道でもないのに、大学の後輩でもある私はいつも車で送ってもらう。
今回はコウさんも一緒だった。
コウさんの住むマンションは私のアパートの近くなんだそうだ。
私が助手席に乗り、後部座席にコウさんが乗る。
3人で話す話題は楽しくて、アッという間にコウさんのマンションに到着した。
「今日はありがとうございました。楽しかったです」
「こちらこそ、ありがとうございました。また、ご一緒しましょう!」
「ぜひ、お願いします。美琴ちゃんもまたご一緒しましょう」
「はい!よろしくお願いします」
コウさんとマンションの前で少しだけご挨拶をして別れた。
コウさんのマンションを後にして、近くのコンビニに寄る。
「ねえ健。私、コウさんと一緒に降りなくてよかったの?」
「降りなくていいよ」
コウさん家経由でうちに行くと迂回しなくちゃいけないから遠回りになってしまう。車だと5分以上かかるけど、コウさんのマンションの前で降りて近道の階段を登れば、歩いて3分でうちに着いたと思う。
「あそこで美琴を降ろすとコウさんが美琴を送っていくことになるだろ?」
「ならないでしょ?」
「なるよ、絶対。こんな夜に女の子一人で帰すわけないだろ」
「そーゆーもの?」
「そーゆーものなの。コウさんはいい人だけど、さすがにこんな時間に美琴と二人きりとか、許しません」
飲み物を選びながら、健は横目に私を見た。
「まあ、初対面で送ってもらうのも申し訳ないよね、うん」
頷いていると、健が頭をポンと小突いた。
「美琴は油断しすぎ。もう少し自覚を持ちなさい」
「うん、わかった」
健は困ったように笑いながら小首をかしげた。
「昔っから返事だけはいいよね。でもちゃんとわかってんのかなあ」
「わかってるよ。人に迷惑かけちゃダメって事でしょ?」
「違う。全ッッッく違う。はあぁぁぁ」
溜息をついた健は背後から耳元に顔を近づけてきて、
「美琴は自分がかわいいって自覚してください」
と小声で言った。
びっくりして耳元に手をやり、がばっと健に振り返る。
私の顔は真っ赤になっているに違いない。
ものすごく顔が熱い!!
恨めしそうに健を見つめたが、まったく気にしていない様子の健に少し悲しくなる。
「ここ、邪魔になってるよ」
健は私の腰を手で寄せ、私の目前にある水が欲しそうに隣に立っている男性から距離を取らせた。
健には故意はないと分かってはいたけれど、健の息がかかった耳元や、触れている腰が熱くなるのを感じて、顔が赤くなるのを止めることができなかった。
コンビニから家までは車ですぐ。
あッという間に到着する。
健は車を止めると、カチャと私のシートベルトを外してくれる。
いつものことだけど、ほんのちょっとした気遣いにきゅんとなる。
車から降りてドアを閉めると、そのままパワーウィンドウが開いて、健が顔を見せる。
「ありがとう!気つけてね」
「どういたしまして。ほら、早く入って」
「はーい。じゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」
手を振ってアパートのエントランスへ入り、オートロックを解除する。
急いで2階の部屋に入り、電気をつけてベランダへ出る。
健は部屋の明かりがついたことを確認して、車をだす。
今も昔も、優しい人だ。
心臓がきゅっと締まる気がして、そっと胸に手を当てた。
そして、健を想った。
健を好きだと思うと同時に胸がチクリと痛む。
健には彼女がいる。
私も知っている、フットサルサークルの先輩の花ちゃん。
花ちゃんはものすごく美人で、みんなに優しくて、ノリがよくて、あげくにフットサルがめちゃめちゃ上手い。私が花ちゃんに勝てることは何一つない。
健と花ちゃんは大学内でも有名になるくらい、美男美女で有名な憧れのカップルだった。
‥‥‥健には花ちゃんがいる。
分かっているけれど、さっきみたいに優しくされたり、腰に手を回されると、自分が特別なんじゃないかって誤解しそうになる。
健にとって私は妹みたいな子って分かっている。
後輩としてかわいがってもらっているって分かっている。
だけど、ずっとくすぶっているこの恋心はなかなか消えそうにないと思うのだった。
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